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正義中毒

 

 年号が変わった頃、世界同士が繋がった。

 グローバル(地球全体の交流)を目指す社会は終わりを告げ、異世界との交流がなされるようになった。




「須糖ミコトです! 今日から第三門交番勤務になりました!」

 

 人間族の小柄な少女が、頭を大きく下げるとともに大きな挨拶を告げた。ショートカットの茶髪の下にあるたぬき顔は、まるで愛玩動物のようだ。

 

 目の前にいる長身の女性は、ミコトへ手を伸ばす。


「いい挨拶だねミコトさん。私はここの交番所長のゼラだ」


 裾から出ている肌は服と同じく青色だ。

 

 悪魔族のゼラ。

 尻尾に紫の髪に角、そして目の周囲にある大きなクマは人間界の常識からすると人間味を感じさせない異形の容姿をしていた。

 

 彼女はミコトがおそるおそる差し出された手を握ると、


「よろしく頼むよ」


 ニコッと笑顔になった。


 ミコトの緊張が、その愛らしい表情のおかげで日差しの下に放置されたイチゴ味のかき氷のように溶けていく。


「こちらこそ。よろしくお願いします」

「礼儀正しくていい人の子だね。とりあえず今日のところは、交番内の案内からしようか」

「分かりました!」


 ガタッ


 大声で返事をしてから歩くと、椅子に引っかかって転倒するミコト。


「あたた」

「うふふ。大丈夫か?」

「す、すみません。足元を疎かにしてしまいした」

「なに、気にすることはない。それよりも怪我はないかい?」

「へ、平気です!」


 心配するゼラの前で、勢いよく立ち上がる。


 またしても、バタン、とロッカーに肩をぶつけた。


「ほ、本当に大丈夫かい?」

「何度もすみません。本官、昔からいつもこうやって誰かへ迷惑をかけてきて……ですからそのお返しに、世間のみなさまの平和を守ろうと警察官になったのですが」

「……立派な志だね」

「ぬへへ。そうですか」

「ぬへ?」

「またすみません。本官、昔から笑い方が変だとよく言われまして」

「ぶへへ」

「あっ、でもここには似たような先輩もいたのですね。おはようございます。本官、今日からこの第三門交番でお世話になる――」


 新しく現れた人物へミコトが振り向く。


 ロッカーの中で、血塗れになっている人間がいた。


「え?」


 予想していなかった事態に固まるミコト。


 ここは本来ならば事件を解決し、人々を悪の手から守る警察官が仕事する場所である交番。


 しかし目の前にいる人物は、どう見てもここで事故に遭ったとしか思えなかった。


 べちゃりべちゃり


 入口で、ぬめりを踏む音が聞こえたので、今度はそちらへ目を移す。


 パーマが失敗したかのようなグチャグチャの髪。ジャージにグラサンとあからさまに怪しい男は、ロッカーの中にいる人物と同じくらい血塗れの魚人を右手に引きずっていた。


 凶悪犯。

 男の存在をそう確信するミコトだった。


 だが彼女の隣にいたゼラは男を認識すると、溜息を吐いてから呆れた口調で話しかける。


「独。やはり、これはおまえがやったのか?」

「え? ゼラさん。この人、知り合いなのですか?」

「知り合いもなにも……」


 ゼラが言う前に、男はグラサンを輝かせた。


「新人か? そいつ」

「そうだ。今日からここにへ配属になった須藤ミコトだ。仲良くやれ」

「仲良くって……もしかしてこの人」

「自己紹介だ。俺の名前は独。巡査長で、おまえの先輩だ」

「えぇ!」


 暴力犯としか思えない男が、警察官だという事実に驚愕するミコト。


「やっぱり仲良くするな。貴様の存在は、新人にとって毒でしかない」

「冷たいこと言うね。それなら、新人研修あんたに全部任せたよ」

「こしゃくな。まあいい。貴様に任せてもいい結果には絶対にならん……それで、ロッカーとその手にいる魚人はなんなんだ?」


 独はロッカーまでくると空いた手で人間のほうを引きずっていく。


「関係はよく分からないが、さっきまでパン屋の前で喧嘩していたみたいだ。それで魚人のほうが勝って、こっちの人間をボコボコにしちまったんだよ。とりあえず寝たままにしとくのもなんだし、そこへ放置して犯人のほうを捕まえにいったんだ」

