フリーター、コーチになる。
ザ…とゴールネットをくぐり、シュートが綺麗に入る音が体育館に鳴った。
(この音気持ちよくて大好きだったなあ)
「りょう ないっしゅー」
気だるげな掛け声がシュート音の後に聞こえる。
ふとその方に目をやると、明らかに動きの違う少女がいた。
首元まで切られた爽やかな短髪。やや気の強そうな鋭い眼光、きっと誰よりもボールの扱いに慣れていそうな手捌き。このシュート音はこの子が打ったものだ。
「あの子は?」
私が職員に問うと、少しの間が空いてから
「訳アリの天才1年ですよ。」
そんな言葉が返ってきた。
「訳アリ?」
「ええ、まだ入部して間もない時に退学騒動を起こしたんです。私は女子バスケ部については何の関わりもないんですけど、それでもかなり職員室で話題になってましたから。」
眉を下げながらまた職員は続ける。
「彼女はスポーツ推薦でこの学校に入ってるんですよ。中学校はバスケットボールで全国大会に出場したチームにいました。
天才がやってくるってこれもまた職員室でざわついてました。」
入学書類の内容は機密じゃないのか、なんてぼーっと考えながら、その"天才"の打ったシュートを脳内で反芻する。
美しいシューティングフォーム、無駄のない体の使い方、多過ぎず少なすぎないボールの回転。
全てが経験と研鑽で積まれた綺麗なシュートだった。
(それなのに_____)
「もったいないですね。」
「ええ、そうでしょう?せっかくのスポーツ推薦なのに、辞めようとするなんて…まあでもそこからもう少しで1年が経ちますから。」
それもそうだが、彼女のセンスと実力が買われて入部したのにも関わらず、そのポテンシャルを十分に発揮できていないこの環境がもったいない、私はそう感じた。
きっと辞めるって言ったのもこの不完全燃焼感が拭えない、生ぬるい環境が理由でもあるのだろう。
私は彼女とは違って試合の場数も踏んでいない上に大して上手くもない選手だったが、それでも何となくわかる。
「何で彼女らが練習まで組み立ててるんですか?」
「え?」
「スポーツ推薦があるなら、指導者も必要じゃないんですか?」
「あー、私もその辺は詳しくないんですが…昨年度までいたバスケ部の監督が他の学校に異動されたらしくて…でもなんかのっぴきならない理由での異動みたいですよ。」
それなら仕方ない。
(____のか?)
彼女達が持ってる才能を、何も知らずにほったらかしでやっているこの時間が何よりもったいないではないか。
体育館の2階のカーテンの隙間から光が差し、女子バスケ部の足元を柔らかく照らす。
「あの…私また明日も明後日も取材予定なんです。」
「は、はい。」
「また次もその次も体育館来てもいいですか?」
「かしこまりました…」
ポカンとした顔で職員は頷く。
何でもいい、この子達を見届けてみたい。
「…まあ、とりあえず体育館はこんな感じです。
他に見てみたいところはありますか?」
そうだった、取材中だった、
慌てて荷物を持って体育館を後にする。
後ろ髪を引かれる思い、というのはこのことか。
天才少女だけでない、他の子達もそうだ。
彼らの動きは下手くそじゃなかった。
ちゃんとやれば上手く上にいけるはず。通じるはず。
残りの取材中もそのことだけが心残りで、メモをとりながらあの美しいシュートが頭から離れなかった。