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怪獣惨歌 la・la・la  作者: ここあ
第一章《大狂獣・ラララ》
2/22

第1話 惨禍の中の出会い

 うだる様なうんざりする暑い夏だった。だからだろう、この白くひんやりとした大理石とかいう石で埋め尽くされた部屋についつい入り浸ってしまうのは。 

 そう、これは気力を蓄えるためで、決してサボ――

バタンッ!


 「セリカワ、局長がお呼びだ」

 「なんだよ! もうビックリするな、口から心臓が飛び出したらどうしてくれるんだ。突然、扉を開けるなよ。そんでもって、後ろからいきなり声かけてくるなよな」


 緊張しかかった胸を押さえ、ゆっくりと息を吐き落ち着かせる。振り向くと、部屋の入り口に白衣に身を包んだ軽薄そうな男が立っていた。


 「なんだマルティンか」


 慌てて損した、同類(サボり魔)だ。


 「おいおい、どの口が心臓が飛び出すとか言うんだい? お前さんがそんなにヤワなら、とっくに人類は絶滅しているだろうさ」


 相変わらず、一々癇に障る奴だ。だが、ここで噛み付き乱闘した所で、上から『呼び出しているのに何やっているんだ』と叱られるのは目に見えている。面倒だ……


 「で、なんの召集だ? わざわざ、オレを呼び出すってことは敵襲でもあったのか?」


 そう言ったところで、マルティンがマジかよこいつとでも言わんばかりのドン引きした顔で、こちらを見ている事に気がついた。


 「うっわ、マジで忘れてるのか。セリカワちゃんマジでドン引きだわー」


 一々煽らないと気が済まないのかこいつは。威嚇する様に睨むと、慌てて扉の裏に隠れやがった。


 「どうどうどう。ほら、怒らない怒らない…… ジャーキーもあるぞ」


 仕方ない、ここは穏便に済ませてやろう。受け取ったジャーキーをガリゴリ噛み砕きながら、一つ大人の余裕を見せてやる。


 「話を戻すぞ。明日から、新人の訓練員が入局する。それで、いつも通り、セリカワちゃんにはTOB(対怪獣部隊)入隊希望のヒヨっ子共の面倒を見て貰う事になる。その打ち合わせについて、局長がお呼びだ」

 「ちゃん付けはやめろ、気持ち悪い。なぁ、……毎年数人残れば良い方だろ。入局は兎も角、うちに取る必要あるのか?」

 「そういうのは、直接局長に話して来ればいいだろ。俺に言われても困るぜ。それじゃ、伝えたからな」


 面倒事はゴメンだとばかりに、マルティンの奴がさっさと退出する。ああ、憂鬱だ……

 ジーワジーワと鳴く蝉の音が、億劫さを掻き立てる。が、ここでいつまでも涼んではいられない。仕事の呼び出しだ。部屋の中央にある台座に手を合わせ、ここに来た当初の用事を済ませると部屋を出た。



 「セリカワさん、おはようございます」

 「ああ、おはよう」


 廊下をすれ違う度に研究員や軍人、清掃員が声をかけてくるので愛想笑いを返す。新人の給仕の娘の顔が強張っているように見えるのは恐らく気のせいだろう……


 『ようこそ。此処は、地球防衛軍東局要塞メサイア。人類最後の希望であり、矛にして盾となる施設です。皆さんご存知のとおり、30年前に起きた原初の怪獣666の出現による大崩壊を機に、この星に住む我々地球人は、異星人・異次元人等の渡来人による超科学と怪獣を利用した侵略に度々晒される事になり、生存圏は地下に追いやられ絶滅の一途を辿っていました。しかし、そんな中でも運命に抗い、怪獣の研究を続ける者達がいました。怪獣を殺せる兵器の開発に勤しむ者達がいました』


 目的地に辿り着くまで、明日の予習を兼ねて広報部から借りた新人向けの音声案内をチェックする。相変わらず、退屈でナンセンスな内容だ。物心着いた頃には既に此処にいたオレと違い、地球防衛軍に入隊を志願する様な連中だ。戦意高揚や覚悟を確認する為のモノだと聞いているが、こんな物に頼らなくても気持ちは既に決まっているだろう。


