お茶会
癲者を軽々と葬ってしまった莉月は、事情聴取は避けられないだろうと考えていた。なぜなら、警守官でもない一般人が癲者を葬るなんて前代未聞である。警守官と思わしき一人の女性が到着した以上、今、現場を離れる訳にもいかない。そして莉月は、悩みに悩んでなんとか事情聴取を避ける方法を思いついた。それは、癲者を葬ったのは第三者だと主張する方法だ。あくまで、自分は癲者が葬られた際の目撃者だと言えば、完全に事情聴取から逃れは出来ずとも簡単な事情聴取で済むだろう。そう考えたところで警守官と思わしき女性、実美が莉月に話しかけてきた。
「これ、貴方がやったの?」
「違いますよ。僕はただ見ていただけです」
「貴方じゃない第三者が葬っていうの?」
「そうです」
そう聞くなり、実美は癲者と莉月を交互に見る。そして、含みのある笑みを浮かべた。
「残念だけど、第三者が葬ったっていう主張は通用しないわよ。何故だが分かる?警守官の組織の仕組み上あり得ないからよ。癲者が発生した時、手が空いていて現場に近い警守官が駆けつけるの。応援要請で遠方にいる警守官が駆り出される事もあるけど、今回は私が1番近くにいたから駆けつけたのよ。」
そこまで聞いて莉月はしくじったと思った。祖父から警守官の組織の仕組みを教わった事はあるが、警守官になるつもりはないからと適当に聞き流していた。その事に今更後悔しても遅い。それに、ここまで言われては言い逃れられない。
「で、誰がやったの?」
「…、僕です」
莉月は諦めてそう答えるしかなかった。
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甘い茶菓子と紅茶の香りが立ち込める喫茶店に莉月は連れてこられた。目の前に座る実美のお陰で、警察官からの事情聴取は免れたが、警守官である実美からの事情聴取は免れなかった。故に、お茶会という名の事情聴取をこの喫茶店で行うことになったのだ。喫茶店に入るなり、実美は店員の接客を受けずある席へと向かう。その席には、一人の女性が座っていた。実美はその女性に声をかけた。
「婀恵、帰ってきたわよ」
婀恵と呼ばれた女性は、弄っていた携帯電話を机に置き顔をあげた。そして、実美の後ろにいる莉月を横目で見た。
「おかえり。後ろの子は誰?」
「それよりも先に注文しましょ。君も好きなの注文するといいわ。お姉さんが奢ってあげる」
そう言って実美は婀恵の隣に座った。その向かいに莉月は座り、紅茶を一杯注文した。
「さてと、注文も終わったし自己紹介するわね。私は神足実美。成煌學園生徒会副会長よ。」
「成煌學園生徒会会計の冷泉婀恵」
「一条莉月です。地元の中学に通ってます」
「やっぱり、一条家の御子息だったのね」
実美は驚く様子もなく運ばれてきた茶菓子を口にする。婀恵も特に驚いてはなさそうだ。一条家は、警守官という組織が設立されてからずっと警守官長を代々務める家系だ。云わば、警守官の名家である。普通なら、莉月が一条家の者だと分かると驚くが、二人はそんな様子を見せない。むしろ、分かっていたとでもいう雰囲気である。
「何故、僕が一条家の者だと分かったんですか」
「その金髪、地毛でしょ?地毛でここまで綺麗な金髪は一条家の者ぐらいよ」
この世に生きる全ての人は神通力というものを宿している。神通力には、水、火、土、風、時、無の六つの属性があり、属性によって髪色が異なっている。また、神通力の強さによって髪色の明るさが決まる。無属性は全ての属性に適応し、一条家の者だけに引き継がれる。故に無属性者の特徴である金髪を有している莉月は周りからすれば一条家の者だと丸わかりだった。だがそれも、地毛である場合の話で、染めている人だっている。そういう可能性は考えなかったのかと莉月は二人に聞く。
「地毛か染めているかを見分ける訓練を受けるから」
婀恵が淡々と答えた。その回答に莉月は半信半疑だったが、途端に実美が笑い出した。そんな実美を横目で見る婀恵。一体何が起きたのか分からない莉月は婀恵に問うもしらを切るばかりで話してくれない。結局笑い転げる実美が答えた。
「莉月くん、ちょっと信じたでしょ。そんな訓練普通受けないわよ。まぁ、警守官なら一度はしてそうだけどね。それにしても、婀恵ったら真顔で嘘つくんだもの。面白いったらありゃしない」
「実美、笑いすぎ。で、地毛だと判断した理由は簡単だよ。中学生で髪染める人なんて滅多にいないでしょ」
盲点だったと莉月は思った。確かに中学生から髪を染めて金髪にする人は少数であろう。だから実美達は莉月が染めているという可能性を捨てたのだった。
「ところで、莉月くん。等級は?」
ようやく落ち着いた実美が聞いた。
「4等級です」
等級とは神通力の強さから戦闘能力を数字化したものであり、1〜9等級に分けられている。数字が大きいほど、強者である事を示している。
「そう。じゃ、問題無いわね。後で住所教えてね。書類送るから」
「書類、ですか?」
「そうよ。貴方を推薦しようと思ってね。推薦だとこの先色々と自由が効くのよ。」
「それって、成煌學園の推薦ですよね。僕は成煌學園を受験するつもりも警守官になるつもりもありません」
「警守官になりたくないって意志はよく伝わったわ。でも、残念。3等級以上の人は、成煌學園への入学が義務付けられているの」
この瞬間、莉月の成煌學園入学が確定したのである。それは言わば、警守官になるということだ。そして、その翌日、莉月の家に成煌學園から書類が届いた。
それから半年が過ぎ、莉月は成煌學園の入学式を迎えた。