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おおかみの願い

作者: 富士本 集
掲載日:2024/04/04

 昔々ある所のある山に一匹のおおかみがおりました。

 狼とは群れで暮らすものですが、そのおおかみは一匹で暮らしておりました。

 他の狼たちが嫌いだったわけではありません、おおかみは素直でしたので家族や友達、仲間たちと狩りをしたり走り回ったりすることが大好きでした。

 ですが、それ以上に一匹でいることのほうが好きだったのです。おおかみはひねくれてもいたのです。

 かといって他の狼たちとけんかをして追い出されたわけでもありません。

 素直だけれど、ひねくれてもいることを皆知っていたので「まったく、しょうがないやつだなぁ」と、あきれながらも笑って送り出してくれたのです。

 そうして、おおかみは一匹オオカミになりました。

 ある日、おおかみはいつものように暮らしていると、山のふもとが騒がしいことに気づきました。

 どうしたのだろう、と木々の隙間からふもとを覗いてみると、そこにはこれまで見たことのない生き物たちがいました。

 山に住む生き物たちのように四つの足で歩くのではなく、二本の後ろ足だけで立って歩いていたのです。

 後ろ足だけで歩くなら残った前足はどうするのだろうと思って見ていると、立って歩く者たちは残った前足で様々な事をし始めました。

 ある者は地面を掘っていました。それを見ておおかみは、それくらいなら四つの足でいいじゃないか、自分にも出来るぞと思いました。

 ですが、そこから先は違いました。

 別の者は石を使って木を切っていました。それを見ておおかみは、あれは出来そうにないなと思いました。狼には石は使えませんし、牙や爪で同じことをすれば怪我をしてしまうでしょう。

 また別の者に目を向けると、草や木などを組み合わせて何かを作っていました。それは大きくて立派なねぐらのようでした。

 それを見ておおかみは驚いて、あれは無理だ、自分には出来ないと思いました。

 二本の足で立って歩く者たちが、これまで見たことのない何かをする様子を眺めているうちに、おおかみはだんだん楽しくなってきました。

 他にも何かないかとあたりを見回してみると、木と木を一生懸命にこすり合わせている者がいました。

 何をしているんだろうと思いながらじっと見ていると、その者は木と木をこすり合わせることで出来た木くずの中から何かを拾い上げると、柔らかくまとめられた枯草の中に入れ、息を吹きかけ始めました。そうしていると、しだいに雲のようなものが立ちのぼり次の瞬間には光が現れました。

 それは揺らめく小さな太陽のような光でした。その光景を見ておおかみはとても驚きました。もはや驚きすぎておおかみの目はまんまるでした。

 あまりにも不思議な出来事に、これ以上見ていたら驚きすぎてどうにかなってしまいそうだと思いながらも、おおかみは見ることをやめられませんでした。

 そうこうしていると別の者が、何かを肩にのせて運んできました。もし狼が何か物を運ぶならば口に咥えるしかありません。

 二本足で立って歩くとそういう事も出来るのかとおおかみは思いましたが、それよりも気になるのは今運んできた物です。

 それは今まで見たことの無い形をしており中には何かが入っているようでした。

 いったいなんだろう、何が入っているんだろうと目を凝らしてみてみると、またもやおおかみは驚くことになります。

 水です。中には水が入っていたのです。そんなばかなと、おおかみは開いた口がふさがりません。

 なぜなら、おおかみにとって水とは川を流れているものです。水たまりにあるものです。水を飲もうと思ったらそこに行かなければ飲めないものです。

 運ぶことだってできません。水には形がないので、おおかみには咥えて運ぶことができないのです。そんなことをしようと思ったことさえありませんでした。

 ですが形のないものでも、それを収めることのできる器があれば運べることを今知りました。

 おおかみは素直でしたので、そんなことも出来るなんてすごいと素直に思いました。ですがそれと同時に、あれも立って歩く者たちがつくったのならどうやって作ったのだろうと思いました。

 草や木で作ったのでは、隙間から水がこぼれてしまいますし形や色もそれとは全然違います。

 ああでもないこうでもないと考え込んでいると、別の者がまた何かし始めました。

 先ほど運んできた水と土をこねて、なにかを作り始めました。その形は先ほど水を運んできた物によく似ていました。

 ですが、それに水を入れても運べない事はおおかみにもわかりました。形は似ていてもそれは泥なので水を入れたらぐちゃぐちゃになってしまうからです。

 どうするんだろうと、どきどきしながらもじっと見ていると今度は別の者が、泥で作られた似たようなものを持ってきました。ただしそれは今作られたものに比べてよく乾いているようで堅そうでした。

 そしてそれを揺らめく小さな太陽のそばに置くと今度は、落ち葉や木切れを放り投げ小さな太陽をどんどん大きくしていきました。

 おおかみには何が何だかわかりませんが、そうすることで水を入れて運ぶことのできる物が出来上がるのだろう、ということだけはわかりました。

 じっと揺らめく太陽を見ているとどこからともなく声が聞こえてきました。

「どうじゃ、おもしろそうじゃろう」

 おおかみは素直なので、

「うん、おもしろそうだ」と答えました。

 声はまだ続きます。

「どうじゃ、たのしそうじゃろう」

 おおかみは素直なので、

「うん、たのしそうだ」と答えました。

 声の主は素直な者が好きなので、そうかそうかと嬉しそうに笑いながらおおかみに尋ねました。

「どうじゃ、やってみたくはないか?」

 おおかみはその声に素直に答えることが出来ませんでした。なぜなら、おおかみにはそれらが出来ないことが分かっていたからです。

 立って歩く者たちがそれらをできるのは二本の前足の先が細長く伸びて分かれていたからです。そして、それを器用に動かすことが出来るからです。狼には決してできないことです。

 おおかみは、じっと自分の前足を見つめた後に、顔を上げてこう答えました。

「今のままでいいよ。毎日楽しいし何も困ってないから」

 おおかみはひねくれてもいたので、今度は強がりを言いました。そして、もう一度だけふもとの様子をながめた後におおかみは山奥に帰っていきました。

 そこにはもうおおかみの姿はなく、声だけが残っていました。

「おおかみの願い、たしかに聞き届けた」

 その声は誰にも聞かれることなく、その場に静かに響きわたりました。

 おおかみは本当の願いを口にはしませんでした。ですが、声の主には、おおかみの心の声が聞こえていたのです。あの者たちのような前足が欲しい、それがあれば色んなことが出来るのに、という心の声が。

 おおかみの願いはきっと叶うでしょう。いつか必ず、おおかみは狼とは違う前足を手にすることになるでしょう。

 その時きっと、おおかみは驚くでしょう。喜ぶでしょう。嬉しくて涙を流すでしょう。

 ですが声の主は、その時が来ることををおおかみに教えませんでした。

 なぜなら、おおかみがびっくりして驚く顔を見たかったからです。驚きすぎて、まんまるになった目を見たかったからです。喜びすぎて嬉し涙を流してくしゃくしゃになった顔を見たかったからです。

 教えてしまってはそれを見ることができません。それではつまらないと思ったのです。だからおおかみに教えませんでした。

 声の主もまたひねくれだったのです。


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