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11/14

11:嫉妬

「まぁ、その髪、どうしたの? せっかくあんなに長かったのに」


 わざとらしく残念がる様子を見せたフリージアは、

 ゆったりと階段を降りて踊り場のあたりで足を止めた。


 踊り場の一段下にいるシンスは、それを見上げたまま動かない。


「……気分転換のために切りました」

「そうなの? 大胆ねぇ」


 シンスの返事にフリージアは無遠慮な視線を向けた。

 綺麗に切り揃えられてはいるものの、真横に真っすぐ切っただけの髪。

 それは、少なくともフリージアには、おしゃれを目的にしたもの、には見えなかった。


「シンス。あなた、最近ずっとあの子といっしょにいるんですって?」


 その言い方に、シンスは軽く眉を寄せた。

 それが誰を示すのかなんて、聞くまでもない。


 階段下にいる男子生徒達は、何ともいえない空気にそそくさと退散していった。

 ひそひそと何かを言い合っているが、

 彼らも女子同士のいざこざには首を突っ込みたくないのだろう。


 階下の動きを気にしながらフリージアを見つめるシンスは、

 いったい何が言いたいのかを勘繰りたい気持ちになりつつ言葉を待った。


「どうかと思うわ」


 フリージアは言い切った。


「あの子が優秀なのは聞いているけれど、あの子はあなたにふさわしくないわ」

「どういう意味ですか」

「あら、分かっているでしょ?」


 そう言って、フリージアはシンスの顔に手を伸ばした。

 そして、細い指先で顎を辿り、輪郭をなぞるようにして笑う。

 

「分かっているのよね? 男子がくだらないおバカさんばかりだってことも」


 輪郭をなぞった指がシンスの顎先を捉えた。

 強制的に上向かされたシンスは、更に眉間の皺を深くしていく。


「あの子がちっとも美しくないってことも」


 顎先から離れたフリージアの手が今度は頬に触れた。

 シンスはまだ、黙ってそれを受け入れている。


「私ねぇ、男子なんていつまで経っても子どもだと思ってるの。

 ちょっと遊んであげるだけで、本気になっちゃうでしょ。それに──」


 指の背でシンスの頬をなぞったフリージアは、ゆったりと自分の唇を舐め上げた。


「私、可愛い女の子が好きなの。

 美しい者は美しい者同士の方がずっといいと思うわ。だから──」


「お言葉ですが、フリージア先輩」


 口を開いたシンスは、フリージアの顔を睨むように見据えた。


「私は男性だからといって、ただそれだけで愚かだとは思いません。

 それに、女性であろうとも容姿で全ての優劣が決まるとも思っていません」


 シンスの言葉にフリージアは驚いた。


 こんなにも愛らしいというのに、そんな事を考えているはずがないと思ったからだ。

 それに、今までならば、誰もかれも、自分がこういう言い方をするだけで思い通りになった。

 だというのに、シンスは噛みついてくるばかりか、自分を侮蔑するような目を向けた来た。


 ありえない。


 フリージアは困惑と共に苛立ちを覚えた。


「それに……私には、あなたが美しいとは思えません。

 自分が何をしたのか、きちんと考えていただきたいです」


 そう言い放ったシンスは、自分の頬に触れるフリージアの手を払った。

 ぞんざいに、むげに。

 

 そんな扱いを受けた事がなかったフリージアは、反射的にシンスの手首を掴んだ。


「っ、なんてこと言うの。何それ。何のつもり? あなた、自分が何を言ったか、分かってるの?」


 フリージアは自分が最も美しいと思っている。

 だから、美しい自分の周囲に美しいもの、綺麗なもの、愛らしいものが集まるのは当然だった。

 そして同時に、美しくない者の周りに、それらが集まる事が許せなかった。


 アスターも。シンスも。

 サフランの傍にいるべきではない。いてはならない存在だ。

 いいや、サフランのような存在が最高峰の職である魔法使いを目指す事自体がおこがましい。


 フリージアは、シンスの手首をキツく握った。


 美しい自分の傍にいるべきなのに、それをよしとしないシンスを理解できない。


 小柄でもなくて、細身でもない。

 かといって均整の取れた体格でもなければ、恵まれた豊満さも引き締まったシルエットでもない。

 フリージアは、そんなサフランが、大嫌いだった。


 だというのに、それなのに。

 サフランは魔法の才能を持っていて、恋人がいて、今はこうしてシンスまでモノにしている。

 美しくもないくせに。


「バッカじゃないの! 同情してるのかもしれないけど、あの子は自業自得なのよ!」


 偏った理不尽な苛立ちをコントロールできず、

 フリージアはシンスを怒鳴りつけた。


「魔法はね、崇高なものなの。魔法使いってね、特別な存在なのよ!

 あんなのただの不気味な魔女でしょ、同情で傍にいたって得なんかしないわよ!」


 手首を握られる痛みに顔を顰めたシンスは、 

 フリージアの言っている意味が分からなかった。


「魔法使いになる事と容姿と、関係なんてないでしょう。

 それに、私が誰と、いっしょにいようと、それこそ先輩には関係ないはずです」


 そう言い放ったシンスの頬を、フリージアが強かに打った。

 突然の痛みに困惑するシンスの腕を引っ張り、フリージアは更に声を上げた。


「気持ち悪いのよ、あいつは!

 あんなのと同じ場所にいるだけで虫唾が走るわ。こっちまでおかしくなりそうなのよ!」


「何を言って……」


「ああっ、馬鹿馬鹿しい。ホントに気持ち悪いわ!

 私のものにならないなら、あなただって同罪なのよ。あなたが悪いんだから!」


 フリージアの激昂ぶりに戸惑っている間に、シンスは手首を思い切り振り払われた。

 そして、バランスを崩した身体を突き飛ばされた。


「──きゃ……ッ」


 ガクンと。


 階段から足裏がずれて、

 手すりに伸ばした手は届かないまま、

 怒りに染まったフリージアの顔を見上げていたはずの視界が天井を向く。


 シンスの身体はそのまま、階下へと落下した。


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