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怪獣惨歌 la・la・la  作者: ここあ
第一章《大狂獣・ラララ》
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第6話 騎乗訓練

 「さてさて、残ってるのは70人か。よーしお前ら、2グループに分かれろ。パロッツと順番に触れ合わせてやる。そんでもって、背中に乗ってみせろ。ただし、無理やり強引にはダメだ。取りあえず、オレにTOB(対怪獣部隊)への適性を見せてみな」


 数十メートルは越えるパロッツ達に尻込みをする新人達に檄を飛ばしてやった。まあ、いくら安全を保障されてるとはいえ、いきなり自分の何倍もの巨体を持つ怪獣と触れ合えと言われてもビビるのは仕方ないか。おまけに、ついさっき研究室で実験体の暴走を見たばかりだと報告を受けている。

 たしかパロッツの背に乗せてもらうまでにロメオは40分でシャオは20分はかかったかな。さて今年は、1時間以内に何人が背中に乗せて貰えることやら…… まったく期待していないわけじゃない、それでもまともな人材が出てくる確率を考えるとな、と考えていたところで歓声が耳に飛び込んできた。それも別々の方向からだ。


 「ヒカルくん、マジですか……」 

 「うわ、アカネさん凄ーい」


声の上がった方向を見ると、パロッツが恭しく頭を垂れ、その背に新人が跨ろうとしていたところだった。ヒカル・バッツと、アカネ・シラカミの両隊員だ。開始2分まさかの最短記録である。非力な只の人間がパロッツをなだめすかし、認められるというのは至難の業だ。無理やり乗り込ませ、身体で覚えさせ、認めさせる荒療治を行わなければ、受け入れてもらえない隊員も多い。だが、わずか2分程でバッツとアカネの両名に傅いたそのパロッツは、どう見ても心を許しているようにしか見えなかった。

 出会ったばかりの人間に対し、全く警戒心を抱かせていない? そんな事は今まで見てきた中でも初めてだ。だが、あり得ない……という事はあり得ない、それが怪獣、そして人間だ。


 「怪獣に好かれる素質、才能か?」


 穏やかな顔をしながらも芯の強さをうかがわせる受け応えだった少年と、おどおどしながらも退くこと無くこの場に残った覚悟が出来ている少女の顔を思い浮かべる。


 「願わくば、無事に育ってくれることを……」


 周囲の驚嘆を集めながら走るパロットの背にしがみ付く二人を見、自然とオレは呟いた。



    *     *     *


 セリカワさんの指示で、パロッツとの触れ合いも数時間経っただろうか。交代を繰り返し、他の隊員達も段々とパロッツの背に乗れる人が増えてきていた。ルームメイトの皆もどうやら無事にパロッツから認めて貰えたようだ。


 「それにしても驚きましたよ、開始数分でいきなりあの怪獣の背中に自然と乗っているなんて!」


 と、パロッツから降りてきていたマークスが興奮した様子で飛び込んできた。


「それ、さっきロメオさん達にも言われたけど本当に偶然だって。たまたまパロッツの調子が良かったんじゃないかな。ほら、僕以外にも乗れた子いたし」


 アカネの方をちらりと見る。少し前までのおどおどした態度も、今は見えない。慈しむかのような表情でパロッツ達を眺めている。


 「やっぱり才能の違いってのがあるんスかね」


 「そんな大層なもんじゃないよきっと」


 苦笑しつつ否定する、褒められるのはどこかこそばゆい。


 「コツとかあるなら知りたいっスよ。ロクに乗りこなせずに出陣とか洒落にならないじゃないっスか」


 頭を抱えて唸るトムの泣き言も尤もだ。そもそもそんな半人前の状態で戦場に出してもらえるのかなと、思いかける。まあ、でもこの基地が襲撃を受けるパターンもあるか。そうなったら、たしかにパロッツを乗りこなすなり、兵器を扱えるなりしないと、お話にならないだろう。


 「ハイ注目! それじゃ、パロッツに慣れてきたところで、そろそろ次のステップに進もうか」


 思い思いに考え込んでいるところへ、次の指示が飛んできた。今度は一体何が始まるんだろうと振り向くと、セリカワさんがマシンガンのような物々しい銃器を抱え立っていた。嫌な予感がする。


 「さてこいつには、パロッツの餌を弾丸状にした弾が詰まっている。これを撃ちだして、パロッツに命中したところで衝撃はあれど大した痛痒(ダメージ)には決してなりえない」


