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 朝食を作るからそれまでの間に支度して食堂に来るように、と蘭子に伝えて部屋を後にした沙絵の言う通り蘭子はベッドから起きると、服を着替えるのでもなければ顔を洗うでもなく、部屋の南側に大きく張り出した出窓に向かい、片足をかけてひょいと上るとゆっくり腰を下ろして窓枠によりかかった。

 中二階にある自室の窓から外を覗くと広大な庭が一望でき、左手に今は使われていない離れの屋敷が。右手にはガレージとウッドテラスの屋根がそれぞれ見える。さらにその奥のリビングの屋根に取り付けられている薪ストーブの煙突から煙が出ているのが見えた。恐らく沙絵が薪をくべて火をつけたのだろう。


「朝起きて一番最初に見るものは美しいものでなければならない」


という謎の乙女ルーティンを自分に課している蘭子は、朝起きると出窓に腰掛け広大な自宅の庭の景色を眺める。

 高い丘に位置する場所柄もあり、中二階の部屋からは眼下に広がる街並みとその先の海を見ることができる。お世辞抜きに美しい眺めだ。

 しかし、手入れが行き届いた美しい庭園やその先の絶景とは対象的に、それを眺めている年頃のお嬢さんはなんともだらしがない。

 寝起きとはいえ、着ている濃紺のサテンビスチェは片方の肩紐が落ち、豊かな胸が見える寸前なうえ股上の浅いショーツに至っては、鼠径部のラインや臀部はものの見事に露になっている。

 だが、そんなだらしなさもエロチシズムと言ってしまえば全く別の芸術になる。

 表面積の小さな下着は、出窓一杯に伸ばされたスラリと伸びたしなやかな脚を強調し、膝を曲げて立られた白い太腿の肌はピンと張り、段々と白く輝く朝日に照らされさらに白くなる。

 濃紺のサテンビスチェはその滑らかな生地が服としてではなく、最低限身体にまとわせる布としての機能と思えば180度見方は変わるのだ。

 しかし中二階とはいえ、外から覗こうと思えば覗ける位置にある部屋の窓に、嫁入り前の下着姿の女性が毎朝現れるのは、いやはや、世の男性の犯罪を助長する行為だ。

 いいぞ、もっとやれ。


 蘭子は出窓から外の景色を眺めながら沙絵が買ってきてくれたスターバックスのコーヒーのカップにストローを差すとゆっくりと咥え少し口に含ませ喉に流し込んだ。

 ひとしきりコーヒーを飲んだあとカップを片手に持ち、空いている方の手で窓枠を掴むと、右足から部屋の方へ向け、滑らせるように腿をゆっくり移動させ床に脚を下ろした。きめ細かく華奢な肩から外れていたビスチェの紐をかけ直し、ショーツの「乱れ」を指で直すと部屋の外へと向かった。

 部屋から廊下を3メートルほど歩いた先の右手に洗面所がある。自室を出てすぐ右にある部屋は沙絵の部屋だ。

 昔から誰も使用していない空き部屋だったが、夜遅くまで蘭子の自宅にいることが多い沙絵がホテルなどを利用せずとも良い様にと蘭子が沙絵に貸しているのだ。

 部屋の中はと言うとキングサイズのベッドにテーブルにテレビにエアコン、ほかに冷蔵庫まで完備している至れり尽くせりの沙絵さんお泊り仕様。

 そして向かって左側の部屋はガレージへつながっている倉庫兼作業場のような部屋だ。蘭子と沙絵は商品開発室と呼んでいる。

 この部屋は少し特殊で、廊下から商品開発室へのドアは開くが、商品開発室から蘭子の部屋へと続く廊下に入ることはできないという世にも不可解な造りになっている。


(そう言えば沙絵ちゃんは最近ここの扉の存在を知ったんだっけ)


と、この部屋の扉が完成した経緯を思い出した。


 当時は無かったガレージの建設を蘭子の祖父の友人である工務店の社長にお願いした。筋肉隆々でプロレスラーのような大男は見た目とは裏腹に、蘭子が1人で屋敷に住むことをずっと心配しており、リモコンさえあれば開けることのできるシャッターの奥の扉は殺してしまわないか?と蘭子に提案した。

 しかしそれではガレージに車を止めた後、また玄関から入り直さなければならないのが面倒に思い、やんわりと「ご心配してくださるお気持ちは嬉しいのですが、ガレージから自宅に入れないのは少しだけ不便かも知れないとちょっと考えたりもしています。できれば暗証番号などで開くオートロックなどをつけて普通の扉として防犯対策をしてくださると嬉しいのですが」などと日本人の悪い部分をすべて盛り込んだ言葉を濁した空気読んでくださいね感満載のファジーな物言いで工務店の社長に伝えた。すると社長は蘭子の懇願を盛大に勘違いして蘭子から「これではまだ不安なのだ」と感じているのだと受け取ったのだった。頭の中まで筋肉なのか?


「よおし、わかった!この作業場から居室へは何人たりとも入れさせねぇと約束してやる」などと頭中まで筋肉の愛すべき勘違いおじさん社長は何を思ったのか、クローゼットの中にさらに隠し扉を作り突然廊下へと繋がる秘密の通路を作ったのだ。そして出来上がった隠し通路と、その奥の扉を開ける為にクローゼットの中の右から3番目のハンガーフックを引っ張ると扉が解錠されるという絵に描いたような才能の無駄遣いで完成した扉を開けて見せながら「どうだ蘭子、これなら泥棒も空き巣もガレージからの侵入は不可能な上に家人は自由に出入りできるって訳だ!まさかクローゼットの中が通路になっているとはお天道様でも気付くめぇ、恐れ入ったか?恐れ入っただろう?ガハハ」と同意を求められた蘭子は、勝手に人の家に秘密通路だ扉だ鍵だといじくり回した挙句、「やってやったぜ」と満足満タンの社長に呆れながらも一生懸命愛想笑いを浮かべながら「すごいです!」「スパイ映画みたいです!」などとべた褒めしてご機嫌をとったのだった。


(あぁ、そんなこともあったなぁ)


 と蘭子は思い出し、苦笑いを浮かべながら商品開発室と呼ばれる部屋の扉を開け中に入った。

 蘭子はふと、部屋の北側に置かれたデスクの上のカレンダーに目をやると今月31日の予定欄に(佐藤工務店初回点検)とメモされているのを見つけた。


(いけない、忘れるところだった)


 と持っていたスマートフォンのスケジュール帳に慌てて予定を追加し洗面所に向かおうとした。が、扉が開かない。そういう仕様だ。蘭子は下着姿のまま鍵を持たずにホテルの部屋の外に出た人の気持ちが少しわかった気がした。そして苦虫を噛み潰したような顔をしながら下着姿のままいそいそとクローゼット中に消えていくのであった。

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