13:友達
シンスの研究室に戻った二人は、ソファに腰を沈めて一息をついた。
フリージアがひどく激昂していた事が、シンスには解せなかった。
美醜をとにかく気にしていたが、あの執着は並大抵ではない。
それをサフランに告げる気は、シンスにはなかった。
余計な話をして困らせたくなかったから。
そして、サフランが傷付くような事があってはならないから、だ。
ただでさえ、今のサフランは傷心だ。
そこに別の傷を加える必要なんて、どこにもない。
「……シンス。お茶、淹れようか?」
「あら、いいの?」
「うん。いつも、してもらってるし」
「気を遣わなくてもいいのに……ふふ、それなら、お願いね」
シンスを置いてソファから立ち上がったサフランは、茶葉がある棚へと近づいた。
その棚には魔法薬用の薬草も入っている。
貴重な薬草も混ざっているから、本当なら他人に触らせたくないはずだ。
自分がシンスに受け入れられている事が、サフランは嬉しくて仕方がなかった。
「ねえ、シンス」
「なあに?」
簡易キッチンで水を沸かしながら、サフランはソファの方へと声を投げた。
シンスはきちんと聞いているようで、すぐに返事が戻って来る。
「あのさ……さっきのこと、聞かないんだね」
サフランは、その言葉を口にするだけで心臓が痛いくらいだった。
すると、ゆっくりとシンスが立ち上がった。
そのまま立ち去ってしまうのではないかと不安になったサフランのもとに、
静かに歩み寄っていったシンスは、茶を用意しているすぐ隣でクッキーの準備を開始した。
「サフランが言いたくないのなら、聞かないわ。
言いたくなったら、聞かせてほしいだけよ。気にしないで」
そう告げて微笑んだシンスは、
クッキーを盛った皿を手にして、静かにソファへと戻っていった。
その小さな後ろ姿を眺めつつ、サフランは肩から力を抜いた。
「……アスター先輩、サフランの頭脳目当てみたいだったわ」
「頭脳ってほどでもないよ」
ソファに腰掛けたシンスの方から切り出されると、
サフランは困ったように笑って首を振った。
「だけど、カンニングみたいになったのかな」
「記憶力だけの話なら、別に問題はないけれど……そうね。
試験問題を事前に手に入れて、サフランに解かせて、それをカンニングしたなら最低ね」
シンスは容赦なかった。
しかし、サフランにだって、アスターを庇う気持ちはもうなくなっている。
試験問題をどうやって入手したのかは不明だが、
しきりにこの問題は解けるか、これの意味はわかるかなどと聞かれていた特定の時期は確かにあった。
定期試験の前がほとんどだ。確かめる気にすらならない。
「もし試験を不正にクリアしていたのなら、相応の罰は受けてもらわなきゃいけないわ」
シンスは不満げに告げると、ソファに深く背を預けた。
ただの不正ではない。
人を、人の心を弄んでまで不正をしたのだから、糾弾されて然るべきだろう。
「……そうだね」
サフランは困ったように眉を下げた。
そして、トレイにソーサーとカップを置いて、ソファへと戻っていく。
正直なところ、アスターにとって何が罰になるのか。
サフランには、よくわからなかった。
「ねぇ、サフラン。
サフランはもう、アスター先輩に未練はないの?」
「未練?」
その言葉はサフランにとって意外なものだった。
未練はあった。あった、はずだ。
だから、辛くて悲しくて苦しかった。のだと、思う。
しかし、ここしばらくシンスと過ごしていて、
それでも、まだアスターといたい気持ちがあったかと聞かれたら。
「未練は……」
その答えは、ノーだった。
「未練はないよ。今は、シンスがいるし……」
「あら、私は穴埋め要員なの?」
「そ、そんなこと──」
慌てて否定しようとしたサフランは、ハッとした。
だって、それではまるで。
まるでシンスの事が好きみたいだ。
何を口走っているのか。
途端に何も言えなくなって、口をパクパクと開閉させた。
「ふふ、いいわ。サフラン。
それなら、まずはお友達になって」
「お、おともだち?」
「そう。だってあなた、友達でもないのに、って言っていたわ」
両腕を伸ばしてサフランをソファに誘い込んだシンスは、
思わず見とれてしまうほどに愛らしい笑みを浮かべた。
「だから、改めて。
ね、サフラン。私のお友達になって」
シンスが小首を傾げると、
サフランの心臓は大きく跳ねあがった。
そして、思考がままならなくなる。
触れられた腕が、とにかく熱い。
何も考えられなかった。
「よ、よろこんで……?」
それ以外の言葉が思い浮かばなくなるほどに。
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◆登場人物の名前は、すべて草花が元ネタで花言葉も関係しています。
◆②シンス-名前の元ネタはヒヤシンス。
花言葉は「しとやかなかわいらしさ、初恋のひたむきさ」




