表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣惨歌 la・la・la  作者: ここあ
第一章《大狂獣・ラララ》
3/22

第2話 地球防衛軍東局 Team Orphic Beasts

 セリカワと名乗る軍人のお姉さんの案内で武装車両に乗り込み、同乗していた医療班によるメンタルケアを受けつつ、羽毛怪獣と戦車隊に護衛されて防衛軍東局の要塞メサイアに辿り着いた頃には陽も沈んでいた。

 侵略者や怪獣の襲撃を避ける為、基本的に地下に居住空間がある中、この地域で唯一地上に存在する巨大建築物が要塞メサイアだ。聞いた話では、この要塞が地上に堂々と存在して周囲に睨みを利かせている事で、地下街で暮らす人々の心の支えになっているのだとか。特に東部地区中央街イースト・ワンを守護する様に建てられている事もあり、隊員達は英雄視される事も少なくないという。

 メサイアの中は、見たこともない機械や設備でいっぱいだった。入り口で、他の区から来ていた新人達と合流し出迎えに来た隊員達に案内されながら、ついキョロキョロ見渡してしまう。気を抜いたら、迷子になってしまいそうだ。

 あれだけ怖い目にあったのに、いやあったからだろうか…… 僕の中の負の感情は、いつの間にか好奇心で塗り潰されていた。


「TOB希望のバッツくんだったか、あんな目に遭って、目の輝きが残ってるのは中々素質があるんじゃないか?」


 そんな僕を物珍しく思ったのか、ロメオと名乗った青年が話しかけて来た。


「入隊前日に、怪獣の襲撃が受けるとは運が無かったね。訓練も何も受けてないんだ。大半は、心構えだとか覚悟だとかもロクに決まってなかっただろう。無事に五体満足で生き残った子でも入隊取消しを希望する子もいるくらいさ」


 かくいう私も初陣の時はちびりかけた事があってねと、ロメオは冗談めかして笑う。それから、あんまり言いふらすなよといたずらっ子の様にシーと指を立てた。


「何が言いたいかというと、君の様な死地を体験して恐怖して尚折れずに平常心を保てるって人材は此処では貴重なのさ。特に怪獣とガチンコやり合うTOBではね」


 TOBは、機械兵器に頼る他の部隊と違い、怪獣と心を通わせ、怪獣を駆り怪獣の力を借りて怪獣を狩る唯一の部隊だと僕は聞いていた。怪獣は人類を絶滅寸前に追い込んだ恐怖の象徴でもある。そんな存在と密接な部隊なのだから、恐怖を感じる事は日常茶飯事なのかもしれない。だけど、不思議な事にあの人は、そんな感情とは無縁な存在に思えて僕は気がついたら質問していた。


「あのう…… セリカワさんも、最初は恐怖を感じていたんでしょうか」


 そんな僕をロメオは驚いた顔でまじまじと見つめる。


「へぇ、セリカワさんが直々に挨拶をねえ……」


 僕がどうしてセリカワさんを知っているのか聞いたロメオは、まるで珍しい話を聞いたかの様に呟いた。


「現状、東局のTOBは私達隊員補佐10名と正規隊員で構成されている。正規隊員は、3名しかいないが……いずれも人間を捨てた化け物だ。私はまだTOBに入隊して1年半だけどね、彼らからしたら恐怖なんてちっぽけで下らないものだろうさ」


 何か恐ろしいものでも思い出したかの様に、ロメオはブルッと身震いしている。記憶の中のセリカワさんは、野性味はあったものの人当たりは良さそうに見えたので、ロメオの反応は意外だ。戦場では性格が変わるタイプなのだろうか? 質問しようか、迷っていたところで、突然ロメオが視界から消えた。


「おいおいロメちゃん、酷いなぁ。だーれが、化け物だって?」

「うわっち、ママルティンさん! い、いえ、なんでもございません!」


 振り向くと、素肌に白衣を纏った如何にも軽そうな青年が、ロメオの肩を抱き引き倒していた。


「だーめじゃないか、新人をいたずらに怖がらせちゃ。ほーら、怖くないよ?」


 マルティンと呼ばれた白衣の男はおどけて笑って見せる。ロメオの狼狽ぶりからすると、この人がさっき話に出てきたセリカワさん以外の正規隊員ってことになる。だけど、どうしても怖さというか軍人特有の緊張感というか、そういうものは微塵も感じられない。これはむしろ、……軽過ぎる雰囲気だ。そしてなんというか、チャラい!


