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~cafe du monde~

【cafe du monde】チョコレートケーキ

作者: 雛菊しぐれ

コツコツとヒールの音がご機嫌に響きやすい扇状に敷かれたカラフルな石畳に失礼して、変な形の電灯付きのアーチをくぐればそこは、古本、ガラクタ、駄菓子の盛んな商店街。一般的で面白みに欠けた女子大から坂道を下るとすぐで、華やかな時間は夕陽が傾いてからが本番である。店じまいはどこも午後7時前と早いが、芸能人のお勧めするスイーツや古くから堂々と構える老舗の影響で、休日の賑わい方は観光地らしさが溢れている。噂によると女子大生をハントしにくる男が多いとのことだが、商店街の組合は武勇伝作成のために、タチの悪い男を次から次へと見つけ出しては追い出すらしい。

そんな商店街も平日の昼前は静寂に包まれた無人街である。駄菓子屋は新聞や週刊誌を朝のうちに取り揃え、老舗からは限定の格安弁当の店頭販売。おにぎりやサンドイッチがワンコインで買えるお手頃さを訴えつつ満開の笑顔を振りまく通勤・登校の時間が過ぎてしまえば、今度はランチタイムに備えるのみ。おやつの時間にもなれば、駄菓子屋の前で最新のトレーディングカードを開封する子供や、晩御飯の買い物を値切る主婦で賑わってくるが、それでも喫茶店などは一層人恋しい空気が漂うことくらい誰が考えても明らかだと思うのだが、何を思ったかこんな所に案の定「哀愁漂う渋めの喫茶店」が一つ。

しかし、そんな「うだつ」の上がらない喫茶店もここ最近はパトロンが三人ほどいて、今日も逃げたくなるほどの賑わいをみせていた。


「ですから、都子さん?申し上げ尽くしておりますように、わたくし、声やアニメーションも作品の一部として受け止めたいの。真のファンでありますのなら、多少の事も臆さず抱擁する位の精神が、大切ではなくて?」


ズバン、と縦一線にひっぱたかれたテーブルの上には、値段の割に意外と美味いチョコレートケーキが乗った皿が二つと、チョコの一筋も見当たらないが確かに先ほどまで同じケーキの存在した真っ白な皿が一つ。乗っかっている銀のスプーンは、遅刻を知らせる鬼電に朝イチで起こされるが如く、音を立てて数センチほど宙を舞う。先ほど意を決して騒音を注意しようと出てきた店長が、吃驚してカウンターに隠れる。


「勘違いしないで欲しいのだけれど。私はアニメ化そのものや声優を愚弄したわけではないの。キャラクターを呼ぶ際、いちいち声優の名前をねちっこく出す貴女の意地の汚さを指摘しているのが、まだわからないのかしら?」


整った小顔に高身長、少々痩せすぎがアクセントの、「お高目」な短髪眼鏡女史が繰り出す打撃の威嚇に対するは、長く艶やかな黒髪をキュっと結んだ、白い肌と柔らかめの吊り目が魅力的な大和撫子の、ズイっと高圧的な挑発。事件は今まさに現場で起きている。


「まぁまぁ、えぇやんそれくらい〜。主張は自由なワケやし、あ、ソレ食べんのやったらウチ食べるー」


とても軽そうになびく短髪茶髪をフリフリする、猫を思わせる柔軟さから少々金運乏しそうな女学生が伸ばす手の横に、縦一直線に銀色の矛が貫く。こちらは駄目か、と思うや否や、間髪入れずに眼鏡女史の方へ手を伸ばすと、既に断罪のトライデントがスタンバっていた。萎縮して渋々と引っ込める。なお、フォークの刺さったテーブルは店長がほぼ毎日塗装でカバーしていることを、この三人は当然のように知らない。


「お客様、どうされました?」


ちょこんとそこに現れたのは、姿勢良く丁寧な言葉遣いが可愛らしい、ショートボブの女の子。昼間はアルバイトをしながら夜間学校に通う、今時珍しい勤労女子高生のメイちゃんである。なお、メイちゃんという名前は「メイド」からとってつけられたあだ名であり、本人はちょっとだけ不満を抱いている。そもそもこの店はなんでこのスカスカな時間にアルバイトなど雇っているのか、店長の無計画さが見て取れる。