「いやいやおかしいでしょ。なんで保護するにもこんなところ入れるんですか!?」

「床に寝せておくのもなんでな」

「ロッカーに入れるのもたいして変わらないですよ!」

「ミコトくん。こいつはまともに相手をしないほうがいい……それでは、犯人の負傷も喧嘩の際に起きたものなのか?」

「いや。これはだな――」


 ピーポーピーポー


 救急車のサイレンが響く。独が答える前に、箒に乗った魔女の救急隊員が駆けつけた。


「こちらに怪我人がいると聞いて」

「連絡したの俺だ。じゃあこいつら頼んだよ」

「分かりました。あっ、警察さん。そういえば銀行で騒ぎが起きてますよ」

「なに?」


 その時、鳴り響く無線機。


 ゼラは連絡を受け取り終えると、独へ言った。


「この近くのノジック銀行で強盗だ。現場近くにいるものは、すぐ駆け付けろと」

「大変。早く行かないと」

「ミコトくんは現場には早い。独、一緒に行くぞ」

「すまん。無理だ」

「はあ!?」


 ビックリしている間に、独はふたりの前から姿を消した。


「え? え?」

「あの男は……すまないミコトくん。ついてきてくれないか? 現場に行く時は、規則で二人以上のチームでなければならないんだ」

「分かりました。こんな本官でも、お役に立てるのなら」


 独の突如の逃亡に眉間に皺をよせながら、ゼラはミコトを連れて銀行へ向かった。




 事件現場に到着したゼラとミコトの前では、ダークエルフが人間の首を絞めていた


「きたな警察! いいか? 一歩でもそこからこっちへ近づいてきたらこいつを殺すぞ!」

 ナイフを喉に突きつけている。ミコトたちとダークエルフの距離は、一〇メートル以上は離れているため、油断をついて犯人を抑えつけるなんてことはできなかった。

「ど、どうすれば」

「ミコトくんはいるだけでいい。私がなんとかしよう」

 ゼラは、ミコトを下げさせた。

「分かった。全て貴方の要求通りにしよう。ダークエルフ、貴方はなにが望みだ? 金か? 逃走手段か?」


 さすがだ。


 ゼラがダークエルフへかけた言葉を聞いて、ミコトは学校で叩きつけられるまで覚えこませられた教科書を思い出した。


 人手が足りない時に現場と遭遇した場合、ともかく時間を稼げ。


 ゼラはとりあえず要求を呑むフリをして、他の警官が来るまで交渉をするつもりなのだ。装備を持っている人間さえいれば、この距離でも人質に手出しさせることなく犯人を捕まえることはできる。


 ゼラは声をかけながら、背中に隠しているスマートフォンで詳しい状況を本部へメールで伝えた。


「ボクの望みはこいつの罪を暴いてから殺すことだけだ! お金なんかいらない! 逃げもしない。こいつを殺せたらここで死んでもいい!」

「なっ」


 犯人は、ゼラの言葉を一蹴してナイフを喉に刺した。


 タラリ……


 流れた血はほんの一滴。偶然にも手元が狂ってくれたおかげで、ほんの少し皮膚を切っただけでまだ人質は生きていた。


 だが、犯人は本気で人質を殺そうとした。ダークエルフの目は完全にイカレていた。


 交渉の場に立つなんて望めはしないことが分かったが、それでも話そうとするゼラ。それを無視して、ダークエルフはしっかり握り直してから独り言を呟く 。


「この人間は――店長はさ、ボクの恋人を殺したんだ」

「えっ?」


 動揺するミコトの前で、店長と呼ばれた人質が暴れる。


「そ、そんなこと私は知らない! おそらく誤解だ!」

「嘘を吐くな! もう貴様の言い訳も聞く必要はない!」


 ダークエルフが再度ナイフを触れさせると、店長は怯えた。


「他人を殺すんだ。証拠集めは充分にしたさ。そのうえで、彼女は貴様が殺したと確証した……一年前、ボクはここで社員を務めていた。この狭間という世界を繋ぐ場所で働けることを誇りに思い、必死に頑張っていたよ。その甲斐あってか他種族の同僚も認めてくれて、貴様と同じ人間族の彼女とも恋人になれた」

