いわゆるタイムスリップもの -過去の自分に憑依する技術。でも、自分が生まれる前の場合は……-
その日、僕は未来人と出会った。
ついさっきの事である。謎の人物に突然襲われた僕を助けてくれたのが彼女だ。
「初めまして。私は未来から貴方の命を守りにやってきました」
と、突拍子もない発言をいきなりした。面白くない冗談かと思ったが、それ以上僕に考える間も与えず、彼女は話を続ける。
「ところで、貴方。この体の人間が誰だか知ってる?」
言い方が少々引っかかるが、知っているに決まっている。何故なら彼女は……。
「ああッ、もういいや。面倒だから単刀直入に。私、お母さんの体にタイムスリップしているの」
「はぁ?!」
あまりに唐突で不可解な発言に、僕は思わず声を出してしまう。
「なに! 事実を言っただけなんだけど。今あるタイムスリップの技術だと過去の自分の体に憑依できるんだけど、自分が生まれる前の時代に飛ぶ時は、両親の体に憑依する事になるの!」
僕の反応が気に入らなかったのか、彼女は多少怒りっぽくそう答えた。
タイムスリップ? って、未来から来ている発言しているのだから当然だよな? そして、その方法が体の憑依と。
「はぁ……。何であんたなんかを守らなきゃいけないんだか」
呆れたように彼女は言葉を吐き捨てる。
はっきりいって、酷い言われようだ。だけど、とても元の体の彼女が言いそうな言葉じゃない……と思いたい。だから、別人が憑依しているのならば納得がいく。それに……。
「あ、あの……さっき使った超能力みたいなのは?」
「超能力みたいじゃなくて、正真正銘の超能力。武器とか道具を持ち込めないから、そうやって戦うしかないの」
この超能力を見せつけられたせいで、僕は彼女の言葉を疑う余地が無くなったわけだ。武器を持った相手を超能力で吹き飛ばすところを、間近で見てしまったからには信じる他ない。少なくとも、別人格だとかそういう類のでは無さそうだな。
「私はもう帰るけど、さっきみたいなのが襲ってきたらまた駆け付けるから」
「また……って、今撃退して未来を変えたんじゃあ?」
「未来なんて何にも変わっていない。さっきの奴も未来からあんたを殺しに来たから阻止しただけ」
そんな……。僕が何をしたって言うんだ?
「どうして……」
「言っておくけど、そういうのは答えられないから!」
少し、ムッとした感じで彼女はそう答えた。
そうか。それを僕が知ったら未来が変わるかもしれないから駄目なのか。
「それから、私の事をお母さんに話すのも駄目。今の事は記憶に残っていないから。後、私の憑依が解けるとこの体が意識を失ってしまうから、ちゃんと受け止めなさい」
「ええっ!? そんな、急に……」
「怪我とかさせたら許さないから!」
さっきから乱暴に物事を進めやがって! 麗の奴……って、別人なのだったな。そうだ、名前……。
「名前は……何て呼べば。僕の名前は……」
「知ってるから言わなくていい。私の事は……そうね、アトって呼んで」
「アト……さん?」
異なる名前を名乗った事で、これまでの言動が元の彼女ではない別人によるものだと改めて理解し、僕は少し安堵した。
「それじゃあ」
別れの言葉と共に彼女の体が急に倒れたので、僕は慌てて彼女を受け止める。
危ないなあ……。しかし、これからどうしよう? ここは……って、公園か。学校の帰りの途中で、寄り道してたのだったな。
僕は、近くのベンチに膝枕する形で彼女を寝かし、目覚めるのを待った。
──そして、程なくして彼女は目を覚ます。
「あ、あれ? 私、寝ちゃってたの!?」
「う、うん。急に倒れたから驚いた」
「えっ、そうなの!? 助けてくれてありがとね」
彼女は照れくさそうに、そう言った。
