4.もうひとりのエクレール
パレードは急遽大幅に短縮され、わたし達はお城へ場所を移す。本当ならこの後は晩餐会となる予定だったけど、そういうわけにいかなくなってしまった。
何も無ければ、今頃は大勢の人にお祝いされていたはずなのに……。残念に思いながら、わたしは菫色の瞳のエクレールと共に陛下達の言葉を待つ。
「神官長、どう思う」
「これは……女神様の奇跡でしょう」
声ははっきりしているものの、神官長様の額には汗が浮かんでいた。
「こちらのエクレールからも、聖なる力を感じる……いえ、どちらかというと彼女の方が強く感じます」
「では、彼女の方が優れていると?」
神官長様は額の汗を拭う。
「いえ……そもエクレールはまだ力を発現させていません。その状態で聖なる力の気配を感じるというのも、滅多に無い事ですので」
「ふむ。では、どちらがより有益かは分からないという事か……」
神託では、「聖なる乙女が国を繁栄させる」としか言われていない。どんな形でそれをもたらすのかは、わたしの力が目覚めなければはっきりしないのだ。
だからこそわたしは神殿と王家に守られてきた。そんな中で、わたしと同じ容姿、同じ色を持ち、聖なる力を有する少女が現れた。どちらが神託の乙女なのかを国王陛下が不安視するのは、仕方がない事なのかもしれない。
それは分かっているけれど、そう思われているというのは、わたしには辛い事実だった。もしわたしでなく、彼女が本当だったとしたら? これまで耐えてきた十六年間はなんだったの? もし今日、彼女が来る事が決まっていたのだとしたら、わたしの産まれた意味はなんなの?
わたしの様子など誰も気に留めていなかった。特に彼女は。
神官長と陛下の会話が落ち着いたのを見計らい口を開く。
「あの……ここはどこなのでしょう」
「キステナス王国の王城だ」
国王陛下が答えると、彼女は菫色の瞳を揺らして俯く。
「……失礼しました。いえ、分かってはいたのですが、その」
「いや、気持ちは分かる。その上で聞きたいのだが、君は〝エクレール・サレバントーレ〟で間違いないのだね?」
「え、ええ」
「状況からしておそらく女神様が君を我らの元へ遣わしたのだと思うが、どうだ、なにか分かるだろうか」
「……いえ。申し訳ありませんが……」
「そう、か……」
しん、と沈黙が降りる。光の中から突然現れたのだから、彼女が何か知っているに違いないと国王陛下達は考えていたようだ。わたしもそれを期待していたのだけど……。残念だけど違うらしい。
どうするべきか、と顔を見合わせる神官長様達。わたしは今後が不安でそちらを見る事ができなかった。
そんな中で、興味深いとばかりに殿下が彼女の顔を覗き込む。こんな時だというのに表情は朗らかだ。いや、こんな時だからかもしれない。彼女の緊張を解そうとしているのだろう……そう思う事にした。
「答えにくいかもしれないが、教えて欲しい。そちらの夫妻はエクレールの両親なのだが、君の両親と同じだろうか?」
「……はい」
「では、私はどうだろうか」
「同じですわ、ロッシュ殿下。陛下も、神官長様も、わたくしの知る皆様と同じです」
「ふうむ」
殿下は腕を組んで考える仕草をしている。彼女の言葉を信じるなら、同じ人がそれぞれ存在している、という事になる。
でも、どこに? ここにいる誰も、菫色の目をしたエクレールなんて知らない。彼女を知る殿下達はどこに居るの? 同じ人間が存在する別の世界があって、彼女はそこから来たのだろうか?
「あの場に現れる直前、君は何をしていたんだ?」
「神殿で女神様へ祈りを捧げていました。その最中に眩い光が起きたかと思ったら、次の瞬間、あの場に」
「そうなのか。どうやら直前の出来事はこちらと同じようだな」
「そうなのですか……?」
「ああ。今日はこちらのエクレールの十六の誕生日なのでな。神殿で祭事を行っていた」
それを聞いた彼女は、菫色の瞳を大きく見開いた。
その反応に感じるものがあったのか、殿下の様子が変わる。
「もしや……そなたも?」
「……はい。わたくしの誕生日も今日でございます。神殿で祈りを捧げた後は、家族で過ごす予定でした。今日の為に、母がドレスを準備して下さったんです」
「今着ているドレスかい?」
「ええ、そうです。わたくしよりも母の方が楽しそうでしたわ。わたくしの成人を祝えて嬉しい、と」
「良く似合っている」
「……ありがとうございます、殿下。あちらの殿下も、同じ様に言って下さいましたわ」
そう言うと、彼女の目からはらはらと涙が零れ落ちる。堪えきれないとばかりに両手で顔を覆う姿は痛々しい。
殿下は彼女を労るように、そっと肩に手を添えている。
わたしのローブは神殿が用意したものだ。威信を示す為とかそういう理由らしいが、両親はそれに対して何も言わなかった。
それはきっと両親の関心が、わたしより義弟にあるからだろう。幼くして殿下と婚約を結んだわたしは王家に迎え入れられる。そうなると侯爵家が途絶えてしまうから、親戚筋から養子を取ったのだ。
その義弟の教育に心血を注いでいる両親は、聖女であるわたしに興味が無い。これはどういう理由か分からない。両親がそうだったから、わたしの方もなんとも思わなかった。いえ、思う暇さえ無かったんだと思う。毎日生活するのに必死だったんだから。
でも、あの子はそうじゃないみたい。殿下とも親し気に話しているし……。あの人があんな風に〝エクレール〟を宥めるだなんて思わなかった。
彼女を見る殿下の目は優しかった。わたしにはそんな目を向けてくれた記憶は無いわ。なのにどうして、彼女にだけそんな視線を向けるの?
その理由を知ったのは、ずいぶん後の事だった。