8:契約
先に情報を集めておくという手も、確かにあった。
しかし、シンスはその手段を取らなかった。
もしかすると、冷静になったサフランが仕返しを嫌がるかもしれなかったから。
だが、動き出すのなら先手を打ちたいものだ。
だから、サフランのうわさが二週間程度で落ち着いてくれた事は幸いだった。
それにほかの生徒たちも、わざわざサフランに噛みつく事をしなくなった。
こうして二人で廊下を歩いても、妙な目で見られる事が少しずつ減っている。
サフランとシンスが二人でいる状態に、周囲が慣れ始めていた。
良い傾向だと、シンスは少し安心した。そして願った。
これで、サフランが意味もなく傷つくような場面が減ればいいと。
☆ ☆ ☆
「やっと見つけたわ」
「こんなに見つからないものなんだね……」
魔法学校の校舎は広く、中庭を中心として五つの建物が繋がっている。
研究室として与えられる建物も出入りが自由なせいで、
サフランとシンスは、双子を見つけるために2時間近くを要した。
ミステリアスな双子──ハイドとドランがいたのは、地下倉庫だった。
今は使われていない教材の魔法道具や失敗作が置かれている倉庫は、
普段なら誰も近付かない場所だ。
「やあやあ、ようこそ。お二人さん」
「待ちくたびれたよ、お二人さん」
ハイドとドランは、二人して古めかしい革張りの椅子に腰かけていた。
右のハイドと左のドラン。本当にそうなのかは、当人たちにしか分からない。
「知りたいことがあるって?」
「聞きたいことがあるって?」
双子は、揃って首を傾げた。
右と左。まるで鏡合わせのように逆向きに頭が傾く。
この双子は自分たちが探している事を知って、
わざわざひと気のない場所で待っていたのだろうか。
他人に聞かれたくない話だという事まで、分かっていたのだろうか。
サフランは少し緊張した。
いくら魔法使いでも、そこまでできるとは思えない。
「そう。知りたくて、あなたたちに聞きたいの」
シンスも少し緊張している様子だ。
同じ2年生だが、双子はいつも二人で組んでいて、他人と何かをする事がない。
授業中は静かで実習時も二人でいて、休み時間や放課後は姿を消してしまう。
まともな話した事など、ほとんどない相手だった。
双子は二人とも笑みを浮かべたまま、「対価次第だよ」と声を揃えた。
そして、揃って同時に頭の角度を戻した。
細長い手足も真っ白の肌も同じ。短い髪もそっくり同じ。
双子のうち、どちらかが幻影なのではないかと思うほど、あまりにも似すぎている。
「対価……っていうのは?」
サフランは緊張しながら問いかけた。
いつまでもシンスに甘え続けているわけにはいかない。
交渉するなら、きちんと自分でやりたかった。
双子の目がサフランを見た。
「そうだなぁ、どうしようか」
「どうしようか、迷っちゃう」
「けど、知ってる。やっぱりあれだ」
「分かってるよ、やっぱり欲しいね」
双子はそれぞれに声を出すと、サフランではなくシンスを指で示した。
急に指差しを受けたシンスは驚いて、数秒だけ目を丸くして「なに?」と問い返した。
「「君の髪をちょうだい」」
双子の声が重なる。
シンスはまた驚いたものの、すぐに頷いた。
「いいわ」
「そ、そんなっ、だめだよシンス!」
次に声を上げたのはサフランだった。
美しくて綺麗な金の髪。その長い髪を捧げるなんて。
サフランには考えられなかった。
しかし、サフランは同じ事ができない。
サフランの髪は金色ではなかったし、シンスほど長くも綺麗でもない。
「いいのよ、サフラン。髪くらい構わないわ」
「でも、そんなにきれいなのに……」
「あら、ほんとう?」
シンスはきょとんと目を丸くした。
そして、嬉しそうに頬を緩めて微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいわ」