しかし、本当に覚えていなさそうだな。だとすれば、やはりあの未来人に言われた通り、彼女には話さない方が良さそうだ。
━━━●━━━
彼女は、高校に入学した時のクラスメイトだった。
僕の名前は糸絲黒十。糸に絲の字でカラマリと読ませる、初見では絶対に読めないその苗字のせいで、イジられる事も珍しくない。だから、僕はこの苗字が嫌いだ。
「へえー。糸の字が三つでカラマリなんだ」
僕のこの苗字に興味を持った彼女が、いきなり話しかけてきた。最初は、僕が今まで出会った他の連中と同じく、変な苗字だと笑いに来たのかと思った。しかし、彼女は……。
「私の苗字も、車の字が三つでトドロキって読むんだ」
元気よく嬉しそうに、僕が思いもしなかった回答を彼女はした。
彼女の名前は轟麗。轟の苗字は確かに珍しいけど、この漢字と読み方は有名だから知っていれば読める。だから、僕ほどじゃない。
「『轟』って字は、車が沢山走ったら音が大きいって事なんだって」
「へ、へえ。そうなんだ」
「だから、きっと『糸絲』も糸か沢山あったら絡まっちゃうって意味なのかも」
そんな事は考えた事も無かった。と、呆れる僕とは違い、彼女ははしゃいでいる。
僕は今までその面倒な苗字が煩わしいと、ネガティブな事しか思っていなかった。けれど、彼女は自分の苗字をポジティブにとらえて由来を調べたり、僕の苗字との共通点を見つけて喜んだりしているのだ。
「へへッ、私たち同じかも」
同じ……? いいや、僕は彼女みたいにポジティブじゃない。明るくないし、ネガティブで暗い人間だ。
彼女とは合わない。そう思っていた。けれど、それきっかけで会話をしている内に仲良くなり、何時の間にか付き合う事になっていた。付き合おうと提案したのは彼女の方で、その積極性からか強引に押し切られる形でだ。
僕は、彼女の事は嫌いではなかったけれど、どうせすぐに嫌われて別れる事になると消極的に考え、今日まで何となく付き合っていてからの突然の未来人である。
今日まで付き合っている轟麗の事は好きだけど、未来から来たと言っていたアトという奴の事は嫌いだ。同じ彼女の体で、麗とは正反対なアトの態度が何とも気に食わない。
もう、あの未来人には会いたくないし、いい機会だから別れようかとも考えた。けれど、未来からの刺客が僕をまた襲って来るとなると、下手に別れてしまっては僕の命が危ないし、何より未来からの干渉で別れるというのが気に食わない。
もう少しの間、彼女と付き合ってみるか。
━━━●━━━
襲われてから次の日。その日も僕は、彼女と一緒に学校から帰る事となった。
「ダガー、一緒に帰ろ!」
ダガーというのは、彼女が付けた僕に対するあだ名だ。僕の名前が黒十だから、黒十字みたいだと彼女が言ったのがきっかけである。
「知ってる? 黒十字みたいな絵文字ってあるでしょ? あれって、実は十字架じゃなくてダガーのマークなんだって。だから、これから黒十の事をダガーって呼んでいい?」
そんな感じで、†の絵文字から僕は彼女からダガーと呼ばれるようになったわけだ。
「うん……わかったよ、キレイ」
キレイというのは、彼女のあだ名である。彼女の名前が「とどろき・れい」だから「とどろ・きれい」という下手糞な駄洒落なのだが、
「私、この名前のせいで『キレイ、綺麗』って軽々しく言われるのが苦手なの。でも、ダガーには『キレイ』って呼んでほしいな。だって、好きな人に綺麗って言われるとテンション上がるし」
そんな事を彼女に言われて以来、僕は彼女の事をキレイとあだ名で呼ぶようになった。
「よかった。昨日みたいに変なところで寝ちゃったら怖いし、今日も一緒に帰りたかったんだ」