「そ、そうだね。きみは立派な社員だった。だからこそなぜこんなことを……」

「貴様が全て壊したからだろ! 本来は貴様の罪である企業からの賄賂の件をボクに代わりに被せ、それをバラさない条件で彼女に己の体を売らせた!」

「思い出した。あなたは脱獄中のダークエルフ」

「そうだ警察官。こいつは彼女との約束を守ることはなく、ボクに罪をなすりつけたままクビにしたんだよ! 逃げたのは、こいつを殺すまで逮捕されるわけにはいかなかったからだ」

「……」

「しかもこの人間は、挙句の果てに全てを知っている彼女をその半年後に殺した! そのために殺し屋を雇ったことについてはもう調べ終えている! これをバラせばもう貴様は終わりだが、それでもボク自身の手で恨みと恋人の仇を取らなきゃ気が済まなかった!」


 ダークエルフは心から叫んだ。

 一年間、溜めこんでいた感情を解き放った。


 彼は、罪を暴かれた人質の表情を覗きこんだ。


 だがそこにダークエルフが期待したものはなく、店長は愉悦の笑みを浮かべていた。


「貴様、なにがおかしい!」


 動揺するダークエルフを、店長は嘲笑した。


「いやよく調べてたよ。さすがは同期では一早く出世が期待されていたきみだよ。こちらも本当はきみがダークエルフという世間で悪印象を持たれている種族でなければ、クビになんかしたくなかったんだけどね」

「今さらなにをペラペラと」

「もう全部バレたからね。おそらくきみのことだから、きっちり証拠も揃えているはずだろう。ならばこちらにできることはもうなにもない。大人しく逮捕されるだけさ……けど、ひとつだけ訂正させてほしいことがあるよ」

「なにをだ?」

「きみの恋人を寝取ったこと。あれは別にこちらが脅したわけではなく、彼女から申しでてきたことなんだ」


 ピキン、と今まで怒りと緊張で張り詰めていたダークエルフの形相に亀裂が入った気がした。


「どうもきみは人としては立派だが、男としての魅力には欠けていたようだ。特にあちらのほうでは、物足りなさをずっと感じていたらしい。邪魔に感じてきたきみを処分しようと提案したのも、彼女のほうからだったよ」

「う、うそだ」

「嘘じゃないさ。きみを妬んでいたのは事実だけど、同時にその能力の高さを部下として有望視もしていたからね。まあ所詮はそういう女だから、別の男に騙されて情報を売ろうとしたところを殺すしかなかったわけだけど」


 ダークエルフに入ったヒビが徐々に大きくなっていく。脳裏に蘇る彼女との思い出から、知らされた彼女の本性の端々がちらつく。


 最後に、店長の一言が彼の心を壊した。


「最初のピロートークでこう言っていたよ――きみのあそこ、腐ったゴボウみたいだって」


 ナイフは、ダークエルフの右眼に深々と刺さった。


 淀んだ黒い血液が濁流のように溢れ始めると、ダークエルフと店長を呑みこんでいく。


 最終的にそこにいたのは、樹の形をした闇だった。


 異形への悲鳴がそこかしこから聞こえる。


「な、なんですかあれ?」

「おそらく禁呪だ! ミコトくん、拳銃の使用を許可する。牽制などいらない。一発目から当てていい!」


 言うやいなや、ゼラは初弾を撃ちこんだ。

 人体ならば当たった部位が負傷して致命打になる一発だ。


 けれど樹に当たっても、本物の樹木のように弾けることはなく、なんと沼に撃ったように内部へ沈んでいった。


「た、助けてくれ」

 

