4:感情
「……シンス、はなして」
「だめよ」
「関係ないじゃない。ねえ、はなしてよ」
「だめなの」
シンスに手を引かれながら歩くサフランは、
あまりにもみじめでみじめで、辛くて仕方がなかった。
美しい少女に手を引かれている自分を、すれ違う他の生徒たちが眺めている。
その視線を感じているだけで、いたたまれなくなった。
絶対に比べられている。
絶対に不釣り合いだと思われている。
その視線は、同じ成績優秀者として彼女と名を連ねる度に、サフランが感じていたものだった。
しかし、シンスは手を離してはくれない。
前を向いたまま、サフランの手をしっかりと握っている。
やがて中庭が近付いてきたとき、サフランはハッとした。
「シンスには関係ないよ! はなして!」
思い切り腕を振ると、シンスの細い手はあっさりと振り払えた。
それだけではない。華奢なシンスの身体は、その勢いだけでバランスを崩してしまった。
「あっ」
その場に尻もちをついてしまったシンスを見て、
サフランは心底から後悔した。
資料庫でも突き飛ばしてしまった事を思い出して、いたたまれなくなる。
「ご、ごめん。でも、でも、これは私の問題で──」
「──そうよ」
うつむきかけたサフランは、はっきりとした肯定が聞こえて顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がったシンスは、
スカートを軽く払って、サフランを見つめた。
「でも、私が放っておけないの」
「ど、どうして。友達でもないのに」
「泣いてる子がいるのよ。どうして放っておけるの? それに、サフランは悪くないでしょう?」
シンスはサフランに近付くと、震える手を両手でそっと握った。
そのとき、サフランはやっと自分が震えている事に気が付いた。
手に落としていた視線を、シンスの顔まで持ち上げる。
綺麗な金の髪。そして、大きくてぱっちりとした碧眼だ。
色白でほっそりとしていて、脚が長くて。
まるで人形のような顔が自分に向いていて、サフランはひどく恥ずかしくなった。
「悪いのはあの人達なの。それなのに、どうしてサフランが泣かなきゃいけないの」
「で、でも……」
釣り合わないから。
そう言いそうになって、サフランは愕然とした。
周囲に言われるがままの言葉に踊らされているのは、自分も同じだと感じたからだ。
「サフランが責められるなんて、そんなのおかしいわ」
シンスの声を聴きながら、サフランは顔を伏せた。
視線の先には、二人分の脚がある。
細くて長いシンスの脚と、比べてそうではない自分の脚。
それを見つめているだけで、また泣きたくなってきた。
「サフラン。私ね、あなたがとても頑張っていた事を知っているの」
眉を寄せたサフランの手を、ぎゅうっと握り直したシンスは、
ただ、まっすぐにサフランを見つめたままだった。
「あなたには魔法の才能があるわ。でも、才能だけじゃない。
努力もしている人なのに、そんなサフランが不正をしただなんて言う人がおかしいのよ」
シンスは力強く言い切った。
「無関係なのに口を出すなんて、はしたない事よ。
私もそう。それは分かっているわ。出過ぎた真似をしているって」
「そ、そんなこと……」
サフランは戸惑った。
こんなにも自分を認めてくれる人なんて、今までにいなかった。
アスターにさえ、こんな言い方をされた事などなかったから。
「シンスは……うわさを、信じてないの?」
「どのうわさ話?」
「色々……私の、うわさのこと」
サフランがおずおずと問いかけると、
シンスはゆったりと、首を横に振った。
「魔法と同じよ。知りもしないのに鵜呑みにしない。
根拠がないものは信じない。信じたいのなら確かめる。そうでしょ?」
シンスは真っすぐにサフランを見つめたまま、静かに手を離した。
「私に話してくれる? サフラン。怖かったでしょう?」
眉を下げたシンスは、サフランの栗毛を柔らかく撫でた。
週明けから唐突に始まった根も葉もない誹謗中傷。
誰から始まったのか。それすらも分からなくて、怖かった。
突然、すべての人が敵になったかのようで、サフランはただ怖かった。
怖かったのだ。
それを自覚した途端、サフランの目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「う、うぅ……こわかった……」
「うん」
みっともなく泣いてしまっても、シンスは笑わなかった。
「こわくて、……悔しいよ、こんなの……どうして、私が……ひどい……」
「そうね。ひどいわ」
しっかりとうなづいたシンスは、泣きじゃくるサフランをそっと抱き締めた。
サフランの方が背が高いせいで、
どちらかといえば、シンスが抱き着いている形になった。
「私に教えて、サフラン。あなたの力になりたいの」
ぎゅう、と。
受け入れてくれる細い身体にすがりついたサフランは、
そのままわっと泣き出してしまった。