 『それでもまだ、侵略者に対抗するには力が足りませんでした。そんな中、協力者が現れたのです。彼は自らを』


 ブツッ

 目的の部屋が見えてきたところで試聴を切り上げる。


 「Team Orphic (対怪獣部隊) Beasts セリカワ、只今参りました」


 局長室の扉が開くと同時に名乗りを上げる。部屋の中は暗く、中央にはホログラムで人影が投影されている。どうやら何らかの通信中だったようだ。視線をずらすと、部屋奥に堂々と座る眼帯の厳つい老人がギロリとこちらを睨んでいることに気がついた。


 「遅い」

 「すみません、まさか本気でウチにこれ以上新人を入れるとは思ってなかったもので」


 厳つい老人こと、地球防衛軍東局局長サキモリ・モトベが、酷く重い言葉と同時に鋭い眼光で威圧を放つが、軽く受け流してやる。


 「人材なら、Air Force(航空部隊)やArtillery U(砲撃部隊)nitにでも入れればいいじゃないですか。なんで死亡率が一番高いTOBなんですか。今までの事を考えると無駄に人を減らす事にしかならないと思いますがね」


 地球防衛軍東局は、現状3つの部隊に分けられる。航空兵器を乗りこなし攪乱や探索をこなすAF、戦車を中心とした陸上からの砲撃をメインとする一番人数の多いAU、そして少数精鋭ながら怪獣の力を借りて怪獣を狩る防衛軍の切り札TOB。

 主に異星人や異次元人が生物兵器として利用する怪獣との戦いで前線を担い一番負担が重く、新人が一番死にやすいのがTOBだ。生き残れれば確かに経験は詰めるが、1年後に命が残っていれば御の字である。その為に除隊や異動を希望する者も多く、何百人も今迄に入隊してきたが、5年以上東局のTOBに残っていたのはオレの知る限りでは5人しかいない。


 「そうならない為に、お前達生き残りが教育するのだ」


 ノータイムで何も考えずに出たであろうその発言に、プッツンと何かが切れる音がした。口を大きく開こうとし、そこで肩を押さえつけられる。


 「セリカワ、局長直々の勅令だ。肯定以外の返事は、認められない」


 防衛軍東局軍隊長、アレン・タチバナだ。ほれ、と口に突っ込まれたジャーキーをガリガリ齧り、気分を落ち着ける。


 「モトベ局長、この先の説明は私が引き継ぎましょう」

 「よかろう、狂獣相手に無駄に時間を使う事もない。儂の用は済んだ、続きは外でやるが良い」


 思うところはあったが、出るぞとこちらに目配せするタチバナ隊長に従い、部屋を出る。背後で扉が自動で閉まるなり、口を開いた。


 「局長の態度が気に入らないっていうのは分からなくもないが、いい加減自制出来るようにしろよ、セリカワ」


 お代わりのジャーキーを差し出しながら、タチバナ隊長は疲れた様に溜息をついた。


 「先の戦いで西局や南局の立て直しが完了していないのが現状だ。消去法で、モトベ局長は実際の能力はどうあれ、今や東局いや地球防衛軍のシンボル的存在だ。一隊員、それもTOBのメンバーが歯向かって問題起こしたとなれば、面倒な事になるんだよ」


 これ以上不祥事はゴメンだと言わんばかりに息を吐く。どうやらまたシワと白髪が増えたようだ。


 「まあ、ウチのTOBには問題児しかいないんだ。マトモな奴が残ってくれるよう指導よろしく頼むよ」


 ゲッと青ざめるこちらを無視して、タチバナ隊長はずしりと重みのある新人隊員指導の資料をにこやかに押し付けてくる。受け取り拒否は、許されない……


 「諸々の説明はそこに載っている。お前の記憶力に期待するのは間違ってるから、細かく全部覚える必要はないが、大体の流れくらいは把握しておけ。明日迄には目を通しておけよ」


 新人隊員案内の役目は、現役隊員の持ち回りというのが面倒なことに規定で決まっていた。ただでさえ、東局のTOB正規隊員は3人しかいないのだ。オマケに一人は適当なナンパ師で、もう一人は何というか怖過ぎる。気が付けば、オレに回ってくる機会が一番多くなっていた。10人いる隊員補佐に押し付けたいところだが、バレたら始末書を書く羽目になる。


 「分かりましたよ、今回でもう6回目だ。早々へま晒す様な事もないし、やりますよ」


 ガリッと咥えていたジャーキーを噛み砕き、諦めるように素直に聞いてみせる。


 「ところで、ヒヨっ子共の顔を事前に見ておきたいんですが、彼らはもう既にこの建物へ?」

 「そうだな、この辺りの収容区からの希望者は既にあらかた割り当てられた寮に入っていると思うが、それ以外の地区はAUの視察官が、他部隊の希望者ごと武装車両で迎えに行っているところだな。夕方迄には全員到着――」


 Beep! Beep!

