□VRRPG『Re-birth 2』
□霊和37年(YE2837年)8月
□本拠地
「……分かってるだろうけど、これが君たちの今誕最後の念転写になるからね」
いつものように天野さんの声が、部屋に流れる。
俺たちも35歳。何度経験しても、念能力が衰えていくのは寂しいものだ。
人生経験は念転写に記録されている範囲で、16年、17年、17年と積み重ね、全部でちょうど丸50年。期間は100年を超えた。
そのうち悟りの境地に達するんじゃ無いかと思っているのだが、先輩の伝説的武士にそんな話をすると、「1000年早い」とか言われて笑われる。
確かに、再誕する都度、時代はガラリと様変わり。別世界に転生したようでワクワクする。一方で年寄り臭いが、例えばこの霊和の時代、若者達のバーチャル技術流行りは如何なものかと危惧を抱く。もっと屋外へ出て、仲間と活動すべきだと思うのだ。
……と俺が良い感じで、ここまでの人生を振り返っているのに。
今回もまた、京がごそごそと左手首のリングをいじっている件。
「天野さん、送ったのです。よろしくなのです」
さもルーチンワークであるかのように、報告する京。
「うん、受け取ったよ。しかし君もめげないよね……」
「当たり前なのです。勝つまで続ければ、勝てるのです」
……それ、全然、良いことを言っていないからな。
「プログラムサイズも、またずいぶんと大きくなったね。頑張ったなあ」
「この時代の恋愛心理学の知見を反映したのです」
……恋愛心理学の知見、だあ?
「京! そういえば今誕はずっと、漫画だとかラノベだとか読んでいたよな。あとゲームも」
「そうなのです。さすが、あなたさま。妻を良く見ているのです」
……もう、そういうムーヴはいいから。
「『ファンタジー・ワールド・オンプラネット』は特に参考になったのです」
……そのネットラノベ、恋愛要素は無いだろ。
「遺憾ながら私も、男が単純に反応して欲望を満たし萎える生物であることを、前誕で体得したのです。そうした体験を踏まえて、今誕は男の理想と欲望を叶えるべく創作された作品群を深層学習したのです」
……それ恋愛心理学と違うからな。
「老良くん、ディープ・ラーニングはエネルギー効率が悪いから、僕はお勧めしないよ。やるにしても今度からは、外部の計算リソースを利用して欲しい」
……天野さん、もっと言ってやれ。
「了解なのです。ともかく、この霊和の時代はあらゆる媒体がデジタル化されていて、捗ったのです。次回作はラッキースケベイベントも、マシマシなのです」
……それ、女の子が口にする言葉ではありません。
「サポートAIも大幅に強化できたのです」
――おお!?
「ちょっと待て!」
あまりに懐かしい奴の話を聞いて、俺は京の話に割り込む。
「あのAIはなんなんだ? あまりゲームの役に立たなかったぞ?!」
この機会に、開発者、兼、中の人にクレームを入れてみる。
「?」
きょとんとする京。どうして?
「何を言っているのです? あれはゲームのサポートAIではないのです。主人公とヒロインの人間関係発展を促すサポートAIなのです」
はい? さいでっかー…… とても京の意図を果たしていたとは思えないけど、黙っていよう。あのAI、ポンコツなところが味だしな。
「――話を続けるのです。これらの学習結果を反映した次回作『Re-birth 2』なら、勝利は約束されたも同然なのです……」
……その熱意、他の活動に使って欲しい。
しかし、『2』では『1』のゲーム体験をどう扱うんだ? 無かったことにはできないだろうに……
「京、『2』をつくるのは良いけど、ゲームと現実が混同する作りはやめてくれ。『現実だと思っていた世界が、実はまだゲームの世界だった』とかいう、映画みたいな展開は許さん」
俺はガチに釘を刺す。そんなの作られたら、『現実に戻ったのに、ゲームと思って行動して大惨事』なんて事態を招きかねん。
「……天野さん、今のプログラムは没にするのです。また差し替えるのです」
……ったく。
「あはは、分かったよ。今回の念転写後も、プログラムの更新はできるからね。……それならついでに、僕も遊べるよう初めから組み込んでくれないかな。久しぶりに擬似的でも身体を動かせて、楽しかったんだよね」
……これは心臓に悪いご発言。天野さんの文明でも念記録のデジタル化は不可能、天野さんは劣化複製状態で、もう二度と素体を操ることは出来ないのだそう。そうなった経緯を俺と京は知っているが、菊は知らない。とてもじゃないが、伝えられない。
「分かったのです。その代わり今度は邪魔せず、私に協力するのです」
――おいっ! 恩人に、何て言い草だ。
「ちゃっかりしてるなあ。少しだけだよ?」
……天野さん、そこは毅然と断ってください。
「まあ何があっても、菊への想いは変わらないけどな……」
京のゲームなんかに、貴重な時間を費やしている場合では無い。そんなことより俺は、菊との最後の絆トークに勤しむのだ。
「ねえ、京、私もゲームに参加できないかしら? なんだか私だけ蚊帳の外でつまらないわ……」
……そして最後も華麗なスルー。つまるとかつまらないとか、そういう問題では無いでしょう。
「なるほど、私たちが先に再誕すれば、代理AI同士ではなく、直接勝負ができるのです」
「うん、念転写後の覚醒処理を後回しにすれば、24時間、寝食無しでゲームを遊べるぞ。念転写装置は倉庫に何台もあるし」
……皆さん、盛り上がってますね。
「天野さん、その処理手順でお願いするのです。それで側室、血の繋がらない姉役と、隣に住む幼なじみ役、どちらにするのです?」
……どうしてその二択が、すぐに出てくるんだ? それにそれ、思いっ切り、俺の記憶を改ざんしてるだろ。
「うふふ、お姉さんになって一緒にお風呂入っちゃおうかしら。そしたら秋なんてイチコロだと思うわ」
……菊って何気にエロトーク、好きだよな。まあでも、勝てないのは認める。精神10代の俺では、外見10代、中身50代のロリババアに誘われたら―― ゴフッ!
