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7.聖女ではないものの行く末は


(ああ、ついに——)


 こんな状態なので婚約破棄は当然だと思えた。彼らは彼女をわたしとしてすげ替えるのだろう。この可能性は考えていたから、それほど驚きはしなかった。ただ虚しさと悲しみと果てしない徒労感を覚える。

 これからわたしはどうなるんだろう。この人達の事だから国外追放でもするんだろうか。いや、幽閉かも。そして彼女の都合の悪いところをわたしに押し付けるのだ。

 いつからかその光景を夢に見るようになった。最初の頃は見る度に青褪めていたわたしだけど、最近ではまたか、くらいにしか思わなくなっていた。

 だから、ついに来たか、という感想が真っ先に出てきたのだと思う。でもやっぱり辛い。指先が冷えて堪らなかった。

 殿下の表情を見るに、これはもう決定事項のようだ。だったらもう、答えは決まっている。


「承りました」

「随分と聞き分けがいいな」

「……そうでしょうか」


 意外だとでもいう様な顔を返される。……駄々を捏ねると、そう思われていたのね。おかしな事を言うものだ。わたしが執着したくなるような事をあなたはしたの? 彼女が来てから、わたしの元へ顔を出した回数を覚えているのかしら。片手ですら余るくらい、殿下はわたしへの興味を失っていたのに。

 いえ、数えて覚えているくらいには、わたしは執着していたのかも。それに気付いて自嘲してしまったけれど、伸ばしただけの髪に隠されて、彼らからは見えなかっただろう。


「エクレール……」


 ああ、そう呼ばれるのは久しぶりだ。それがあなたから、というのは、皮肉だけれど。

 気遣うようにわたしを見る彼女は綺麗だった。わたしと同じ顔をしているのに、わたしとは全然違う。綺麗に結われた髪、宝石とレースがたっぷり使われたドレス。……今はわたしの方が、あの時の彼女のように戸惑っている。


「聖女様。どうぞ殿下とお幸せに」

「……ええ、ありがとう」


 なんて呼んでいいのか分からなくてそんな言い方になってしまったけれど、彼女はわたしの顔とは思えない、美しい微笑みを見せた。皆この微笑みに魅せられたのだろうか。同じ顔なのに不思議だ。

 それでふと、わたしはこんな風に微笑んだ事が無かったなと気付いた。そんな事に気が付いたって、もうどうしようもなかったけど。


「それで、今後の事だが」

「……はい」


 現実逃避していたわたしを殿下の声が引き戻した。いよいよ、処分を言い渡されるらしい。

 多分、ぞんざいな扱いは受けないはずだ。もしも今後わたしの聖なる力が発現したら、良い様に扱うのだろう。それまでどう過ごせと言われるのか。息を呑んでその時を待つ。

 殿下が口を開いた。けど、それを彼女が遮る。


「あなたは神殿で、顔を隠して過ごす事になったそうよ。そうして他の神官達がするように女神に仕え、御守りを作る。更に貢献をすれば聖女となれるかもしれないから……ですよね、殿下」

「あ、ああ」

「そんな」

「聖女でなければ、そうなるのは仕方のない事よ」

「…………」


 彼女の言葉は正しいのかもしれない。でも、どうしてそれをそんな風ににこやかに語るの?

 それは、わたしには死刑宣告とも呼べる内容だった。

 これまでのわたしの努力を、忍耐を、気持ちを置き去りにしているじゃない。それを聖女である彼女は笑って語っている……。

 聖女とは、この地のすべての人間を慈しむ者なのだと、聖典にはそう書かれていた。

 じゃあ、聖女に笑って幽閉を言い渡されるわたしはなんなのだろう。慈しむべき人間ではないと、そういう事なんだろうか。

 冷えは今や全身に広がっていた。冷えて冷えてがちがちに固まったわたしの体は、思う様に動かせなかった。

 そんなわたしの手を、彼女がそっと包み込む。彼女の手の温かさに驚いて顔を上げれば、にこりと微笑む彼女と目が合う。


「でも心配しないで? あなたには新しい役目があるのだそうよ」

「新しい役目……?」

「エクレール。どういう事だ?」


 殿下は菫色の瞳の彼女にそう問い掛ける。殿下の中では、完全に〝エクレール〟は彼女となっているようだ。

 それを目の当たりにして、思わず笑ってしまった。


「あら、何がおかしいの?」

「……いえ、別に」


 笑うわたしを気味悪がる殿下とは違い、彼女は笑っている。その顔はわたしとそっくりだ。

 もういいか。投げやりな気分になったわたしは、笑ったまま彼女を促した。


「それで、新しい役目とは?」

「女神様があなたをお召しよ」

「……は?」


 思ってもみなかった言葉に瞬く。

 殿下も何も聞いていなかったようで、首を傾げていた。


「なんだそれは? 私は何も聞いていないが」

「皆様が混乱してしまうからと、わたくしに耳打ちなさったのです。新たな神託というわけですわね」

「そんな奇跡が……!? 素晴らしいよエクレール。君のような聖女を伴侶とできるなんて!」


 目を輝かせる殿下は、彼女をそう褒め称えた。そういうのはよそでやってくれないかしら。

 いえ、それよりも。


「女神様が、わたしを……? 女神様の元へ呼ばれたという意味?」

「ええ、そうよ。別に構わないでしょう。もうここには、あなたの居場所なんてないのだから」

「そんな……!」


 あまりの言い草に、彼女に食ってかかろうとした、その時だ。菫色の瞳にちらりと光が宿った。それに驚き声を失うわたしに、彼女はにっこり笑い掛ける。


「さようなら、エクレール」


 その言葉と共に辺りが光に包まれる。彼女が現れたあの時のように。

 光の洪水に飲まれたわたしは目を閉じて、意識を手放したのだった。


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