第7話 森と化した街
ガララッ
焦る気持ちを抑え、第一視聴覚室に飛び込むと、そこには既に各部隊長らとアレン大隊長の姿があった。
「対怪獣部隊正規隊員セリカワ、ただいま参りました」
ざわめきと舌打ち、忌々しそうに化け物めという小言も聞こえてくるが、今に限った話ではない、無視だ。
「訓練指導中に悪かったな、緊急事態だ。既に、マルティンには簡単に話してある」
そういうとアレン大隊長は頭上のモニターを指さした。そこには、この地球防衛軍東局があるイースト区全体の地図が映し出されている。赤く点滅しているのが人が暮らす地下区域だ。東局の地下にあるイースト区1通称イーストワンをぐるりと囲むように点在している。
いずれは、イーストワンを拡張し、イースト区の住民を全員避難させる計画となっているが、侵略者対策に追われ、中々スムーズには進まないらしい。潰しても潰しても異星から異次元から次々とやってくる侵略者達。中には地球人類と友好関係を結べるものもいるが、全体からしたらほんの僅かだ。この戦いに終わりはあるのだろうか、全くキリが無い。もっとこう、シンプルにいかないもんかね。
と、そんな話は置いといてだ。モニターを見ると確かに5区の赤いランプが完全に消えている。
「現地の駐屯兵から緊急の連絡が入ったが、すぐにキャンセルされた。住民の生体反応がひとつ残らず消えたのはその直後のことだ」
突然の何かによっぽど錯乱でもしていたのか、それとも…… いずれにせよ、一瞬でイースト区5の全住民の命が刈り取られたというわけだ。毒、細菌兵器、爆弾等では、決して狭くはない5で暮らす住民の命を一瞬で根こそぎというのは常識的に考えて無理だな。だが、
「あり得ない、なんてことはあり得ない。それが怪獣。次の映像を、見てくれ」
室中にどよめきが起こる。続いてモニターに映し出されたのは、イースト区5の様子を空中の偵察用ドローンから捉えたものだった。
外敵から存在を隠すようにカモフラージュされたイースト区5の天井でもある地表を、木々が密集して突き破っていたのだ。これでは、まるで森だ。一瞬にして街が森になったというのか。
「無念な事に詳しい事は分からないが、本日の午後の一瞬にして、イースト区5は森へと変貌し、住民の命が奪われた。押し潰されたのか、喰われたのか、木々にされたのか、分かっているのは怪獣の仕業って事だけだ。何をしでかすか分からない、それが連中だからな」
怪獣の警報センサーが働く範囲は地球防衛軍東局から半径45キロ以内まで。イースト区5は、範囲外の為に駐屯兵が待機し、本部からの応援が駆け付けるまで対処する事となっている。だが、今回は相手が悪すぎたな。何物かは分からないが、随分と大層な真似をしてくれるじゃないか。狩りがいがありそうだ。
「正体不明の相手は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいくまい。化け物が住民達の死肉の匂いにつられてやってくるおそれに、侵略者共がこれ幸いと弱みに付け込んで攻撃を仕掛けてくる可能性もある。それに、イースト区5に友人や家族を残してきた隊員も少なくない」
その為にも各隊からメンバーを選出し、調査と遺体の回収に出向いて貰うとアレン大隊長は続ける。
「最低でも、AFとAUからそれぞれ隊長か副隊長誰かしら行ってもらうとして、後はセリカワ、お前なら怪獣の痕跡が分かるだろう。視に行ってくれ」
じろり、と不快そうな視線が集中するのを感じる。こればかりはどうも苦手だ。まだチテンインの殺気が籠った眼で睨まれた方が気が楽だ。
「たしかに調査ならオレの方が向いてるかもしれませんが、戦闘を考慮した閉所での活動ならマルティン向きでは? オレが戦闘に入ったとして、遺体が残ってる保障出来ませんよ」
「正隊員を本部から空にするのは厳しいが、補佐ならいくらでも連れていって構わん。パロッツ達なら十分活動できる広さだろう、問題が無ければ木々を食わせてやってもいい」
ふむ、パロッツ達なら事前に躾ておけば、必要以上に現場を荒らす事などないだろう。それに、動けそうな新人もちらほらいた事だ、ロメオらにカバーに回ってもらって現場体験をさせるのもアリだろう。
「分かりました、アレン大隊長。その代わり人選には文句言わないでくださいね」
「どうせ、ロメオとシャオはじめ有能なのをごっそり連れていくつもりだろう。問題はない。マルティンは馬鹿でヘタレでサボり魔だが無能ではない。残ってもらうからにはちゃんと働いて貰うつもりだ」
言質は取れた、さて、どう編成を組んでいこうか……
* * *
セリカワさんが去った後、僕達はシャオさんによってまともな服に着替えさせられたマルティンの指導を受けていた。パロッツにマルティンが顔面をしゃぶられて悲鳴が上がる事態が起きたりと、初めは不安も大きかったがこれがどうして中々に教え上手である。
地獄の様な騎乗体験の後だったからかもしれないが、パロッツへの正しい跨り方や餌やり等、今のところスムーズに進行していた。というか、こっちが先だったほうが良かったんじゃ、と内心思っていることは秘密だ。
兎も角これで、女性へのナンパ癖が無ければなぁと、マルティンの頬に赤々と付いてるシャオさんの手形を見てひしひしと感じる。
