第3話 入隊1日目
新人入隊式も既に始まった頃だろうか、TOBの作戦室で、午後にある新人への入隊案内と指導のカリキュラムの準備をしながら、オレはふと時計を見た。基本AFが中心とはいえ見回りや哨戒に戦闘訓練を行いながらのデスクワーク。正直どちらか片方だけに専念したいと思ってしまう。
「やあ、セリカワちゃん。早朝から精が出るね。いやあ、昨日は酷い目にあった」
そんな中、ゲッソリとした顔でサボリ魔が現れた。
「シャオから聞いたぞマルティン。新人の前でやらかして反省文、何やってんだお前……」
昨日の顛末は既に聞いている。この時期はタダでさえ忙しいのに余計な仕事を増やすなと怒鳴りたい。タチバナ隊長の小言は面倒だし、怪獣アレルギー女帝の八つ当たり等は絶対に御免だ。こちとら暴れたい気持ちをグッと我慢して抑え込んでるというのに、齧り付いてやろうか。
「ロメオが新人をやたら怖がらせること言うから、緊張ほぐしてあげただけだって」
突然、矛先を向けられたロメオが、怯えた草食獣の様な目でこちらを見る。
「それも聞いた。どうしてそこから、新人へのナンパとシャオへのセクハラに発展するのかをオレは知りたいね」
口笛を吹いてそっぽを見るマルティンに溜息をついた。以前、俺の血にはナンパ師のDNAが刻まれているとか飲みの席で吹聴していたが、それが本当なら一辺全て入れ替えた方が良いのではないだろうか。じーっとマルティンを睨んでいても堪えた様子がないので諦めて、ロメオの方へ振り向いた。
「まあ、オレ達正規隊員が人間じゃない化物だって言うのもあながち嘘じゃない。そして、その話を聞いて、尻込みしたり入隊を後悔するような奴は、ここには向いてないし続けていてもいずれ死ぬ。その前に、転属希望届か除隊希望届でも受け取ったほうが良い」
「おいおいセリカワちゃん、そんな言い方は……」
「セリカワさん、それはどういう――」
口を開きかけたマルティンとロメオを遮るようにオレは話を続ける。
「この三年間で90人がウチに入隊したが75人が死亡5人が除隊6人が転属した。恐怖に怯え絶望の表情を浮かべたまま、死んだ者も少なくはない。そんな哀れな想いをするくらいなら、最初からふるいにかけるべきだ。そうだろう?」
怪獣因子を組み込まれた正規隊員は生物学的に人間として呼んでいいものか、怪しい存在だ。対となる因子を組み込まれた怪獣と精神・肉体を呼応・感応・接続させる事で、まるで手足の如く駆ることが可能となる。それを拒み、人間に馴染むように創られ飼育され調教を受けた擬似怪獣をパートナーとして、戦場に出る隊員補佐とは大きな違いがあった。
「さて、そろそろ時間だ。マルティン、昨日襲撃してきた怪獣の調査、引き継ぎ頼んだぞ」
「りょーかい。……セリカワちゃん、テンパるなよ」
「は? 何度目だと思ってんだ。そして、ちゃん付はやめろ!」
* * *
昨日の怪獣襲撃から一夜明け、僕は防衛軍の入隊手続きを行っていた。広いホールに集められ、モトベという局長を名乗る厳ついお爺さんから軍隊としての心構えを聞かされたのがついさっきだ。昨日のタチバナ隊長という人も怖かったが、モトベ局長も負けず劣らずである。顔に刻まれた深い傷と皺、そしてあの怒声である。何かに常に苛々して怒っている様だった。もし、マンツーマンで会話することになったら、その怖さでチビってしまうかもしれない……
その後、僕達は部隊別に分けられて案内される事となった。TOB入隊希望者が案内された、第三視聴覚室と名付けられているその部屋は、以前中央街のデータベース図書で見た『学校』の教室というものによく似ていた。部屋中に長机が広がっており、分厚い書類が各自割り振られた座席の前に置かれている。