 ただし、とまるで悪戯っ子のような表情でセリカワさんは続けた。


 「上に乗っている人間は別だ。まともに命中すりゃ、その衝撃で気絶ないし落馬ならぬ落獣は免れないだろう。おまけに打ち出される餌の弾目当てに、パロッツ達は不規則予測不能な動きをし始める。乗りこなせとは言わない、ただ耐えろ、慣れろ、体験しろ。本番の戦場は何が起こるか分からんぞ?」


 30分で交代な、と笑うセリカワさんだったが、ろくに乗りこなせていない新人達は慄くばかりだ。習うより慣れよ、とにかく体に叩き込めとその指導姿勢には頭が下がる。だが、頭では理解していても、怖いという感情はどうしようもない様だ。一部の隊員は見学を申し出ていた。


 「すみません、この訓練でパロッツから落獣した場合、踏み潰されてしまう可能性は……?」


 恐る恐る新人の一人が挙手し、尋ねる。


 「その心配はないね。人を察知し、少なくとも訓練では誤って踏む事がない様にちゃんと調教を施してある。それでもまだ、怖さを感じてこの訓練に耐えられないというのなら、転属届を出すことをお勧めしようか」


 そこはひとまず見学をお勧めでしょう!?と突っ込むロメオとそれを宥めるシャオさん。その調子で、切り捨てていったら残る者も残らないと主張するが、

セリカワさんはその程度で辞めるくらいなら現場でロクに動けずに死ぬよりましだろと一蹴する。


 「ウチ(TOB)は怪獣に対して怯えや怖さを知った上で尚、足掻ける奴が欲しいんだよ。お前やマルティンの様にな」


 ロメオは返す言葉が見つからないようで、黙り込んでしまった。


 「さて、そろそろ準備は出来たか新人共。一日やそこらでそう簡単に乗りこなせるとは思ってないが、先ずは身体で怪獣に慣れろ。ロメオとシャオは新人の補佐な、パロッツに乗り込んで近くで見てやれ。隙があればオレに撃ちこんできてもいいぞ」


 よっぽどの自信があるのか出来るものならなとガハハと笑うセリカワさん。その笑顔はまるで肉食獣の様に、僕には見えたのだった。

 そして、30分掛からずその自信は証明された。


 「っく、振り落とされないのでやっとッスよ…うぁぐ!?」

 「死ぬ死ぬ死ぬ!! 落ちぐべぇ」


 辺りには軽いパニックが起きていた。背に乗っている新人達を意にも介さず、落ちてる餌飛んでくる餌を目当てに駆け回るパロッツ達が多数。そこから振り落とされない様に、必死にしがみ付く新人達の絶叫が上がる。更にそこへ、飛んでくる餌がその意識と叫び声を刈り取っていく。見事なまでに死屍累々である、気づけば、パロッツから落獣せずにいるのは僕を入れて10名足らずとなってしまっていた。


 「スパルタにもほどがありますよ、これ……」

 「気持ちは分かるけれど、この訓練はみんな通ってきた道だからね… 辛抱してね?」


 息も絶え絶えにパロッツにしがみ付きながらついぼやいてしまう。と、そこへ背後から優しい声がかけられた。振り向くと、そこにはパロッツの背の上でマシンガンを構えてるシャオさんの姿があった。なんと、この爆走し大揺れするパロッツの背で、すらりと直立している。嘘だろ……


 「そろそろ一発でも掠めたいところだけれども…」


 シャオさんの構える銃口から轟音を立て餌の弾丸が、絶え間なく撃ちだされてゆく。しかし、その弾丸は、セリカワさんの撃ち出す弾によって撃墜され一つも届かず、落ちてゆく。そこに駆け寄るパロッツ達、上がる悲鳴。


 「ロメオ、今よ」


 それが合図だった。餌を食べる為に駆け寄ったパロッツ達が丁度、僕とシャオさんの居場所をセリカワさんの視界から覆い隠す。その身体と身体の間に出来た僅かな隙間を縫うように、いつの間にか、僕達のすぐ後ろに駆けつけていたロメオがマシンガンをぶっ放した。


 「ちぃっ!」


 舌打ちが聞こえ、次の瞬間セリカワさんの姿が跳ね上がった。まさか、弾丸を避ける為にパロッツの背の上でジャンプしたのか? あの一瞬で? それもなんと、後方宙返り一回ひねりだ! そんな無茶な…… とてもじゃないが、人間業ではない。


