♠野外演習
♠照和38年(YE2738年)4月
♠信濃県松本市
「……それでは、野外演習の班編制を発表する」
クラスがざわつく。毎度、子供のようだが、今回ばかりは無理もない。負傷者は当たり前、過去には死者も出たことがあるという、念食獣狩りの実地演習。皆が固唾をのむ。
「第1班、1班は丸山と滝沢。引率は私が就く」
いきなり俺の班が判明。しかも丸山さんと一緒だ。男どもの視線が痛い。そりゃ同じ班になるなら――特に男子は、丸山さんがいいと思うに決まっている。
授業が始まって1週間――ゲーム上は抜粋だったが、さまざまな科目を受講し、強くなる方法は分かった。
それは念食獣を倒し、その念体を利用することだ。
……さして目新しいところのない、ゲームらしい方法だった。少し特徴的なのは、自分に近い念質の念食獣を狩ったほうが、成長効率が良いらしい。
念食獣は、この地球以外のどこからか侵入してきた念体が、動物を乗っ取り、体組織を変化させた存在だ。――異説も多いそうだが、大和国武士団はこう主張している。武士は、その念体を利用して、念能力を向上させられるのだ。
利用の仕方には、倒した念食獣の念体を吸収するか、従属させるかの2つの方法があり、後者は念食獣より念能力が高いと可能になる。前者の場合は更に、吸収する先を、自分自身か、従属させている念体か、選べるのだそう。
……先生の説明、俺は今ひとつ理解できなくて質問したのだが、「経験すれば分かる」と体育会系の答えが返ってきただけだった。そして、どれだけ潜在能力を備えていても念体を吸わないと強くなれないし、潜在能力が無いといくら吸ってもそれ以上はほとんど伸びないのだそう。
俺の潜在能力が低いなんてことはゲーム的にあり得ないと思うが、こと、このゲームでは不安がよぎる。ソロバンAIを呼び出して聞きたいところだが、アイツは俺と丸山さんとの愛の育みに、チャチャを入れてくるだけなんだよなあ。
――♠――♠――♠――
「中村先生、遅いわね。時間に厳しいお方なのに……」
と、体操服に更に上着を重ねた丸山さん。野外演習初日の朝、今、俺と丸山さんは学校の裏山に続く小道にいる。4月だが、まだまだ寒い。
演習は広大な学校の裏山で、3日間に渡って行われる。
念食獣の出現頻度は動物の多いところで高く、出現したては弱いと、授業では言っていた。この裏山では、野生動物の繁殖を促して念食獣を発生しやすくする一方、強くなりすぎた念食獣を定期的に狩ることで、士道高校生に適した狩り場を維持しているのだそうだ。
他の班はすべて出発し、残ったのは俺と丸山さんの2人だけ。「2人だけのほうが歓迎だぜっ」といきたいのだが、今の俺では丸山さんを守れない。なまじゲームがリアルなだけに、大胆な行動を取るのは躊躇する。
……と、意外な方がこちらに向かってきた。
「遅れてすまない。他の班とは顔を合わせづらくてな。時間をずらせてもらった」
そう言って現れたのは、なんと小松校長だった。
「中村先生に何かあったんですか?」
「いや、学校で私の代わりに留守番だ。最初から私が指導するつもりだったのだが、公にはしたくなくてな」
「どうしてまた、そんなことを?」
小松校長、照和時代の先生なのに気さくなので、遠慮なく聞いてみる。
「この物騒なご時世、生徒にはできるかぎり強くなってもらいたい。ただ生徒の中には、中村先生でも持て余す潜在能力を秘めたものもいる。そこで私が来た、というわけだ」
ふむふむ、丸山さんはそこまで優秀なのか……
そうして、小松校長、俺、丸山さんの順に隊列を組んで裏山に入る。今の時点でも、丸山さんのほうが強いらしい。……これは凹む。
