3:罵倒
「私に構わないでよ!!」
怒鳴り声を上げたサフランは、シンスを突き飛ばした。
そして、勢いよく資料庫を飛び出して廊下を駆け抜けた。
シンスは、男子からの人気も高い美少女だ。
可愛らしいから。
美しいから。
ただそれだけで、ちやほやされている場面を目撃した事は一度や二度ではない。
挙句に同じ成績優秀者として名を連ねても、
注目を浴びるのは一番のサフランではなくて、いつもシンスの方だった。
これは単純な嫉妬だ。そうは思っても。そう分かっていても。
シンスに手を差し伸べられるだなんて、サフランには屈辱以外の何ものでもなかった。
よりにもよって。どうして彼女が。
どうせ、自分を陰で笑っているに決まっている。
泣きながら廊下の角を曲がったサフランは、三人組の男子学生を避けようとして転んでしまった。
「うわっ、君、だいじょうぶ?」
三人組の一人がぎょっとして声を出した。
だが、近寄ろうとする彼を、ほかの二人が止めた。
「やめとけよ、エニス。そいつサフランだぞ」
「そーそー、アスター先輩を垂らし込んだとか」
「尻軽じゃん尻軽。いや、あの顔で?」
ぎゃはははと笑い声が上がる。
サフランはみじめで仕方がなかった。
可愛くなければ成績さえも嘘になるのか。
可愛くなければ恋をする事さえ醜いのか。
そんなの、あんまりだ。
「──ちょっと!」
廊下にうずくまったままでいたサフランは、その声に肩を跳ね上げた。
途端、三人組の笑い声がしんと静まり返る。
角を曲がって姿を見せのは、シンスだった。
「シンスちゃん!」
「どうしたの、シンスちゃん」
「やべ、今日もかわいー」
三人組が口々に声を上げた。
自分に向けられた声色とは全く異なる調子を聞きながら、
サフランはもう顔も上げられずにいた。
この女はどこまで自分をみじめにすれば気が済むのか。
サフランはいっそ噛みついて、シンスの綺麗な顔に傷でもつけてやりたい気分になった。
しかし、握り締めた拳は、廊下の床に食い込むばかり。
ツカツカと歩み寄る音がした。
直後、髪でほとんど隠れた視界に、ほっそりとした脚が入り込んだ。
両膝をついて自分の肩に触れたシンスに、サフランは思わず息を詰めた。
「あ、シンスちゃん。そいつ、自分で転んだんだよ」
「なんかすげー顔して猛ダッシュしててさー、なあ?」
「そーそー。廊下走んなって話だよなぁー!」
けらけらと笑い声を上げる三人組に、サフランは早く立ち去ってくれと願う事しかできなかった。
顔も上げられない。立ち上がる事もできない。ぐすぐすと涙が溢れて、止まってくれなかった。
「その顔で泣かれてもなー」
「ブスが更にブスなるだけだよな」
「可愛かったらなー」
エニスがおどけたように言うと、残りの二人も同調した。
「シンスちゃん、そんなヤツほっときなって」
「そいつに関わると、ろくなことないからな」
「──ちょっと」
シンスが不意に声を出すと、三人組はまた静かになった。
すっと立ち上がった脚が、サフランの視界の端に入っている。
それはだんだんと遠くなって──
パシンッ
頬を打つ音に驚いて、サフランはやっと顔を上げた。
「女の子の顔を見て、助けるか助けないかを決めるの? ほんとう、最低ね! 見損なったわ!」
シンスに頬をぶたれたエニスは、ショックのあまり言葉を失っていた。
その両脇にいる連れの二人も同様、あまりの出来事に声も出せないでいる。
そんな三人組に背を向けたシンスは、ツカツカとサフランに歩み寄った。
そして、驚いているサフランを気遣いながら立ち上がらせると、
三人組を振り返って「あなた達、全員同罪よ」と言い放った。
「いきましょ、サフラン」
「え、え、あ……」
腕を引っ張られて歩き出したサフランは、状況をうまく飲み込めていなかった。