瑠璃色疾走。威風堂々、草葉菘
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[ウインゴージ 瑠璃の家]【水無月 更待月】
落ち着きを感じさせる物静かな一人だけの部屋、部屋の木の壁がその雰囲気を漂わせているかのようだ。
朝日が窓から差し、瑠璃の顔に当たっている。目蓋を閉じていても、その眩しさを微かに感じているせいか、瑠璃は小さく唸った。
「うぅん…」と、唸ると同時に、瑠璃のふさふさとした耳が一回ピクンと動いた。
瑠璃が寝ている場所から窓の方に耳を傾ければ、風の音に混じる小鳥たちのさえずりが聞こえる。
窓とは逆の方向を向けばやや大きめな本棚が見える。本棚には図鑑、教科書、参考書、小説などがしっかりと種類別に分けられて整頓されている。その本棚にある本は小説が一番多い。ライトノベル、エッセイ、ミステリーとなどジャンルもまた整理されている。瑠璃は小説が好きであり、中でも読みやすいライトノベルを好んでいるためか、小説の中でも特にライトノベルが多い。
小説の次に多い本は図鑑である。鉱物、植物、魚、虫などと、あると日常で意外と便利そうな図鑑が揃っている。
瑠璃は小さい頃、装飾品を作る手伝いをしてたことがあり、宝石や金属を取り扱うには鉱石の判別と知識は欠かさない。身近なものでパッと見では有害か無害か判断に困るものも、近づいたり触れたりすることも無謀であるため、瑠璃はこのような図鑑を愛読している。
この部屋の他の家具はというと。使い古されたような勉強机、瑠璃よりもほんの少し縦に長い姿見用の鏡、古びた洋服タンスがある。
瑠璃はゆっくりと寝返りを打って、枕元にある時計を手に取り現在の時刻を確認した。時計の短針は7の少し前のところを指し、長針は9を指している。つまり、6時45分ということになる。
まだ寝ぼけ眼で時計があまりよく見えていなかったそうだったのか、瑠璃は目を擦ってからもう一度、時計をまじまじと見て確認した。すると、瑠璃は我に返ったかのように急に焦り始めた。
「んえっ、もうこんな時間!?待ち合わせの時間まであまりないじゃん!菘と一緒にテスト直前の追い込みするってのに、遅刻したら大変なことになるわ…」
今日は生徒の平穏を脅かす日、定期テストの日だ。定期テストは学期毎に2回行われるテストであり、始まる2週間前はて全ての部活動は休止となり早く帰宅できる。早く帰れる分、勉強の時間に利用することを推奨するが、そこで怠けてしまったら成績に響き、後々後悔をする羽目になる。
瑠璃はいつもの出る時間7時15分よりちょっと早めの6時50分に出て、菘と一緒に追い込みをかけようとしていたが、菘との約束の待ち合わせは6時55分。それに対して、瑠璃は6時45分に起きてしまったため時間がほとんどない。
瑠璃は急いで布団を退かし、ベッドからササっと出て洋服タンスを開けた。空の色のように淡い青色のパーカーと紺色のミニスカート、白いハイソックスを取り出した。淡い青色のパーカーは瑠璃のお気に入りであり、全く同じものを7着もある。洋服タンスの戸に服を掛けて、疾風の如く寝巻きの上下を10秒も経たずに脱いだ。それから掛けておいた服を、ソックス、スカート、パーカーの順番で着て、鏡の前まで小走り。
「うーん…、いつもより寝癖がちょっと酷いなー」手櫛で髪型を整えようとするが、どうにも上手くいかない。
鏡の横に備え付けてある木製の櫛を使って何度も梳かしてみても、やはりなかなか整わない。瑠璃の髪は肩にかかるくらいの長さ(いわばセミロングくらい)で、ややクセっ毛気味なので整えるのに苦労するようだ。ある程度真っ直ぐになったところで、耳の毛並みを手櫛で整えて納得いくぐらいに仕上がった。
「これで良しっ…かな」
鏡に顔を近づけ前髪をちょちょいっと手で整えてから、決めポーズっぽく腰に両手をあて鏡に映る自分を見回した。その様子は何処かのオーディションに備えている出場者のようにも見える。
髪型を整えたあとは通学用の鞄を持って朝ご飯を食べ、外へ突っ走るだけ。瑠璃は髪がなびくくらいの勢いで半回転振り返り、鞄がいつも置いてあると思われる勉強机の方を見るが、鞄らしいモノはない。慌てて周りを見渡しても鞄はなかった。
「鞄がどこにもない!?しょうがない、このまま行くしかない!」
鞄がないことに焦った瑠璃は一か八かの決断をし、リビングへと向かった。テーブルの上に置いてある作り置きした、瑠璃の好物であるシュガートーストを口に咥えて、すぐに玄関へと走っていった。すると、玄関の端にどっかで見覚えのある鞄が視界に入った。
「おっと、こんなところに鞄を置いた気がしないけど、なんか無事に見つかったし、まぁいっかぁ」
瑠璃は少しだらしのない自分に呆れつつも前向きポジティブ精神で気を取り直し、見かけの割には物が入ってない革製の鞄を肩にかけた。そして履き口の広い足首の辺りがくびれている皮のブーツを履いてから、つま先をトントンと叩き、履き心地の具合を合わせた。きっと、調子良く走るための準備だろうか。走るコンディションを整え終わり、瑠璃はドアを勢いよく開け外に飛び出し、自慢の全速力で駆け抜けた。