 

そこでタチバナ隊長の言葉が途切れた。けたたましくサイレンが鳴り響いている。異常事態の発生だ! 恐らく、怪獣の出現……


 『緊急警報、緊急警報。怪獣の発生です。東局要塞メサイアから北に45キロ、群体型の模様。大きさは一匹あたり30メートル13~14体の爬虫類タイプ、因子持ちの確認は不可能。目的は……目的は、新人隊員候補生を乗せた帰還中の武装車両20台! AUの戦車部隊が対応中。至急援護を!』


 慌ててロビーに走って向かうと、中央のモニターには、ひっくり返り黒煙を昇らせる戦車と武装車両、そして怯え惑う青少年達を食い荒らす怪獣の群れが映っていた。AUの戦車や歩兵が砲撃を果敢に行うも、蜥蜴の様に機敏な動きで怪獣達は躱していく。


 「セリカワ、言わなくても分かるな?」

 「当たり前です」



     *     *     *


 「ひぃぃやああぁぁぁぁ。誰か、誰かぁ⁉」


 僕は、16年生きてきた中で最も情けない声を上げながら必死で走っていた。地球防衛軍への入隊するという、幼い頃から目指していた目標の道筋をようやく叶える事が出来る。その目前で、恐怖のまっただ中、命が尽きてしまうところだったからだ。

 しばらく住んでいた地下街に別れを告げて意気揚々と、新隊員の募集に来た地球防衛軍の武装車両に乗り込み、隣の席になった少し生意気な女の子と意気投合したところで、そいつらが現れた。

 幼い頃に中央街の図書データベースで見た、恐竜という生き物を更に何倍も大きくしたかのような怪獣の群れは、僕達の護衛として併走していた戦車を集団で蹴り転がし、僕達の乗っている武装車両を爪でやすやすと引き裂き転がしていった。

 辺りに広がるのは悲鳴と怒号、そして怪獣達の雄叫びだ。


「GIYAAAAAAAAAAAASU!」

「GISYAAAAAAAAAAAA!」


 数秒ほど気を失っていたのだろうか、頭上に広がる青空と赤く染まった壁に気づき、僕は我にかえってシートベルトを外し始めた。此処にいたら間違いなく死ぬ。それだけは分かったからだ。現に運転手は既に首から上が無かった。


「ほら、早く逃げるよ!」


 隣の席の子の手を掴み、力強く引っ張って立ち上げようとしたところで、僕は既にその子が死んでいたことに気がついた。


「え、本当? さっきまで普通に話していたのに……」


 だが、呆然としている余裕などない。引き裂かれた天井の裂け目から、赤く血走った怪獣の目と血に染まった牙が覗いていた。


「ひっ」


 目が合ってしまった。怪獣は獲物をはっきりと認識したのか、舌舐りをしてこちらを見ている。荷物など探している余裕なんてものはない。僕は脱兎のごとく逃げ出した。鍵が馬鹿になり開きかけた扉を蹴破り、必死で走る。背後から、悲鳴やら銃撃音やら爆発音が耳に飛び込んでくるが振り返ったら死ぬ、そんな気がして荒地を走って走って、頭から勢いよくすっ転んだ。

 三回転はしただろうか、仰向けに投げ出され、僕は今にも自分に食らいつかんとする巨大な牙を見た。嗚呼、ここまでなのか? 目標を果たせず、此処で果ててしまうのか? 覚悟は決めていた筈なのに、無防備の状態で怪獣に襲われる事がここまで恐ろしいとは想像していなかった。下手に動けば、いやもう駄目か……