「ちょっと聞いてよメイちゃん。このメガネ、私の好きな漫画のキャラクターを声優の名前で呼ぶの。それってどう?」


メイちゃんは思う。この人たちは大学生で間違いなかったかな、と。喧嘩内容のアホくささはともかくとして、眼鏡の方は顔が紅葉し、その上目尻に水滴が溜まりかけている。対してポニテ撫子は若干やってやったと満足げな笑みが、わざとらしく口元に現れていた。奥で縮こまる迫力のないネコは、もう一押しすれば紅茶でも追加注文してくれそうだ。


「はぁ……。漫画、でございますか。作者の気持ちをとって考えるべきなら、キャラクターはキャラクターの名前で呼んであげるのが良いと思われますが」


淡々と返答するメイちゃんには、ぐぬぬ、と唇を噛むしかない眼鏡女史。無論、売り言葉に買い言葉でプライドを引っ込みきれなかっただけで、都子の正論は本人も承知していた。しかし我慢ならなかったのは、返答に必ずと言っていいほど「毒」を仕込んでくることだ。その言葉には差別なく、自分が所属する漫画サークルのメンバーに向けられたような、広範囲の軽蔑の念が込められていることが、「編集長」たる自分にとっては鼻持ちならないのである。そんな様子をビジネスチャンスと捉えたメイちゃんは、狙いをこの「編集長」にシフトした。


「そうよねそうよね!やっぱりそう、元からあるべき名前に後付けした声優で呼ぶなんて、非常識なんだから」


「ですがそれは、声優様のお名前をキッカケにお話を弾ませる、お気遣いともとれるかと」


へ?と首をかしげたのは、縮めたストロー袋を濡らして伸ばす猫娘を除く二人共。特に呆気に取られたのは、むしろ編集長の方だった。メイちゃんはペコっと頭を下げて一拍おき、高校生らしい純情な眼を向けて語り始めた。


「例えば、お客様同士二人水入らずの関係であり、一対一でお話をする際にはあまり気をつけすぎることはないでしょう。ですが、それが三名を超える場合、話題は多いに越したことはありません。濃厚な話題を避けつつ、誰でも、どんな話でも展開しやすいように配慮する心持ちは、とても素晴らしいお気遣いだとも取れます」


テーブルに刺さったフォークをスポッと抜いて、ややこぼれたチョコレートケーキの粉砂糖を慣れた手つきで拭き取る。都子が「しまった」という顔を浮かべると、編集長は赤面しつつも落ち着きを取り戻していく。そのままの口調でメイちゃんは言葉を続けた。


「時にはその選択がタイミング悪く、思ってもない結果に繋がることもあります。些細なことで感情は左右されてしまいますので。空腹などは最たるものですし、お話をするだけでも人は頭を使いますから、どうぞ適度に糖分を取りながら楽しくお過ごしください。そうそう、当店ではチョコレートケーキは自然の甘さをテーマにしておりますので、こんなに甘くてもカロリーはうんと低めになっております」


へぇ、とチョコレートケーキに興味がそれる二人は、すっかり落ち着いていた。一匹ほど、見る対象がなく落ち込む猫が寂しそうに眉を下げたが、気付いたのは、カウンターの下から恐る恐るメイちゃんを見守る、仲間外れ感を感じ取った店長だけだった。


「なお、当店のチョコレートケーキにはアールグレイのストレートティー、目の覚めるエスプレッソ、食後ですと、アイスココアなどがとても良く合いますが、ご一緒に是非いかがでしょうか?」


無表情で黙々としゃべり続けた彼女がその瞬間、とても可愛らしい笑顔で尋ねると、三人に明るい笑顔が現れる。さながらそれは、ビターな飲み物でより一層甘さが引き立ったチョコレートケーキを連想させる。話題はこの商店街のスイーツへと完璧に逸れていった。

追加注文を受けて戻った彼女が豆を挽く機械に触れると、店長が感心しながら囁いた。


「鎮めただけに収まらず、追加注文を受け取ってくるなんて、凄い商売人だなぁメイちゃん」


「店長、私には名前がありますのであだ名で呼ぶのやめてもらえません?」


「そんな、僕はただ…そう、話を弾ませようとね」


「それは、複数名の『親しい関係』に限られます、店長」


敵わないなぁ、と口を尖らせながら、店長は同志の為のアイスココアの粉を、少しだけ多めに入れてあげることにした。

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