「やめようよ、ほかに何かあるかもしれないのに」
これは自分の問題だ。
それなのに、シンスの髪を対価として差し出すなんて。
サフランは動揺していた。
しかし、双子は黙っている。双子の要求は、シンスの髪。美しいその髪だ。
サフランは自分が美しくない事を突き付けられた気分になった。
「シンス……」
「いいの、髪は伸びるから大丈夫よ。手や瞳だって言われたら、嫌だったけれど」
冗句を付け加えて笑ったシンスは、ゆっくりと双子たちに近付いた。
双子は椅子に腰かけたまま、シンスを見上げている。
「いいの? シンス。これはボクらとの契約だ」
「知っているはずだよ、魔法使い同士の契約を」
双子の言葉に、シンスはゆったりと微笑んだ。
「私はお友達を助けたいの。ただそれだけよ」
シンスの答えに双子はゆっくりと顔を見合わせた。
数秒して二人に向き直った双子は、笑みを深めた。
「わかった、友情は清いものだね」
「美しいものだね、友情は尊いね」
双子は何かを察した様子でいる。
だが、サフランは複雑だ。
こんなにも綺麗な髪なのに。情報と引き換えに捧げるなんて。
それなら、お金の方がずっといいのに。
「それじゃ、サフラン。知りたい事を言ってみて」
「そうだよ、サフラン。君が知りたい事をどうぞ」
双子から問われて、サフランはハッと顔を上げた。
「……え、ええと……」
知りたいこと。
知りたいこと。
そんなの、ひとつしかない。
サフランはシンスの髪を見つめた。
彼女は振り返らないまま、じっとサフランの言葉を待っている。
サフランは、大きく息を吸った。
「アスター先輩の気持ちが知りたいよ」
それは嘘じゃない。
本当のことだった。
だが、いざこうして口に出してみると、妙に無意味なものであるかのように感じられた。
シンスの髪を犠牲にしてまで、自分は本当にあの人の気持ちを知りたいのだろうか。
サフランは、戸惑った。
「いいね、本人に聞いてみる?」
「いいねいいね。その方がいい」
間髪入れずに返された双子の言葉に、サフランはぎょっとした。
本人に聞けるのなら、わざわざ双子に頼ったりしない。
「そ、そうじゃなくてっ……」
慌てて声を上げたサフランは、そこで声を止めた。
椅子に座ったままで手を繋いだ双子の間に、薄らと魔法陣が浮かんだからだ。
本当にうっすらと浮き上がっているそれは、魔力が弱い者には感知できない代物だった。
手を握り合ったまま立ち上がった双子は、ゆっくりと首を傾げた。
「今からアスターの心を呼び出そう」
「君から彼に質問してごらん。答えてくれる」
「彼がこの学校にいる間に言った事すべて」
「あいにくと、学校外まではサポートできないよ」
「ボクらだって万能ではないからね」
「それでも構わない?」
双子の言葉に、サフランはごくりと喉を鳴らした。
そして、前に進み出ているシンスの背を見つめた。
じっと待っている彼女は、怖くないのだろうか。
自分はこんなにも怖いのに。
「……か、構わないよ」
サフランは、やっとの思いで声を出した。
にっこりと笑みを深めた双子の足元から風が舞い上がった。
しかし、その風は4人の服や髪を揺らすだけで、室内の物体には干渉していない。
魔法陣が大きく膨れ上がって光を帯び始める中、双子は再び口を開いた。
「ここから先は君らの手にある」
「ボクらが情報を渡した事は言ってもいいけれど」
「情報の中身は、君らだけのものだよ。他言無用ってやつ」
「伝えようとしても、声にも文字にもならないからね」
「きちんと覚えて帰るように」
その言葉が終わった瞬間、目を開いていられないほどの強風がサフランとシンスを包んだ。
次の瞬間、サフランは息を飲んだ。
淡い光の中に、アスターの姿があったから。