 店長が、樹に埋まっていた。

 

 おそらく内部でなにかされているのか、苦悶をあげる。

 

 彼へ当たらないようにゼラとミコトは射撃を仕掛ける。


「駄目です。当たっても当たってもまるで効いている様子がありません」

「クソっ。弱点を人質で隠されているのが厄介だ」


 どうやら店長の近くにある瘤が弱点のようだが、頭の後ろにあるため狙うならば店長も殺すしかなかった。


 どうすればいい……と考えている内に、


「がはっ」

「ゼラさん!?」


 樹から伸びた枝が、ゼラの腹を貫通した。


 倒れる彼女へ、ミコトが駆け寄る。


「ゼラさん大丈夫ですか!? 今すぐ手当てを」

「馬鹿! 後ろ!」

「えっ?」


 ゼラに傷を与えた枝は、そのままミコトのほうも狙ってきた。


 振り返った時には、もう逃げ場はなかった。


 ミコトは己の判断ミスを悔やみながら、初めての仕事で死ぬことになった。


「……おっと。うちの新人には手出させないぜ」


 いや、ミコトの命は紙一重で救われた。


 伸びている枝を、横から誰かが掴んでいた。


「ど、独さん」


 風貌から、およそ警察官とは見られない警察官がやってきた。


「おまえ、どこに行っていた?」

「へー。あんたでも怪我することあるんだな」

「……質問に答えろ」

「あとでな。さきにまず、犯人を取り押さえないと」


 異質な樹の前でも、軽快な口調を崩さない独。


 樹は敵と判断したのか、握られている枝とは別の枝を伸ばして殺そうとする。


「甘いな」


 独は手元の枝を引っ張った。


 するとなんと、銀行の天井を破壊するほど巨大な樹が斜めになった。攻撃は全てズレて、独には一撃も当たらなかった。


 独は枝が縮むのに合わせて、樹へ走りこむ。


 その素早さはチーター並みで、一足先に無防備状態の樹に辿り着いた。


「た、助けてくれ」


 独の身体能力に驚くミコトだが、それだけでは駄目なことを思い出した。


 樹の弱点は、人質の店長によって塞がれているのだ。


 助けを求める人質を前にして独は、


「悪は一緒に死ね!」


 握りしめた正拳を、店長の顔面へ叩きこんだ。

 勢いよく吹っ飛んだ店長の頭によって、瘤は潰れた。


 樹が霧状に溶けると、中からふたりが出てきた。


 気絶している店長の隣に落下したダークエルフは、ナイフを拾って殺そうとする。


 彼が立ち上がる前に、上から足が踏み下ろされた。


「くっ。な、なぜ邪魔をする」

「なぜって……てめえも悪だからだ」


 ダークエルフは、抑えている独を怒鳴りつける。


「ボクは陥れられたんだ! たとえ彼女の件がなくても、ボクには復讐する権利がある!」

「復讐ねえ……」

「そうだ。少しでも倫理観があるのなら、ボクが正しいのは分かるだろ! だからどいて――」


 ガツン


 上から、ダークエルフは殴られた。


「ぐっ、な、なにをする」

「制裁だよ」

「殴る必要はないだろ!?」

「じゃあてめえも殺す必要なんてあったのか? 罪をバラして、後は司法に任せるだけでよかったはずだ」

「……そ、それは……だっ、だって」

「だってもクソもねえよ。裁判官は第三者の立場から公平に裁いてくれるぞ。いい歳した大人なんだからそれくらい分かるはずだ」

「裁かれたって、どうせ刑務所に入れて終わりだろ!? 人生丸ごと狂わされたボクの恨みがそんなので晴れるか!」

「その恨みは適正なのか?」

「――」

「てめえひとりの判断より、私情なんて交えずに複数の人間が判断してくれる裁判の結果のほうが妥当に決まってるだろ」

「う、うるさい。うるさいうるさい」

「結局は、自分を気持ちよくしたいだけなんだよおまえは」

「同じ目に遭ったこともない貴様になにが分かる!? あれだけの仕打ちをされたんだから当然だろ!」

「分かるさ」