覚えていないながらに、昨日の事を気にしているみたいだしな。僕の身の安全に関係なく、彼女が安心できるならば付いていてあげたい。
別に、一緒に帰る事自体は毎日の事だ。彼女も普段から元気よく積極的に誘って来るし、僕も断る理由が無いから一緒に帰っていた。だから、また襲われたりしなければ、普段通りの日常のはずである。
━━━●━━━
学校の帰り道を二人で話しながら歩く。いや、二人で話しながらと言うよりは、彼女の話を僕が聞いている感じに近いのだろうか? 今のところ、昨日みたいに誰かが襲って来る様子は無い。
「あそこの公園、寄っていこうよ」
「ああ、うん。いいよ」
「どうしたの? あんまり乗り気じゃないみたいだけど」
「えっ……いや、昨日の……」
そこまで言いかけて、僕は言葉を止めた。あそこは、昨日も寄った公園だ。そして、昨日襲われた場所でもある。
「ダガーと一緒だから大丈夫だって。もう、心配性なんだからッ」
そうじゃないんだけどなあ。だけど、本当の事を言うわけにもいかないし。いや、別に喋ってもいいんじゃないかとも思うけど、あの未来人に口止めされたし、止めておこう。
そうして、二人で公園に入ったところ、昨日襲ってきたあいつが待ち構えていた。昨日と同じく、フードを深く被っていて顔は見えない。そして、着ているパーカーのポケットから包丁を取り出し、僕たち二人を目掛けて襲い掛かってきた。
「逃げなきゃ、キレイ!」
僕は、とっさに彼女の手を引いて逃げようとしたが、彼女はその手を振りほどいた。予想外の反応に僕は戸惑うが、包丁を持った襲撃者は素早く間近まで迫っていた。
もう駄目だッ! そう思った瞬間、襲撃者はまるで金縛りにでもあった様に動かなくなっていた。
「今度は逃がさないから……」
彼女は襲撃者に張り手をするかの様に右手を向けると、持っていた包丁が衝撃波で吹っ飛んだ。そして、襲撃者の武装が解除されたところで彼女が開いた右手を閉じると、襲撃者はもがき苦しんだ上で倒れる。
「終わった」
彼女がボソっと一言呟いた。この非日常の超能力……間違いなく、あの未来人だ。
「アトさん、もしかして……?」
「大丈夫、殺してはいない。けど、気絶させたから暫くは目覚めない」
「そっか、それなら……って、そのままで大丈夫なの!?」
「タイムスリップ中の相手に衝撃を与えると、強制的にタイムスリップが解除されるだけだから。それより、こいつが何者か調べないと」
そう言って、未来人のアトは襲撃者のフードを外して顔を見る。襲ってきたのは女の子だった。僕たちと同じくらいか少し下くらいの年齢だと思う。そうして、僕の意識が襲撃者の顔に向いている間に、未来人は襲撃者の持ち物を漁っていた。
「ちょ、何をやって……」
「何って、こいつが何者か調べきゃいけないでしょ! はぁ……何処まで鈍いんだか」
そんな事、分かるわけ無いだろ! って、それを調べなきゃいけないって事は、未来から誰が襲撃しているのか分からないのか。
「それで、こいつの正体が分かれば、未来から誰が襲ってきているのかも分かるのか?」
「そう思うなら、それでいい。詳しく話すの面倒だし」
確かに面倒くさそうだが、それ以上に何かイラ立った感じで未来人はそう答えた。
何だよ、その態度! 昨日もそうだったが、何だか気に障るなあ。
「調べ終わった。手がかりもつかめたと思う」
「それは良かった。僕もアトさんにはもう二度と会いたくないし」
「……私も」
そんな会話をしていた時の事だ。近くを通りかかったのか、男子高校生二人が僕たちに声をかけてきた。
「糸絲に轟じゃないか。こんなところでデートか? くぅーッ、見せつけやがって」
よく見れば同じクラスの奴だ。名前は……何だっけ? そこまで親しい間柄でもないんだけど、冷やかしにでも来たのか?