「お、そこの君も新人かい? 可愛いねぇ、どこの入隊希望? 俺、実はTOBの――」


 目の前で、列を作っていた他の新入隊員に対して堂々とナンパを始める姿を見ると、なる程、確かに恐怖という感情とは無縁そうだ。それどころか、悩みも無さそうに見える。なんだか、羨ましさすら感じてしまった。と、そこで他の案内役の隊員が騒ぎに気づいたのか、止めに入った。


「マルティンさん! 何やってるんですか、もう…… セリカワさん呼んでくるのと、チテンインさんに報告するのどちらがいいですか?」

「ちょっ、シャオちゃんタンマタンマ。どっちもやばいって、タダでさえ次は無いぞって脅されてるんだからさ。今回ばかりは、見逃してよ」

「情けないこと言わないでください! 全く、少しは自分の立場を自覚してくださいよ」


 マルティンがシャオと呼んだ女性、記憶がたしかなら、彼女も羽毛の怪獣に跨っていた隊員の一人だった筈だ。ロメオの話から考えると彼女も、隊員補佐だろう。しかし、全く物怖じした様子を見せずにマルティンの首根っこを掴み、床へ引き倒している。


「ちょ、首、首絞まってるって! シャオちゃんちょっと、また雌ゴリ度―― あ、握力やば…」

「今何言いかけたんですか! あと、どさくさにまぎれて変なところ触らないでください。セクハラですね? そうですね! ええい、マルティンさん、因子持ちなんだから苦しがっているのは演技だってことくらい分かってるんですよ!」


 いやどうだろう…… マルティンの顔は事実、息が出来なくて青ざめてるように見える。僕と他の新隊員、そしてロメオはシャオさんの剣幕に飲まれオロオロするしかなかった。怒ってるシャオさんと、叱られて制裁を受けているマルティン。これでは、正規隊員の威厳などあったものではなく、どっちが上官なのかすら判り難い。先程のロメオとの会話を思い返してみたが、ロメオがちょっと神経質なだけだった様だ。今のマルティンの姿はそれ程までに情けなかったのである。


 「おい! そこの二人何をやっている!」


 と、そこで怒号が廊下に響き渡った。キーンと耳鳴りが起き、頭がクラクラするレベルの怒鳴り声である。僕は、恐る恐る声のした方へ視線を動かした。

 視線の先には、騒ぎを聞きつけたのか、これまた厳しい顔をしたザ・軍人という中年の男が仁王立ちをしていた。顔半分には大きな爪痕が刻まれており、その男が、歴戦の勇士である事を証明しているかの様であった。そして、白髪混じりの髪の毛がオールバックに纏められているお陰で、額に浮かんだ青筋がはっきりと見える。今にもプッツンとキレそうである。この人が先ほど話に出てきたチテンインという隊員だろうか?

 恐る恐る顔だけ動かし、隣を見ると僕以外の新人隊員もあまりの恐ろしさに硬直してしまっている様だ。それは、ロメオも、そして怒りの矛先が向けられた2人も同じだった。ガチガチガチガチと2人分歯が小刻みに震える音が聞こえてくる。


 「「誠に申し訳ございません、アレン・タチバナ大隊長! 大変お見苦しいところをお見せしてしまいました!」」


 ゴンと2回大きな音が鳴った。大変、綺麗な土下座である。


「お前達の様な、ベテランや上官が新人達の目の前でそのザマじゃ、示しがつかんだろうが」

「返す言葉もございません……」

「はい、そのとおりでございます……」


 額を地面に押し付けたまま、今にも消えてしまいそうな、か細い声で返事をするマルティンとシャオさんを見て、僕はこのタチバナという人物の前では絶対に気を付けようと心から固く誓うのだった。