 「やれやれ、まさかあれを躱すとは思いませんでしたよ。ですが、流石に空中じゃ避けられませんよね、セリカワさん?」


 ゾクッとする笑みを浮かべ、シャオさんは躊躇なく無防備なセリカワさんを狙う。ズガガガガと、弾が排出され――

 その次の瞬間、僕は自分の目を疑う事となった。


 弾丸がセリカワさんに一つも届くことなく、その目の前で弾けたのだ。

 何が起こったのかわからない、目の錯覚でもない様だ。だが、弾け飛んだ飛沫は彼女の頬を濡らしていた。


 「しまった、すっかり油断してた。やられた……」

 「最後のはズルいですよ、セリカワさん! でもこれで、ようやく私達の一勝ですね」

 

 セリカワさんが、弾丸の飛沫を浴びた所で丁度30分を告げるベルが鳴った。心底悔しそうにしているセリカワさんに、勝ち誇った顔で迫るシャオさん。一方のロメオは青い顔だ。


 「30分以内に新人全滅させてそこから、確実に仕留めるつもりだったのに、畜生」

 「仕留めるとか言わないで下さいよ、縁起でもない。今日のはレクも兼ねてるんだから少しくらい接待してもいいじゃないですか」

 「最初にガツンとやらないと舐められるんだよ、こういうのは。ええと、最後まで残ってたのは、ひぃふぅみぃ、5人か。ええと、ロメオ控えといてくれ。……ああもう、染み一つ作らない予定だったのにショックだ! じゃあ、お前達10分休憩したら交代な」


 どうやら僕以外にも何とかパロッツに振り落とされずに済んだ仲間がいた様だ。そちらも興味深いが、僕にはもっと気になることがあった。


 「ところで、シャオさん。最後、弾がセリカワさんに命中する前に勝手に弾けたように見えたのですが……」


 恐る恐る僕はさっきから抱いていた疑問を口にした。瞬間、三人の顔が固まったように見えた。なんだろう、やはり聞いてはいけない事だったのかもしれない。取り消した方が良いのだろうか…… そんな考えが頭をよぎった瞬間、拍手と馬鹿みたいに明るい声が耳に飛び込んできた。


 「わーすごい、シャオちゃん遂にセリカワちゃんやっつけたんだね! さっすが、未来の大隊長、お見事!」

  

 「ちゃんは止めろ、気持ち悪い」

 「ちゃんはやめて下さい、セクハラで訴えますよ」

 

 ファームの入り口にマルティンが立っていた。相変わらず、素肌に白衣と妙なファッションセンスだ。


 「何の様だ、マルティン。今日の騎乗訓練はオレの受け持ちの筈だが」


 怪訝そうな顔で、セリカワさんがマルティンを睨む。


 「何って、セリカワちゃんの好物のジャーキーの差し入れと、アレン大隊長がお呼びだよって伝言さ。今日は、この後は俺が受け持つから、遠慮せずに行ってきなよ」 


 おーこわいこわいと、おどけるようなジェスチャーをしながら告げるマルティン。それが更に気に障ったのか、獣の様な怒りのオーラをセリカワさんからひしひしと感じる。いや本当に怖い、がるると唸り声が聞こえてきそうだ。セリカワさんのすぐ横に立っているロメオなんて、今にも口から魂を吐き出しそうな顔をしている。

 だが、それを意に介さず、マルティンは飄々と歩み寄ると、その口にジャーキーを差し込み、その耳元に囁いた。セリカワさんの目の色が変わる。


 「シャオ、ロメオ。マルティンと新人達を頼んだ。急ぎの用事が出来た、オレは行ってくる」


 ガキンとジャーキーを噛み砕くと、セリカワさんは荷物も纏めず、駆けて行ってしまう。シャオさんとロメオに、その用を告げる余裕も無かった様だ。


 「おいおい、普通ならそこは俺に頼むところだろう」


 マルティンがそんなことをぼやいていたが、気にする者はいない。


 「さて、パロッツの騎乗訓練か。これ苦手なんだよなぁ。俺って鳥に嫌われやすいみたいだし、俺を見ると連中って目の色変えるんだよね……」


 そんな事よりも僕は、先ほどマルティンがセリカワさんに囁いた内容が気になって仕方がなかった。それは微かな声だったが、たしかに聞こえてしまったのだ。


 「イースト区5から、一瞬で住民の反応がひとつ残らず消失した。詳しい話は、会議室で」


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