(外見30代男性が、壁に叩きつけられる音)
「! その役はプロデューサー権限で私に配役するのです。側室は海外に転校したままの、赤の他人役なのです!」
……士道精神はどこに行った?
「うん、3人とも先に念転写を済ませておこうか。次代へのネタバレを防げる」
……天野さん、すっかり乗り気だなあ。
「うふふ。5代目の私は、この後すぐにゲームが始まるのね。羨ましいわ」
……俺は5代目が気の毒で同情する。頑張れよー。
――□――□――□――
念結晶室。ここに来るのは7回目。
菊の念転写が終わって、今は京に番がまわっている。
天野さんの出身文明でも念食獣が現れ始めた原因は分かっていなかったが、2つの説があったのだそう。1つは空間跳躍による時空震が呼び水になったとする説、もう1つはこの念結晶だとする説。京のような念能力者が天野さんの文明にいたら、研究は随分と捗ったのだろうに。
『いずれにしろ地球の場合、僕達が念食獣を連れ込んだようなものだね』と天野さんは申し訳なさそうに話していたが、『文明が発展すれば、遅かれ早かれ奴らは来襲したと思うけど』とも続けていた。天野さん、地球はもう武士と念食獣のパワーバランスが武士へと傾いて安定期に入ったと見ていて、地球文明の滅亡を未然に防いだと自負しているもよう。真偽の分かる話じゃないけど、危機を脱したという見解には京も同意していた。
……などと思い出していると。
「終わったのです。念転写後の頭痛は慣れないのです」
京が念転写を終え、表情を曇らせながら装置から出てくる。
「ああ、そうだね。みんなと打ち合わせを再開すれば、気も紛れるだろ」
念転写、実行前に念を固定させるのだけど、これが再び通常活動に戻るまでの間は、とても気分が悪くなるのだ。俺もその状態を思い出すと、今から滅入ってくる……
「はい、あなたさま。そうだったのです、すでに側室との戦いは始まっているのです!」
そう言って京は、念結晶室を出て行く。
あはは、急にシャキッと気合いが入った。
……さて俺の番だな。
俺は機器を装着して、念固定の注射を打つ。もうすっかり手慣れたものだ。
『地球はこの銀河界隈では、初めて念食獣を克服した文明かもしれない』とも天野さんは言っていたが、『そのうち君たちには、別の生命種に再誕してもらうかもしれない』と続けられ、俺たちは顔を引きつらせた。
いつか本当にそんな日が来るのだろうか?
YE2837年、正式には第11期2837年。
天野さん達が地球にたどり着いて10万年以上経つが、他宙域へ退避した数多の船団からは、未だ芳しい連絡は無い、のだそう。
『案外すんなりと、慣れるものなんだけどなあ』と、異人種間念転写を実践して人類を導いていた天野さん。でも鳥人仲間は猿人を毛嫌いして試そうともせず、ずっと念結晶に閉じこもっているのだそう。笑っていたが、その声はとても寂しそうだった。
……と、薬が効いてきた。
五感が無くなっていく――
――□――□――□――
「主人が帰って来たのです」
「まだフラフラしているわね。大丈夫?」
念結晶室から戻ると、皆はゲームの企画で盛り上がっていた。
「あなたさま、『2』の大外の世界を、天野さんの母星にするという案が出ているのです」
……はい?
「うふふ、鳥人の皆さんは空を飛べるのですって。楽しそうよね?」
……菊は今でも飛べるようなものでしょう。
「これなら現実とゲームを混同しないかなと思って、提案したんだ」
……それ以前に自分が元々猿人だったのか鳥人だったのか、分からなくなりそうです。
「――どうだろう? ダメかな?」
……これ、絶対にダメとは言えないじゃん。
「いえ、俺も5代目が羨ましくなってきましたよ」
……もはや俺の念転写で実行しなくても、とは思うが、まあ良い、おもちゃにされるのは次の俺だ。
これから何万年、生きるのだろう?
これから何百回、再誕するのだろう?
俺には付き合ってくれる2人がいる。大勢の頼もしい伝説的武士がいる。
こうなった以上は地球だろうが銀河だろうが、念食獣から守ってみせるぜ!
完
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
なお、ここで一旦「完結済」としますが、期間をおいて「後書き」を数話追加する予定です。「後書き」は物語の続きでは無く、本作の執筆を振り返る内容となります。
興味のある方は、ご覧いただけると幸いです。