 「あれ?」


 目を閉じて覚悟を決めて何秒が経っただろうか。僕はまだ自分が喰いちぎられていない事に気がついた。何が起きているのか確認しないとと、薄目を開けたところでとんでもないものが目に飛び込んできた。

 黒く輝く太い腕が怪獣の口に突っ込まれている。思わず僕は上体を起こし振り返った。

 そこには宝石の様に黒く輝くボディの新たな怪獣が堂々と立っていたのだ。


 「LUAAAAA! LUAAAAA! LUAAAAA!」


 黒い怪獣が、まるで歌う様に腹の底から咆哮する。逃げ惑う人々を襲っていた恐竜怪獣達が、硬直したかの様に動きを止めた。それと同時、黒い怪獣の腕に噛み付いていた恐竜怪獣が、顔の穴という穴から血を吹き出して力無く崩れ落ちる。

 ズゥンと腹の底に響く重い音と土埃を立てて、そいつは息絶えていた。その音を合図に、一斉に恐竜怪獣達が逃走を開始するも、黒い怪獣はそれを許さない。肉食獣が狩りをするが如く飛び掛かり、ぶん殴り、噛み付きそのままブンッと振り回し、人がいない方向へブチィッと噛みちぎりながら投げ飛ばしてゆく。冗談の様な光景だった。

 

 更にその後方から、羽毛に包まれた数十メートルサイズの小さめな怪獣の群れが、黒い怪獣を援護する様に飛び出してきた。

 よく見ると、その背にはなんと人が跨っている。


 「こちら、ロメオ隊。先行した大狂獣(ラララ)に追いつきました。目標は既に逃走を試みてる模様、追撃を行います、どうぞ」

 「こちら、シャオ隊。戦闘の被害を受けない様に生存者の保護に取り掛かります、どうぞ」


 羽毛怪獣の群れは自分達より大きい恐竜怪獣に怯まず、小回りの効く身体で駆け回り、噛み付き、引っ掻いては跳びのいて反撃を交わす。

 苛立った恐竜怪獣達が突撃の態勢を取ったところで、横合いから黒い怪獣が飛び掛かり、押さえつけて首筋をゴギリと噛み砕いていく。まさにケダモノだ。

 僕達を恐怖に陥れた恐竜怪獣は、より強い怪獣達によって、あっという間に狩られたのだった。恐竜怪獣が全滅したところで、追加の戦車と装甲車両が到着。羽毛怪獣から降りた軍服の集団と共に、テキパキと死骸の処理と生き残りのケアを行っていく。

 不思議な事だが、ひと段落ついた頃には、いつの間にかあの黒い怪獣の姿は消えていた。


 「大丈夫か? 君も入隊希望の子だな、生きていて良かった。取り敢えず、先ずは車両に乗るんだ」


 ボケーっとその様を見ていた僕に気づいたのか、心配そうな声が掛けられる。

 何も考えずに振り向いたところで、思わず息を飲んだ。先ず目に飛び込んで来たのが、硝子の様に透き通る白髪だったからだ。

 視線を動かすと、ぶかぶかの軍服を着た童顔のお姉さんが、心配そうな目でこちらを見ていることに気がついた。口元に鋭い犬歯が覗いており、褐色の肌も相まって野性味を感じる。


 「おーい、意識あるか? 生きてるよな…… うん、大丈夫みたいだな。あ、そうだ。念の為に、名前を聞いてもいいかな」


 僕が慌てて立ち上がると安心したのか、軍服のお姉さんは微笑んだ。


 「ヒカル・バッツと申します。E5地下街から参りました」


 ふんふんと、手元の資料に目を通していたお姉さんが驚いた顔で僕を見た気がした。


 「そうか…… 兎に角、無事な事に越したことはないな。一足先に、挨拶を済ませておくか」


 バキリと、硬い何かが砕ける音とゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。

 

 「オレは、地球防衛軍東局Team Orphic (対怪獣部隊) Beasts の正規隊員が1人、セリカワだ。ヒカル・バッツ、君が今日という地獄を体験して、尚防衛軍に、TOB(対怪獣部隊)に入りたいという決意が変わらないのならば、喜んで歓迎しよう」


 若干緊張した面持ちでそう言うと軍服のお姉さん、セリカワは僕に手を差し出したのだった。

セリカワの大まかなイメージについては活動報告で


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