1.神託
「エクレール。君との婚約は破棄させて貰う」
ああ、ついに来たか。
聞きたくはなかったけれど、待ち望んでいたような、そんな気もする。
全身から力が抜けていく。もうどうでもいいか、とも思うが、これまでを思い返すとそれだけでは済まされない徒労感が溢れてくる。もう、とうに諦めていたけれど、悔しいと感じてしまうのが不思議だった。
これからを思うとどうにかなってしまいそう。思わずわたしは目を閉じ、これまでを思い返していた。
わたし、エクレール・サレバントーレは、侯爵家の長女として生まれた。
ミルクティー色の髪はちょっぴり珍しいけど、瞳はブラウンで、顔立ちは平凡。取り立てて特技があるわけでもなく、大勢に埋没してしまう程度の個性しか持ち合わせていない。両親はわたしを可愛がってくれたけど、それは普通のものだ。家門もそれなりの歴史はあるが特別な役目があるわけでもなく、政治的に力を持っているという事もない。
ごく普通の貴族令嬢、ごく普通の女の子。
そんなわたしの命運は、五つの誕生日に覆ってしまった。
『亜麻色の乙女が聖なる力で、この国に繁栄をもたらすでしょう』
女神様から神殿に神託が下ったのだ。
神託にある乙女の亜麻色、というのが、わたし以外に該当しなかった。それでわたしは神託の乙女だと断定されたのだ。
それからわたしの生活は一変した。生活の場を神殿に移され、そこで女神様へ祈りを捧げる毎日。神の信徒となったのだから、他の神官と同じ様に質素な装いで、食べる物も贅沢は禁止された。
それは別段気にならなかった。まだ貴族の生活というのが身に染みてなかったからかもしれない。ただ、礼儀作法も厳しくなって、覚えられないと鞭で打たれるのは辛かった。
そのうちに第一王子殿下との婚約を結ばされ、わたしは聖女と呼ばれるようになる。
聖女というのは聖なる力で奇跡を起こすのだそうだ。女神様の神託もあるし、わたしが繁栄をもたらすのは確実で、なら今からそう呼んでも問題ないだろうとそういう事らしい。
最低限の食べ物と最低限の衣類。それでも毎日お腹いっぱい食べられるのだから文句はない。どうして家族と会うのを制限されたのかは分からないけれど。それも修行の一環だったのかもしれない。
王子殿下と交友を深めるために、月に一度お城へ向かう。拙いながらも、学んだ通りの挨拶をするけど、殿下はあまり乗り気でない事が多かった。「もっと綺麗な格好をしてきたらどう?」と言われたけれど、わたしが着ているローブは神殿が用意しているものだ。文句なら神殿に言って欲しい。
それに、わたしにはドレスを用意する手立てなんかない。家族に手紙を出しても返事は来ないし、清貧を尊ぶ神殿はご覧の通りだ。
殿下は何も知らないのだろう。だからこんな事が言えるのだ。
それが悔しいような悲しいような気がして、その日わたしはろくに話をする事ができなかった。
そんなわたしに殿下は呆れて、二人の間には沈黙ばかりが広がる。そうなると段々と殿下に会うのが苦痛になっていった。
そうまでしたものの、何年経っても聖なる力は発現しない。わたしの努力する日々はそれからも続いた。