「何やってたんだ? 俺たちも混ぜろよな」
からかう様に二人が近づいてくる。しかし、間の悪い事だ。麗の体には未来人が憑依しているし、今ここで憑依を解くわけにもいかない。それに、そばで倒れている襲撃者の事を説明するのも面倒だ。
そんな事を考えていた、その時の事である。二人のうちの一人が、未来人を……麗を後ろから突き飛ばして気絶させた。
何が起こったのだ!? 二人組の内、もう一人は明らかにドン引きしているし、グルってわけではなさそうだが、だとすれば……。
「さっきは、よくもやってくれたな! だが、こいつがいなければ後は貴様一人!」
まさか、こいつがさっきの襲撃者だというのか!? 確か、アトの話によれば自分の両親に憑依できるとの事だったな。って事は、母親で失敗したから父親の体を使ったって事かよ! 畜生、この時代に襲撃者の両親が揃って、しかも近くにいるなんて。
「死ねェ!」
男の襲撃者が襲い掛かってくる。しかし、さっきのフードの女が包丁を持っていたのに対し、こいつは丸腰。そして、未来人のアトとは違い超能力を使う様子はない。これなら、何とか勝てるか? いや、僕はそんなに強くない。でも、攻撃を避けるくらいなら……。
……あれこれ考えている内に、僕の意識は何時の間にか途切れていた。
━━━●━━━
次に気が付いた時、僕は彼女に膝枕をされていた。
「あっ、目を覚ました! もうッ、このまま眠ったままだったら、お姫様が目覚めのキスをしなきゃって思っていたところだよ」
麗が何やら言っているが、元気そうで……って、襲撃者は!?
「あの……僕たち、どうなったの……?」
そう言って、僕が起き上がる。すると、彼女とは別にもう一人別の誰かがいた。さっきの二人組の内、襲撃者じゃない方のクラスメイトの男だ。
「よお、王子様のお目覚めかな? しっかし、さっきは凄かったなあ。いきなり発狂して暴れたあいつを軽くやっつけるなんて」
そんな記憶はない。しかし、このクラスメイトの話によれば、僕がやっつけたみたいだ。
「そんで、突然の事に戸惑っていた俺に色々と指示を出して、皆を介抱したりで色々やった後にいきなり倒れるんだから驚いたぞ」
「私も半分くらい寝てたから全部は見ていないんだけど、あの時のダガー格好よかったなあ。でも、倒れるくらいの無理は駄目だよ」
どうやら、僕が事後処理をやったらしい。けど……全く記憶にない。しかし、そんな事をできる人物に心当たりはある。
「……その時の僕、何か変じゃなかった? 感じ悪くて嫌なとこあったり?」
「うーん、何時も通りだったと思うけど……?」
なら違うのかな? 僕の予想だと、あのアトとかいう未来人だと思ったのに……って、もしそうなら、あいつの父親が僕って事になるじゃないか! 僕があんな嫌な奴の父親だなんて、あってたまるか!
そうだ、そうだよなあ。もし、僕がアトの父親だとすれば、それってつまり、僕と麗が結婚するって事……。いやいやいや、想像できない。
「糸絲が感じ悪いというか、ノリが悪いのは何時もの事だろ? 別に怒るほどの事じゃないけどな」
「ちょっと、ダガーの事を悪く言わないで!」
……僕って、そんな風に思われていたのか。麗はフォローしてくれたものの、僕が気を失っていた間の言動が何時もと大差ないというのは共通見解。まあ、仮に僕の子孫がタイムスリップして憑依していたのならば、僕に似ていても何ら不思議ではない。
それで納得しようかとも思ったけど、それだと麗の体に憑依していた未来人のアトの説明が付かなくなる。麗とは正反対だし、そうなるとアトの父親の性格が悪かったとしか……。
そこまで考え、僕は悟ってしまった。何で僕があの未来人の事が気に食わなかったのか? そして、あの未来人が何故、僕の事が気に食わなかったのか? それは、お互いが自分を見ていたからだ。同族嫌悪と言うやつである。
そうだ、どうして最初に気付かなかったのだ? 父親似の性格で、両親を助けに未来から憑依という形でやってきていた、僕と麗の間に生まれた子供。それがアトだという事に。
僕がアトの事を嫌だと思っていたのは、そっくりそのまま僕の嫌なところだったんだな。
「誰が何と言おうと、私はダガーの事、好きだから!」
このタイミングで彼女に面と向かってそんな事を言われ、僕はドギマギした。