「それにしても、隊員の方って本当に怪獣の扱いが上手いですね。まるでペットの犬や猫に接するかのように絆を育んでるみたいで」
「まーね、そこは慣れもあるね。俺ももう10年は怪獣と一緒にいるし、セリカワちゃんなんか生まれた時からずっとだから、そこは年期が違うよ。おまけにセリカワちゃんはさ、無機物系と植物系は難しいとか言ってたけど、怪獣の気持ちが分かっちゃうんだってさ。動物的な勘ってやつなのかな? まるで怪獣のお姫様だね。そういえば、君もお姫様みたいに可愛いね。どうかな、俺の――」
小柄な少女、モナの質問に答えつつ、迫るマルティンの頭からスッパーンと景気のいい音が響きわたった。シャオさんのお仕置きだ。
「何馬鹿な事言ってるんですか、始末書書いて貰いますよ、チテンインさん宛てに」
「分かった分かった、それだけはマジで勘弁」
頭を押さえつつ慌てて平伏するマルティン、正隊員の威厳はどこへやらだ。チテンインという人はそんなに怖いのだろうか。以前にもセリカワさんとマルティンが、その名前に怯えていた様な気がする。ロメオもその名前を聞いた途端、青い顔をし始めている辺り、嫌な予感しかしない。出来れば会いたくないものだ。
「さてと、今日の訓練はこれくらいかな。取りあえず、今日一日は体験みたいなものという事で、このままウチに残るか、転属を希望するか今晩中に判断するがいいよ」
その言葉に僕はハッとなる。先ほど、ルームメイトのゲンゾウがロメオに転属届を出すところを見てしまったことを思い出したのだ。折角、共通の趣味もあって仲良くなれそうだったのに残念だ。どうやらAUへの入隊を希望するらしい。怪獣と実際触れ合ってみて、武骨な兵器の方が自分には合っている、そう言っていた。
「部屋が広くなるッスね~」
「これもまた巡り合わせでしょう、人には適材適所ってものがありますし、彼にとってはその選択の方が良かったと、そう思いましょう」
まだ出会って数日とはいえトムとマークスもどこか寂しそうである。でも、死別で無いだけマシだろうと、セリカワさんらの話を思い出す。いよいよ此処からが本番だ。僕は、僕の夢を果たすために戦わなければ…
* * *
「イースト区5出身者はメンバーに入れるな? なんでまたそんな事を…」
会議が終わり、隊室で明日の調査に同行させるメンバーの人選を練っていると、マルティンが変なことを口にしてきやがった。思わず聞き返してしまう。
「あくまで新人隊員だけ、な。先日密告があった事は話したろ? それからそう時間も経たずに今回の事件だ。おまけに、こないだの新人護送中に起きた襲撃の黒幕もまだ見えていない。何かキナ臭さを感じるんだよ」
ふむ、普段は軽過ぎて信用出来ないが、危険察知力と生存力においてこの男の右に出るものはいない。何かあると言うのなら、それは恐らく事実に近い。
「アレン大隊長には既に話を通してある。イースト区5の出身者の新人に対しては、どの隊にも緘口令を敷いてもらった。今日の訓練の後、隊員補佐にも伝えておいた」
「そいつはどうも気がまわる事で……っと、うちの新人優秀なやつトップ2が不参加かよ。ついてねーな」
新人隊員の名簿を見直し、ため息をつく。バッツとアカネ、あの2人ならすぐ即戦力に育つだろうから、今回の調査には同行させたかったが残念だ。それにしても、転属したやつも含めイースト区5の出身者は少なくなかった。ここから連れていけるメンバーも限られる。いっそ隊員補佐を全員連れて行こうか。
「おいおい、新人の面倒見るのはもう散々って言ってなかったか?」
「うっさい、そんなのオレの勝手だろ」
「あんまり入れ込み過ぎると死に別れが辛くなるぞ?」
その一言で冷や水をぶっかけられたみたいに頭がさめる。ぐわんぐわん揺れる。
「ケッ、ナンパヤローに言われたくねえ言葉だな」
「女の子を褒めて、口説くのは礼儀ってもんだろ? まさか、最近新人の子ばかり構ってセリカワちゃん嫉妬しちゃった? それならそう言ってくれれば良いのに…… 俺はいつでもウエルカムだぜ」
大きく手を広げるマルティン、オレは無防備な鳩尾を狙う。ドゴォと鈍い音が響いた。
床で呻いてるマルティンを尻目に名簿を閉じる。やれやれ、用件は済んだようだし、こんな馬鹿にいつまでも構っていられない。人選は決まったし、早いうちに連絡を済ませておかないとな
「一生そこで寝てろバーカ」
オレは、芋虫みたいに丸まっているマルティンの背に向けて、そう叫ぶと隊室を出た。だから、奴が何か言いかけてた事には気づいたが聞かずに済んだ。
* * *
やかましいやつが去り、冷たい床に1人残され俺は独りごちる。
「痛てて、本当相変わらず遠慮ないな…… いやアレでも手加減は大分してくれてるんだろうけども。でも、良かったよ。今年もあの日が近づいてきてたし、最近は飯の時間も忘れて慰霊の間に篭りっきりだったからな。ハヤテの真似事なんて、アイツには荷が勝ち過ぎるってのによ。もう、死んでから5年は経つってのに、チテンインも、俺も、アレン大隊長も、皆未だに囚われ続けてるんだから罪な男だよ」
今は亡き戦友を思い浮かべる。屈託のない笑顔で、いつも皆の中心にいた若き英雄。恐ろしい大狂獣を乗りこなし、死地を駆け抜け続け、常に誰かを助けようとしていた。そのまま遂には死んでしまい、帰ってこなかったが……
「なあ、今のアイツはお前の目にはどう映るんだ? ……ハヤテ・セリカワ」