「よし、立て。シャオは行っていい、新人の案内を続けろ」

 

 ほっと息をつき、助かったと安堵の表情をするシャオさん。それに便乗してマルティンも立ち上がろうとする。


「じゃあ、俺もこれで……」


 だが、そうは問屋が卸さなかった。


「マルティン、お前は始末書と減棒だ。今年に入って、何度目の騒ぎだと思っている。タダでさえ、TOBは問題児揃いなんだ、新人の入隊期間くらいはしっかりとして欲しいものだがな?」

「そ、そんな…… タチバナ隊長、疲れてませんか? 肩揉みますよ、お茶も出しますし、資料の仕分けも代わりにやっておきますから――」


 歩き去るタチバナ隊長に必死で縋り付くマルティン。そんな様子を見て、タチバナ隊長はフンと鼻を鳴らす。


「なら、チテンインの奴へ始末書の写しを提出で減棒の方は赦してやる」


 そんな殺生な……というマルティンの悲痛な叫びを無視し、タチバナ隊長は廊下の奥に去っていった。チテンインという人はどれ程怖い方なのだろうか


「え、えーと。それじゃ、気を取り直して案内するぞ。新人達、私達に付いてくる様に」


 沈黙が広がる中、一人先に我に返ったロメオが口を開く。ザッザッザと足音だけが廊下に響く。空気がとても重く、はっきり言って気まずい雰囲気だ。そんな中、僕のすぐ後ろにいた一人が沈黙を破った。


「あのー、すみません。シャオさん?」

「シャオリー・チェン隊員補佐。シャオでいい、君はモナさんであってるかい」

「あ、はい。モナ・カーターといいます。先程のお話で気になったことがあったんですけれど……」


 おずおずと、シャオさんを見上げ小首を傾げるモナの姿は、小動物を彷彿とさせた。一瞬目尻を下げるシャオさんだったが、先程のお話というワードが出た途端に肩を強ばらせている。


「因子とは一体何ですか?」


 それは、シャオさんがマルティンを呼ぶ際に出てきた言葉だった。因子持ちなのだから、と。確かに、僕も気になっていた言葉だ。

 だが、シャオさんの顔には戸惑いと焦りの表情が浮かんでいた。機密事項だったのだろうか?


「怪獣因子、本来怪獣だけが持っている特殊な遺伝子だ。侵略者の中には悪魔的核(デモニックコア)と呼ぶ者もいるが大した違いじゃない。オレ達、TOBの正規隊員にはこいつが身体に組み込まれている。つまり文字通り、ただの人間じゃないのさ」


 背後から、聞き覚えのある声が投げかけられた。


「セリカワさん! それは、一応機密事項では……」

「ロメオ、どうせ入隊すれば耳に入ることだ。遅いか早いかの違いでしかないだろ」


 それは、どういう意味ですかと質問をしようと口を開くも静止されてしまった。


「これ以上の話は長くなる、続きは入隊手続き後だな。それにしても、ロメオ、シャオ、新人隊員の寮への案内にどれだけ時間をかけているんだ。施設や設備の細かな案内は、マニュアルにも載ってるんだし適当でいいだろ。滅多にない後輩に緊張してるのはわかるが、何でも教えなくちゃって生真面目すぎるんだよ。マルティンみたいになれと言わんが、もっと肩の力を抜け。AFやAUの連中を見ろよ、とっとと寮に直行させてくつろいでるぜ」