「えっ――がふっ!」

「だって、俺が今やろうとしてることも一緒だもの」


 ガツンガツンガツン


 馬乗り状態から、独は下段突きを連打した。


「ど、独さん。あの、やり過ぎじゃ」

「無駄だ。ああなったら止められん」


 遠くからミコトたちが止めるための言葉をかけるが、独は反応することなくダークエルフを殴り続ける。


「なぜ復讐が気持ちいいのか? それは正当な暴力が気持ちいいからさ! 悪党をぶん殴るっていうのは最高にスカッとする行為だからな!」

「……」

「ただ個人の復讐っていうのはいけねえな! 価値観が違う別の人間に咎められるから不満が残っちまう!」

「……」

「だから俺はこうして警察に入った! 規律の下で悪とみなされている人間を制裁しても悪く言われずに、むしろ賞賛されるからな!」

「やめろ独! みんな、こいつを止めろ!」


 応援にきた警察官が、独を抑える。

 制止されても構うことなく、独は物言わなくなったダークエルフを正義の鉄拳で殴り続ける。


 そこにいたのは、正義という快楽にとりつかれた正義(ジャスティス)中毒(ジャンキー)だった。



 

 一時間後、独とミコトはふたりで交番へ帰ってきた。


 ダークエルフと店長は連行され、怪我をしたゼラは病院へ運ばれた。


「新人。お茶」

「は、はい」


 机に足を乗せながら、独は座る。


 ミコトはさっきの惨状を見たことで少しでも一緒にいたくないため、言うことを聞いて離れる。


「なあ新人」

「ひ、ひい。なんでしょうか?」

「いやそうビビるなって。また怒られちまったって軽く言おうと思っただけだ」


 独の足元には、注意のため後で本部へ来いと書かれた紙があった。


 この調子からすると、これが初めてではないなと察してミコトはよりいっそう独を怖がる。


(なんでこんな人が警察なんだろ……)


 そんな疑問を浮かべながら、ポットから茶碗へお湯を注ぐ。

 溜まっていく緑色に濁った液体を見ながら、最初にロッカーに入れられた人物もその喧嘩相手もダークエルフのように独が制裁したのだと推測した。


 暴力の塊としか思えない人物がなぜ人を助けるはずのこの場所にいるのか、ミコトは不思議でしかなかった。


 チリンチリン


 扉を開く音がしたため出入り口を見ると、知らない老婆がいた。


 独に対応されたら危険だと判断して、ミコトはすぐに奥から出てくる。


「どうしましたおばあちゃん?」

「あのね。ここにジャージの人が働いてるでしょ」

「げっ。ま、まさかまたなにかやらかしたんですか?」

「新人。おまえは俺をなんだと思っているんだ」


 独が顔を出すと、老婆は彼へ頭を下げた。


「あの、さっきはありがとうございました。おかげで孫の手術には間に合いましたってことを伝えたくて」

「え?」

「正義として当然のことをしたまでだ」

「え? え? 独さんはいったいなにを?」

「このジャージの警察官さん、さっき道路の向かいで倒れていたあたしを助けてくれてね。そんで孫が手術する病院へ急いでいるって言ったら、背負って運んでくれたんだよ」


 ミコトは銀行に行く時に、途中で用があると抜け出した独を思い出した。


 独は老婆の礼に胸を張りながら、ミコトへ言う。


「新人。正義っていうのは気持ちいいぞ」

「は、はあ」

「それじゃ残り十時間がんばるぞ!」

「ふぇっ」

 

 ミコトが時計を確認すると、午後三時で普通ならば残り二時間で定時になるはずだった。


「驚いでいるようだが、狭間での一日の時間は二十四時間じゃなくて三十八時間だ。だから定時も勤務時間もそれに合わせてある」

「そ、そんな~」

「おほほ。お勤めがんばってね新人さん」


 老婆に励まされるミコトだった。


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