〜 〜 〜 〜 ~
[峡谷の風が吹きし町 ウインゴージ]
風を物ともしない走りで家を3軒分通り過ぎたとこ、町の役所がある広場への階段を駆け上がる。まだこの時間帯は町の人も外部の人も少ない、人を避ける動作による足の負担もなく行けそうだ。
広場に上がればその先少し行ったところ、谷底を挟んで反対側への吊り橋を渡った先が菘との集合場所だ。
(今日の風はまだ穏やかな方かな。吊り橋渡りきる前に急に変わらなければいいけど)
この町の風はとにかく変わりやすい。風向きが大きく変わることは少ないが、風速の変化がとても予測不可能なほどである。ウインゴージは山脈の峡谷にあるとはいえ岬であるため、海に挟まれているかつ、海上の気圧に影響されやすい海からの風が吹いてるためでもある。
瑠璃が吊り橋を渡る手前、待ち合わせ場所にはもう待ち人の姿が見えた。
成熟した葉の様に深い緑色の髪色、短すぎない長さのショートヘアー、大きめなレンズの丸眼鏡、紺色のローブ、瑠璃よりほんの少し小さめな背丈。あれは間違いなく菘だ。アルスナディアの指定された制服でもあるローブだから解るというのもあるが、見た感じだけでも菘だと判断しやすい。
菘には姉がいるが、眼鏡の有無と体型で判断できるため、菘の姉と並ばれても間違えようがないほど。
(あっちゃー、もう菘来てるじゃん!)そう焦りが出てくるが、加速したとこでも待ち合わせ時間にはもう遅れているだろうと諦めはついていた。
瑠璃が小走りで吊り橋を渡ろうとしたところを待ち構えてたかのように、さっきまで穏やかだった風が少し強くなった。しかし、ちょっと風が強くなったくらいでは人獣である瑠璃は少しもバランスを崩すことはなく、吊り橋の手すりにも触れることなく渡っていった。高所には慣れているのか、それとも猫系の人獣の本能なのか、そこそこな谷底にも怯えている様子もなさそうである。
菘は渡ってくる瑠璃に気付いた。少し待ちくたびれた様子だ。橋を渡りきったところで、「おはよー菘。…結構待った?」と顔色を伺いながら挨拶をした。
「瑠璃ぃー、おはよっ。まぁ…、3分くらい…ってとこかねぇ」集合時間に対して3分程の遅れだった。菘は眼鏡のフレームの横を左手でクイッと上げて、「許容範囲内だけど、あとでチョコチップクッキー1袋、奢りね」と、情け無用の要求。
「相変わらず厳しいなー、菘は」と、いつものことかのようにため息をつく瑠璃。
「時間厳守、だからね」フフンと威張るような素振りをする菘。「ささぁ、行こ行こ」と菘が先導して瑠璃は菘の歩幅に合わせて学校へ向かって歩いていく。
このやたらとしっかり者で厳しい人が“草葉 菘”。…しっかり者で厳しいというか、傍若無人とかセコいって言った方がいい当てはまるのか。委員長系な風格を持つが中身は体育会系。眼鏡をかけているせいか知的で頭が良さそうだが、あまり良くない。部活動は生物学部に所属しており部長を担当している。瑠璃も生物学部に所属していて、菘との関係はその部活の存在があってこそであるという。
菘は瑠璃より1歳年上、一学年上の先輩で同じクラスメート。“チョコチップクッキー”が何よりも大好物であり、常時携帯してるほど。一応、彼女の種族は“人間”であるが、人獣を含む他種族に対してそこまで嫌悪感を抱いたりはしてはないという。
「今日のテストさー、瑠璃はイケそう?」歩きながら瑠璃の顔を覗き込んできた。
菘は瑠璃が勉強をあんまりしてないと思っているのか、何かを期待してそうな目で見てきた。
「もちろん、勉強だって結構したからね。菘はどうなの?」予想は外れてた。瑠璃は余裕そうな表情だ。こちらも先輩として余裕を見せなければ、と強気で「わ、私は余裕綽々よっ!?」…動揺しながら返してしまった。
「今回の私は一味も二味も違うからねっ!」
菘はとにかく自信が溢れているように見えた。こういう自信満々な宣言をする時ほど、菘は大体すごい惨敗をする結果になりやすい、というのを瑠璃は知っている。
瑠璃の予想だと、菘はテスト勉強を大分サボっており、その分得意科目である理科で点数を稼ごうとしていると思っていた。得意科目なだけあって理科は学校内でトップクラスの知識と実力があり、紺青組よりエリートクラスである深緑組の生徒たちでも勝てないほどだとか。
瑠璃は結果が分かりきっているので軽くあしらうように言い返した。「ふーん、そうなんだ。まぁ、頑張ってねぇー菘せーんぱい」菘はそれに対して「瑠璃こそ、私の点数を見て絶望感に晒されてシュガートーストやけ食いしないようにね」と言うが、瑠璃はやれやれとした様子。勝利の女神はどちらも微笑むことがあるのだろうか…。
「まぁ、それはないけど。ほんと相当自信あるんだね」
後に、菘の宣言は開花することなく敗北を迎えるとは、今の菘には思ってもいない。
で、4時限目のテストの状況に戻すとする。