5:真相
泣きじゃくるサフランを自分の研究室に連れて来たシンスは、
自分よりも高い位置にある頭を撫でて、ソファに座るように促した。
魔法学校では学内の好きな建物に、一人につき一室が研究室として与えられる。
場合によっては私室も兼ねているが、シンスの研究室はまさにそれだ。
リビングルームの奥に、研究室と私室の二部屋が備わっている。
綺麗に片付けられたリビングの様子にサフランは、
やはりこういうところでも、自分と彼女は違うのだと思い知らされた。
☆ ☆ ☆
やがてサフランは話し始めた。
18歳になったら結婚しようと言われていたこと。
あの日は、進級試験の合格を報告しようとしていたこと。
それまで、アスターから別れ話などは持ちかけられてはいなかったこと。
サフランは、自分でも不思議なくらい、洗いざらい全てを口にしていた。
シンスは強要していたわけでも、話を促してきたわけでもない。
ただ頷いて、ただ見つめて、聞いてくれていただけ。
それが、サフランにとっては、心地良かった。
「ひどいわ。アスター先輩って、そんな人だったのね」
サフランから話を聞き終えたシンスは、眉を寄せた。
怒っていても絵になるというべきか。いっそ愛らしい。
やはり顔の作りが違うせいかもしれない。
ひとしきり泣いて落ち着いたサフランは、シンスの顔をちらちらと見ては手元に視線を落とした。
やはり愛らしい顔に見つめられる状況には、慣れられそうになかった。
「けど、仕方ないと思う……フリージア先輩は、きれいだし……」
3年生のフリージアは、学校でも一二を争う美少女だ。
美女といった方が適切なくらい、色香をまとってもいる。
そしてアスターは誰からも好かれる人気者で、端正を顔を持つ美形だ。
サフランは諦めるしかないと思った。
しかし、シンスは違った。
「それは違うわ、サフラン。あなたはひどいことをされたのよ」
シンスは、はっきりと言い放って首を振った。
「確かにフリージア先輩は、とても綺麗な人よ。でも、それとこれは別のお話だわ。
アスター先輩は不誠実な事をしたの。それだって、全く別の問題なのよ。サフラン」
シンスの言い分にサフランは困惑した。
そんなサフランの様子に、シンスはゆっくりと息を吐いた。
サフランとアスターが付き合っている事は、学校内ではそれなりに有名な話だった。
それこそ、ほとんど話した事のなかったシンスでも知っているくらいには。
理由は単純なもの。
サフランとアスターが、あまりにも不釣り合いだったから。
人とほとんど話すこともせずにいる地味なサフランと、
たくさんの友人に囲まれて明るく振る舞う美しいアスター。
女性人気の高いアスターが地味な新入生と付き合っている──
そのうわさは、瞬く間に学校内を駆け巡ったものだった。
つまり、誰もが知っているはずだった。
アスターの恋人がサフランであること、つまりアスターには恋人がいることを。
フリージアから近付いたのかどうかをシンスは知らなかったが、
どちらにしても交際相手がいるのに不誠実な行いをした時点で、フリージアもアスターも同罪だ。
すくなくとも、シンスはそう考えていた。
だが、それを伝えるにはまず、サフランの誤った認識を改める必要があった。
だから、シンスはいったんそこで立ち上がった。
「たくさん話して喉が渇いたでしょう? お茶を淹れるわ、少し待っていて」
「え、でも、いいよ。そんなの……」
サフランは慌てて首を振った。
しかし、シンスは微笑んで首を傾げた。
「おいしい紅茶があるの。少し付き合ってくれない?」
さらさらと、美しい金の髪が細い肩を流れた。
シンスの声に、その姿に、サフランは赤面して頷く事しかできなかった。