最強聖女はわからせる ~加護っといたんであとは二人でお幸せに。
「この偽聖女め。ウルリカ・メドウ、貴様を追放する!!」
びしぃっと人差し指を突きつけ、レンロット王子――いやもうレンロットでいいか、みんな陰では呼び捨てている。――レンロットが叫ぶ。
ウルリカはその指をグーに握ると、べしっと逆方向に折りまげた。
「人を指さすなんて失礼ですよ」
「ギぃやあああぁぁっ!?!? おっおまっ、お前のほうが失礼だろぉ!?」
ぐきゅっと嫌な音を立てた指をかばい背を丸めるレンロットへ冷酷そのものの視線を向けつつ、ウルリカは右手をかざした。
とたん、淡い虹色の光がレンロットをつつみ、痛みはあっという間に消えてなくなる。精神統一も詠唱もない、まさに片手間の、しかし完璧なる治癒。
この時点でレンロットは悟った。悟ってしまった。
ウルリカが真の能力を隠していたことを。
しかし冷静になるとか悔い改めるとかいった知性的な行動は彼とは無縁であった。
やられたら倍返し、すごまれたら怒鳴りかえす。彼の帝王学はそのようなものだ。
だから、「申し訳もありません私奴がわるうございました」と言うかわりに、用意していた台詞を用意していたのの倍のボリュームで絶叫した。
「口答えをするんじゃない!!! 追放と言ったら追放だ。貴様との婚約は破棄、聖女の称号は剥奪!!! 今日から聖女はこのルクレチア・リリーシュだ!!!」
うねる頭髪を振り乱し、レンロットは隣にたたずんでいた令嬢を乱暴に抱き寄せる。
なるほど、ルクレチア・リリーシュは伯爵令嬢で、平民出身のウルリカよりも家格は高く、後ろ盾も期待できる。何より狼の支配の名にふさわしい鋭い容姿の自分よりも可憐で華奢で、レンロット好みだ。ウルリカは銀髪ストレートに切れ長のつり目、薄い唇ですらりとした痩せ気味の長身。ルクレチアはゆるふわカールの金髪に丸くて大きなぱっちり二重、ピンク色の潤いあふれる厚めの唇にいい感じに厚めの肉体。
彼女が聖女見習いとして王宮に訪れた時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。
しかしそのルクレチアは、なまじ聖女の力を持つだけにレンロット以上にウルリカの秘められた能力を察知していた。レンロットの腕の中、青ざめた顔で物も言わずに震えている。
小動物は獣の気配に敏感だ。
ウルリカは両手をわきわきと動かした。目の前の二人がびくっと後じさる。
ふつふつとわきあがるのは怒りではなく、魔力だった。
追放、の二文字がウルリカを喜ばせ、魔力を増幅させた。
いつごろからか修行に励んでも聖女の力はのび悩んでいた。あの停滞の原因は、アホ王子の与えるストレスだったのか。繊細な人間はつらいものだ。
しかし私はもう自由だ。
ウルリカは口角をつりあげてニィッと笑った。
いまならなんでもできそうな気がする。
「成功……いい名前ですね」
「ひっ、ヒイィッ!!」
友好を示そうとしたのだが解放される喜びが上まわってしまったようだ。ルクレチアは涙を流さんばかりの形相で悲鳴をあげた。
レンロットに抱かれるがままになっているのはもはや一人で立つ気力すらないからだ。
「大丈夫です。この騒動を仕掛けたのがそこのアホなのか貴女なのかは不問に付します」
「…………。えっ、貴様っ、いま俺をアホと言ったのか!?」
「こうなった以上は仕方がありません。私はおとなしく王宮を出ていきますし、復讐しようという意志もありません」
「話を聞けえ!!!」
「うるさい」
「はぎょぷっ」
「きゃああああああ!!!! いやああああああ!!!!」
ウルリカの一声とともに凝縮された聖なる力がレンロットへむかって放たれた。額の経穴を的確に突いた光の矢に、派手な礼服につつまれた身体が崩れ落ちる。
いっしょになってルクレチアも倒れこんだ。
「この文脈でアホと言われて一瞬自分のことだとわからないくらいのアホ、貴方しかいないでしょう」
聞こえないと知りながらも一応の説明を加えてやってから、ウルリカはルクレチアを見据えた。
