第1話
「ねえねえ。さっきの現国の終わりのほうで、ムラセンが言ってたことだけどさ」
私は、隣の席の由香に声をかけた。
「ムラセンが言ってたこと?」
由香が聞き返してくる。
「うん。実は半分寝ぼけてて、よく聞こえなかったんだけどさ。太宰治って桃缶好きだったのかな?」
「も…桃缶??」
「だって黄桃忌っていうんでしょ?黄桃って、桃缶のことだし」
私がそう言うと、由香はあんぐりと口を開けて、私のことをまじまじと見ている。
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「さおり…それ本気で言ってる?」
由香は、おそるおそるといった感じで聞いてきた。
「え?違うの?」
「お前、アホすぎ」
前の席の阿部君が、振り向きざまに丸めたノートで、私の頭を軽くたたきながら言った。
「その黄桃とは違う。桜桃…さくらんぼの別名のこと」
「そうなの?初めて知った…阿部君って物知り~」
私が、そう答えている間に
由香はトイレ行ってくる~とか言いながら、席を立って向こうに行ってしまった。
阿部君…実は私がひそかに片思いしている相手。
去年の四月に入学して、同じクラスになって一目ぼれ。
だけど最初の席、は名前順だったから阿部君の「あ」と私の「山本」だと、近いどころか一番離れた席!
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それでも救いになるかと期待したのが、担任のワダセンの席替マニアなところ。
毎学期どころか、一か月ごとに席替をしてくれる。
だ・け・ど。ず~っと離れた席のままで。
おまけに移動教室の席も、クラスの座席をキープだし、班別行動もまた然り。
もちろんクラスメイトだから、挨拶くらいはするし、雑談もできてはいたんだけど。
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でも、やっぱり近くの席にいて『ノート貸して』とか『教科書忘れたから一緒に見せて』とかのパターンに憧れちゃってたわけで。
それが、ようやく念願かなって前後の席になれたのが、学年最後の3月の席替の時。
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そりゃね、うれしかったよ。
でもさ3月なんて、教科書ははほぼ終わってるから、自習だったり配られたプリントこなすだけの授業…班での活動なんてありゃしない。
それに、卒業式なんてのもあるから、その練習もあったりで、それまでの月に比べたら楽しみ半減ってもの。
もちろん、近くに座ってられる時間があるのは、正直うれしいけどさ。
それはさておき…
「さくらんぼって、あれだよね?赤くて、ランチプレートとかのキャベツの近くに置いてあるやつ」
「…間違えてはいないけど、それも缶詰だからな。ちなみに生で食べて美味しい佐藤錦とは違う品種のさくらんぼが使われている」
「へえ…あ、でもどうして太宰とさくらんぼが関係してくるの」
「太宰の小説に由来しているらしいよ」
「…走れメロス?」
「…ちがわないけど、違う。『桜桃』という短編小説があるんだよ」
「そうなの?初めて知った…」
「山本もちょっとは本を読めよ」
阿部君はあきれたようにいうと、前に向きなおった。
(…ちょっとは読んでるもん。ケータイ小説だけど)口をとがらせて心の中で文句を言ってた私を、いつの間にか戻ってきていた由香がつついてくる。
見ると口パクで(よかったね)と言ってくる。私は由香をぶつフリをした。