「「す、すみません」」


 セリカワさんはガハハと笑うと、慰めるようにポンポンと2人の肩を叩く。 


「まあいい、気にするな。怒るとか叱るっていうのはどうにも、苦手なんだ。そんで、今日来たウチ(TOB)希望の新人どもがこれで全員か」


「新人の指導は基本、正規隊員で交代交代受け持つことになってるんだが、ウチは諸事情によってオレがほぼ毎回受け持つことになっている。明日からよろしくな」


 それだけ言うと、用は済ませたとばかりにさっさと立ち去ってしまった。


     *     *     *


「何というか、チャラ男と豪放磊落って感じの人でしたッスね」

「たしかに、その言葉がピッタリであるな。人類を守るという崇高な使命を持ち、過酷な環境で戦い続けてる軍人の中でも更に最前線でしのぎを削るエリートと聞いていたから、強面の厳しい鬼の様な方々を想像していたのだが……」

「むしろ隊員補佐の方達の方がしっかりしてそうだった様な気が……」


 寮に案内され、互いに自己紹介を済ませた僕達新人隊員は、食事とシャワーを済ませ、同室の者同士で雑談を楽しんでいた。消灯の時間は過ぎているため、室内は仄暗い。勿論、男女別に量の部屋は分けられており、更にAF・AU・TOBで舞台別に分けられている。男女比で見れば、女性の方が人数は少ないため、ほぼ一人で部屋を独占出来るらしく羨ましく感じてしまう。

 雑談の話題は、今日の出来事についてだ。


「それにしても、夕方の怪獣、あれはマジで終わったと思いましたね」

「然り、これで我が天運も尽きたかと諦めるところだった」

「ゲンゾウくん、漏らしてたって聞きましたよ?」

「えっ、本当っスか。そんな格好つけた喋り方しといてキャラ崩壊じゃないスか」


 ゴッと鈍い音が2回狭い室内に響いた。


「にしても、あの怪獣達は何者の差金なのだろうか」

「っ痛…… そりゃあ人員の増加を防ぐ為に、どっかの異星人か何かが刺客送り込んで来たんでしょう」

「あの怪獣達が素早いってのもあるけど、AUの先輩達が玩具の様に遊ばれてたのはショックデカかったスね」


 痛ててと、頭を押さえながら深刻そうに呟くルームメイトの発言に僕も頷く。確かに、相性というものもあるんだろうが、夕方の戦闘ではTOBの部隊以外はとりわけ大きくもない怪獣に対しまるで歯が立っていたなかった。もし、もっと大きく強力な怪獣が襲ってきていたら戦車も武装車両も全て壊滅していても、おかしくはなかった。周囲の侵略者の動向には気を配っており、予想外の襲撃だったと隊員達が語っていた事を思い出す。

  

 「ヒカルくんも、そんな物弄ってないで、会話に加わろうよ」


 ボンヤリしていたところでいきなり話を振られてしまった。


「ああ御免、会話を無視していたわけじゃないんだけどさ。これは、僕が昔お世話になった人から貰ったもので、凝ってみると中々楽しくてね。数少ない私物で無事だったからついつい気になっちゃって」


 と、僕は手に持っていた鉢植えから手を離した。盆栽である。これを眺め、弄っていると心が落ち着くのだ。以前、お世話になっていたオジさんから教わったものであり、数少ない僕の趣味だった。


「なんだか、お爺ちゃんみたいッスね」

「同好の士見たり、いざ楽しさを分かち合おう」


 そこからは、お互いの趣味の話になり、ワイワイ盛り上がった。楽しいとはいえ、僕のせいで話が脱線してしまったようである。なんだかちょっとだけ悪いことをした気分だ。だが、楽しい時間はそう続かなかった。カチャという音と共にドアが蹴破られた。

 AUのピンバッチが侵入者の胸元で光っている。そのおかげで、彼がギロリと僕達を睨んでる事だけは分かった。どうやら見回りに来た先輩隊員のようだ。


「おい、新人共いつまで起きてやがる。明日は早朝から、入隊式だぞ。遅刻したら、どうなるかわかってるんだろうな? 消灯の時間は過ぎてるんだ、とっとと寝ちまえ!」


 AUの部隊名にふさわしい砲撃の様な怒号である。先ほどの会話も忘れ、縮こまった僕達は、それ以上の追撃を避ける為、慌ててベッドに潜り込むのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