ルクレチアはカチカチと歯の根を鳴らして涙で頬を汚している。思わず守ってやりたくなるような姿だ。かわいい子はぐちゃぐちゃの顔になってもかわいいのだな、と斜め上の感心をするウルリカ。
「ルクレチア、聖女の定義はなんでしたか」
「はっはい!! 聖属性の魔法を使用することのできる人間です!!」
「聖属性の魔法とはなんですか」
「守護、治癒、加護の三種であります!!! 守護とは悪しき存在から対象を守るための結界魔法! 治癒とは怪我や病気の回復魔法! 加護とは能力を向上させる強化魔法! であります!! サー!!!」
腰が抜けて座りこんだまま、ルクレチアはあらんかぎりの声を張りあげて聖女の基本を述べた。
怯えながらも腹から声の出せる人間というのはなかなか貴重だ。彼女、案外レンロットとお似合いかもしれないな、とウルリカは勝手に納得する。
「そうです。貴女はきちんと基本ができている。魔力もそれなりにある。しかし国の結界を維持しながら人々を癒したり鼓舞するには少し足りない。なので……」
ウルリカは目を閉じると両手を合わせた。
これからすることは真の聖女たるウルリカにもさすがに荷が重いのだ。精神を集中し、意識を統一。
手のひらがじんわりとあたたかくなる。
正面にいたルクレチアは、ウルリカの合わさった両手のひらが輝きはじめたのを見た。
その輝きは徐々にあふれだし、ウルリカをつつみ、やがて広間全体をつつみ――窓の外を見れば、金のそよ風が王都を吹き抜けていった。
奇跡的な光景に、涙をとめて眺めいるルクレチア。
「これは……」
「私の全力で護国結界にパワーを注入しました。千年もちます」
「千年!?!?」
「たぶんこの国が先に滅びる」
それはそうだろう。滅びてなお魔物の侵入すら許さず、この国はさぞかし立派な遺跡になるに違いない。
いったいなぜこのような方が……妖精女王とも比肩しうる実力を備えた方が、我が国にいて、実力を隠しレンロットと婚約していたのか。
ルクレチアの脳裏をかすかな疑問がよぎっていったが、声にはならなかった。
「これで貴女が注力しなければならないのは小規模の守護、治癒、加護だけですみます。日々精進に励み、慢心することなく己を磨きなさい」
「は、はい……」
「もし修行の果てに、私と同等の力を手に入れることができたなら――」
ウルリカは床にのびたままだったレンロットを指さした。レンロットは白目をむいて横たわっていたが、頬には徐々に赤みが差し、全身に生気が戻りつつある。
そして二人の乙女の見守る前で、ついに目をひらいた。
「……ぼくは、いったい……?」
ルクレチアが息をのむ。
なぜならレンロットは先ほどまでのレンロットとは明らかに違ったからだ。
目に宿るのは理性の光。無理に威圧感を出そうとしない声は張りを持ってよく通り、表情からは凶悪さも消えている。ついでに長らく本人のコンプレックスであった天然パーマもなくなってサラッサラの王子様ヘアになっていた。
「加護を高出力でかけると、知性と人間性が改善されます」
「ウルリカ、君がぼくを救ってくれたのか。まさに君は真の聖女だ……そんな君を追放しようとしていたなんて、ぼくは大バカ者だ」
他人の能力を認め、自らの過ちを認める――これまでのレンロットには逆立ちしたってできない芸当である。
もはや彼は、彼のいないところで家臣たちがつけた端的なあだ名のような性格ではなくなった。『バカ』で『アホ』で『クソ』で『マヌケ』ではなくなったのである。
しかしウルリカは土下座しようとしたレンロットを止めた。
この国にもう借りはない。レンロットがどれほど自らの過ちを認めようが、悔いようが、時は戻せない。
遠い昔の借金は、清算された。
「私はこの国を去ります。あとは二人でお幸せに」
「ウルリカ……」
「ウルリカ様……」
「本当にこのアホと結婚するというときになったら、加護を最大でかけるつもりでした。そうしたら顔ももっとイケメンになって、知性もカンストしていた。そうはならなかったことを反省し、ルクレチアと地道に努力してください。学習能力は授けましたから。それではさようなら」