先程の怖い顔から解放されたこともあり、僕以外の新人も緊張が解けたのか、室内がざわざわし始めてきた。そんな時だ、見覚えのある人物が扉を蹴破りダイナミックに入室したのは。
「地球防衛軍東局要塞メサイアにようこそ、TOB入隊希望の諸君。昨日会話した子らもいるが、改めて自己紹介だ。オレは正隊員のセリカワ、よろしく頼む」
セリカワさんは、高らかに自己紹介を済ませると、気合が入ったポーズを決めた。後から遅れて入室してきたシャオさん他数名(恐らく隊員補佐の人達だろう)が青ざめた顔でそれを見ている。一体どうリアクションを取ればいいのだろうか……? そう思ったのは僕だけでは無かった様で、会議室はシーンと静まり返っていた。
それがよっぽど想定外だったのか、あれー?と会議室中を見わたすセリカワさん。あせあせと何やらホワイトボードに向き合い始めた。キュキュキュと大きな音を立てて何やら書き始めたところで動きが止まる。何を思ったのだろうか、セリカワさんは書きかけたソレをすぐに消してしまった。何やら若干緊張した面持ちで、教壇の上でキョロキョロしている。先程までの堂々とした姿はどこに行ってしまったのだろうか。
おや、手元のプリントをまじまじと見て…… なっ、放り投げた!?
「っかしいな? 去年度はウケてたしこんな筈じゃなかったんだが…… あー、もう面倒だ。細かい説明はやめやめ。新人諸君、後で寮に戻ったら各自配られた資料をよく読み目を通しておくように。禁則事項とか、設備の使い方とか、訓練のカリキュラムとか載ってるから無くすなよ」
なんて、豪快なのだろうか…… ガヤガヤザワザワと会議室中がざわめきに包まれる。
「なんというか、我の強い人ッスね」
「この軍って癖が強い人の方が出世しやすいのかな…」
「確かに、なんともまあ大胆なお方だろうか。あの豪胆さは、成程軍人として見習いたいものであるな……」
隣席のルームメイト含め、雑談があちこちで起こり始めたようだ。だけど、それは必ずしも好意的なものだけではなかった。まるで値踏みするかの様な目でセリカワさんら隊員達を見る者、不安そうな顔で見つめる者、多種多様な視線が会話とともに飛び交っている。
と、パァンッと大きな音が僕の耳をつんざいた。クワンクワンと頭がフラフラする、なんだ? 辺りを見渡すと他の新人達も同様に混乱した顔をしていた。
「はい静かに! 質問があるなら聞くから一旦黙れ。思考の整理なら寮に戻ってからも出来るだろう? 時間が勿体無い」
ビシッと厳しい口調でセリカワさんの言葉が放たれる。音の正体は、彼女の柏手だろうか? まるで衝撃が軽く炸裂したかのような感触だった。当のセリカワさんは不満げに腕を組み、ジロッと会議室中を睨みつけている。ちょっと怖い……
そのせいか、さっきまでのザワつきは嘘のようにシンと会議室は静まり返っている。先ほど値踏みするかの様な目で彼女を見ていた大柄な青年が手を挙げようとして、ビクっとなりやめた。
「すいません、隊員さーん。この訓練のカリキュラムとやら、ちょっとありえないことが書いてあるんだけど、どういう事ですか?」
発言をしたのは細身で鋭い眼つきをした青年だった。
「君は、ノーマンくんだったか。何が不満なのかな?」
ノーマンと呼ばれた青年は何故か心底呆れたというような顔をしている。一体何が気に障ったんだろうか……? どうやら他の人達も気になっている様で視線が集中している。その事が、より彼の気を大きくしたのだろうか、やたら芝居がかったように続けた。