励ましとも貶しともつかない別れの挨拶を述べ、ウルリカは颯爽と広間をあとにした。
その背中を追いかけることもできず見送るのは仕方のないことである。
国を救うことができるということは、国を滅ぼすこともできるということ。
たとえばウルリカが隣国で加護をかけまくればこの国はあっという間に滅ぼされる。隣国でなくとも、そこらじゅうにいる反レンロット派閥の誰かに加護を与えればクーデターが起きてもおかしくない。街に出て魔力を分け与えればタケノコみたいに聖女がわいて、ルクレチアの座を奪おうと王宮に押しかけるだろう。先ほどレンロットにしたように、傷を与え、即座に癒し、延々と痛みを味わわせることだってできる。そのくらいに彼女の力は規格外だった。
最後の言葉が「震えて眠れ」ではなく「地道に努力してください」であることを感謝せねばならぬのだと、いまのレンロットには理解できていた。
***
さて、荷物をまとめて王宮を出たウルリカは、のんびりと王都を観光し、乗合馬車で生まれ故郷へと向かった。
そういえば追放の範囲を尋ねなかった。城からか、王都か、この国自体か。
まぁ流浪の民となるのもよい。最近はお役御免となった者たちにゆっくり生活が流行っているとも聞く。
馬車に揺られながら、ウルリカはぼんやりと記憶を掘りおこした。
その昔、掟を破り魔の森へ入ったウルリカは、妖精王に連れさらわれそうになった。彼女の容姿は妖精女王に激似であったらしい。
どんな罵倒を浴びせようとも「約束の時間に遅れたからってそんなに怒らなくても……」とかなんとかぼやくオベロンは鳥の翼と鹿の角、山羊の手足を持つ姿で、どうやら紅い目は鶏のようだった。頭も鶏なんじゃないかな。
あわや妖精の国へ誘拐されかけたウルリカを救ったのが、ウルリカの悲鳴を聞きつけたレンロットである。
若きレンロットは魔の森で魔物討伐隊の名目上の指揮官として結界付き馬車の中で座っていることを期待されていたのだが、あふれる正義感と燃える血潮とやる気のある無能属性により単騎出撃してしまったのである。
殺されてもおかしくない事態は奇跡的に収拾がつき、幼稚なる悪戯王オベロンはレンロットのサラッサラ王子様ヘアと知性とを引き換えにウルリカを解放した。
オベロンは天然パーマであった。
命を救われたウルリカは、レンロットに恩義を感じざるをえなかった。
オベロンと触れあううちに蓄積された膨大な魔力をもって、彼女は聖女となった。レンロットの知性をとり戻そうと腕を磨いた。しかしサラッサラ王子様ヘアと知性とを同時に失ったレンロットのすさみっぷりは半端なく、ウルリカが助けた少女であると気づきもせず、狂愚いよいよ好しといった有様であったため、ウルリカも彼の心根を叩きなおすだけの加護をかけるべく魔力の拡大再生産を無限に図らねばならなかった。
そして今日ようやく、またもやレンロットの活躍によりウルリカはこれまで以上の魔力を手に入れ、守護結界の強化とレンロットの更生を同時に完了して自由の身となった。
そう思うとあのアホ王子はいい仕事をしたようだ。
馬車がウルリカの生まれ故郷へとたどりつく。
国境のすぐそば、豊かな自然に囲まれたひなびた小さな村。ウルリカの完全なる結界により魔物の討伐隊すら訪れなくなったため、最近の村人たちはのんびりと農業を営んで暮らしているらしい。
魔の森は平和的に『妖精の森』と名を変え、やはりみだりに立ち入ることは禁じられているものの、嵐の日には妖精王が従精たちを連れて踊りにくることもある。
馬車で出会った老人は自慢げにそう語った。
「とりあえず妖精王をツブすか……」
史上最強の聖女となったウルリカは低い声で呟くと、ひとり『妖精の森』に消えていったのであった。
次回、冗談の一切通じない最強聖女VSイタズラ大好き妖精王――――!!(ありません)
爆裂系乙女が好きな方は短編「ループを止めるな!」もどうぞ。
悪役令嬢ものです。
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