「そりゃ隊員さん。勿論、訓練内容ですよ。なんで我々TOBの隊員が、重火器などの兵器や車両に航空機の訓練をしなくちゃならないんですか。昨日の襲撃のことは勿論ご存知ですよね? AUの戦車や武装車両は怪獣の群れの前に何の役にも立たず、人死にを出しただけだった。それに引き換え、我々が所属することになるTOBは、怪獣を駆り誰一人犠牲者を出すことなく制圧に成功した。この事から考えても、我々TOBの部隊員がそんな兵器類に頼る必要性が無いと思うんですが?」
ノーマンは自信に満ちた表情を浮かべながら自論を締めた。それに対し、セリカワは大きく息をつく。
「あのさ、新人君。甘く見るなよ対怪獣を」
酷く寒気のする声だった。
「確かに怪獣を駆る鍛錬を積み怪獣に意図を伝え怪獣を思い通りに動かすのは大事だ。TOBに所属するならそれが出来る事を求められる。しかし、怪獣がいれば怪獣を殺せる? それは、甘っちょろすぎる考えだ」
セリカワはホワイトボードにくるっと向き合うと、手元の装置を動かし始める。
「セリカワさん、それは……」
止めようとする隊員補佐を手で制すると、セリカワは続けた。
「ほら見て感じろ。これが本当の怪獣ってやつだ」
ボードの前に大中様々な怪獣の姿とその前に死屍累々となった見覚えのある羽毛怪獣らと武装した人間たちの姿が映し出される。あるモノは酸に溶かされ、またあるモノは食い千切られ、あるモノは燃え尽き凍り付き死体となっている凄惨な光景だった。昨日見た恐竜型の怪獣をサクサクと処理した羽毛怪獣が死に絶える様はまるで悪夢だ。
ヒッ、と恐怖に引き攣る声が奥の席から漏れる。
「奴らに定石なんてものは通用しない。奴らに常識なんてものは通用しない。戦場の辞書に余裕の二文字なんて存在しない。何が起こるか分からないから、どんな手を使ってでも徹底的に敵を殺すまで、自分が死ぬまで戦う。隣にいるかけがえのない同僚達や先指揮するリーダーが死んでも、それこそ自分が駆ってきた相棒が目の前で死んでも、だ。それが、オレ達TOBいや地球防衛軍に求められる在り方だ」
「その為には、死ぬ気で怪獣を殺す手札を多く詰め込まなくてはならない。これが質問の答えだ、納得できたか新人ノーマン」
当のノーマンはモニターに映る怪獣の惨劇に圧倒されている様だった。彼の過去は分からないけれど、昨日の襲撃を目の当たりにした僕ですら目を覆いたくなるのだから、無理もないだろう。
「ほかに質問のある者は?」
頭に花飾りをつけた青ざめた顔の少女が、恐る恐る手をあげていた。その手はフルフル震えていて、見ていて何だか気の毒になってくる。居場所がどこにもなく食い詰めて、意を決して入隊を希望したそんな雰囲気を感じる子だった。
「えーと、アカネさん?」
名前を呼びかけられた少女は一瞬ビクっと緊張した後、震えながらもなんとか質問を絞り出した。
「すすみません、隊長さん。さ、才能とか抜きにして生き残れる確率はどれ程なのですか」
そんな彼女を気の毒そうに見つめ、セリカワは恐らく彼女が一番聞きたくない類の答えを返した。
「んー、さっき配った資料にも細かく傾向が載ってるんだけどな。まあでも、TOBに限って分かり易く言うなら100人がTOBに入隊するとして1年後も五体満足に続けている隊員は概ね4人だ。転属希望する者や、戦えなくなるものもいるが大体は死ぬ。」
ストンと、アカネと呼ばれた気の毒な少女は椅子に尻もちをついた。今にも口から魂が抜けだしそうだ。
他に手をあげる者がいないことを確認するとセリカワはうんうんと満足そうに頷いた。
「さて、そろそろ覚悟は決まったかな、新人諸君。長ったらしい前置きは捨てといて、だ。此処はTeam Orphic Beasts、対怪獣の作戦の要を担う部隊だ。これから5ヶ月の試用期間、訓練と実践を通してお前達新人を、オレ達部隊員がみっちり鍛えてやる。その期間終わり迄部隊に残っていられたら、隊員補佐か正規隊員か好きな進路を選ぶといい」