山道をひたすら歩く。あの念食獣を一斬りにした校長についていくのは、かなり厳しい。「ああ、悪い。早く最初の念食獣を倒さないとな」とか校長は言っているが、それで強くなるのがどうにもピンとこない。
そうして……
「ふん、やっとお出ましか。小型の念食獣2頭、おあつらえ向きだ。私が弱らせるから、それぞれとどめを刺せ」
武器は無い。直接、殴るなり、蹴るなりして、倒せということだ。できるだろうか……
「武具召喚……」
小松校長の手に青白い棒状の何かが握られる。入学試験のときの刀より、数段非力な武具だ。威力を加減しているのだろう。
「よしっ」
そう気合いを入れて、小松校長が念食獣に向かう。
棒を振り抜くこと2回。わざとらしく見えるほど、あっけなく。小型犬のような念食獣は地に倒れて、もがき始めた。
「はっ!」
丸山さんがためらいもなく、横たわる獣に向け、拳を打つ。
美しく凜々しいが、ちょっと引くかも。
とは言っても俺もこれ以上、後れを取ってはいられない。蹴りを入れるつもりだったが、俺も殴る。
……土の塊のよう。
生き物のようなぐにゃっとした感触ではなく、少しだけ弾力を感じさせた念食獣は、スッと消えていった。
その瞬間――
「どうだ、力がみなぎったか?」
これは想像以上。強くなったのが実感できる。まるでゲームのよう。……そういえばゲームだった。
思わず、その場でジャンプすると。
軽く跳んだつもりが、思ったよりずっと高くに飛び上がる。
「はあっ!」
丸山さんは、というと。
左右の突きを繰り出すや、すぐさま左足を軸にして華麗に回し蹴りをかたどる。
疾い!
アレを食らったら、大男でも一撃で倒れるだろう。
「2人とも結構。最初のうちは相対的に身体能力の向上幅が大きいから、そうやって新たな能力になれるように」
「はい!」「はい!」
「あと、靴底を念で守ることを意識しろ。怠るとすぐに靴が破れるぞ」
「はい!」「はい!」
これほど成長を実感できると、校長の指示にも素直に返事ができる。「靴底を念で……」とか指導されても、どうすれば良いのか分かっていないが。それより何より、とても嬉しそうな丸山さんが、俺には目映くて気分が上がるのだ。
「じゃあ、次を探すぞ!」
校長はそんな俺のニヤけ顔に気づいたはずだが、そう言って木々の中へと走っていった。
――♠――♠――♠――
演習はその後も、念食獣が現れると校長が弱らせ、俺と丸山さんがとどめを刺す、の繰り返し。
なお念食獣が1匹のときは、丸山さんが優先だった。丸山さんのほうが伸びしろが大きい、というのが理由だ。俺に不服は無い。丸山さんの笑顔が見られるなら、全部譲っても良いくらいだ。
残念だったのは夜。森の中で野宿となるのだが、校長も一緒では何もイベントは期待できない。ゲーム上でも寝ると、すぐに朝を迎えた。
そんな、淡々と終わった、と表現したくなる3日間の野外演習。今日はその後の、初登校なのだが……
教室は包帯を巻いた奴がちらほら。俺や丸山さんのように無傷な者は、半数もいないよう。身体の痛みを、どこか誇らしげに語り合っている。しかし、そうした一方で――
まだ顔も名前もおぼろげな3人の同級生が消えていた。あの、おじいさんの念能力を確認していた▅▇█もその1人、どこかムードメーカーだっただけに寂しい。3人とも命に別状はないが、武士を目指すには致命的な怪我を負ったとのこと。士道高校は退学、このあとはどういう人生を歩むのだろう。念能力に恵まれたのなら念食獣と立ち向かうが、大和魂。小さな町の自警団の一員としてでも、戦い続けるとは思うが……
もし俺が退学になったら、冬子は働きに出されるか、あるいは嫁に行かせられてしまう。
そんなことには、絶対にさせない。
……っと、ゲームの話なのに熱くなってしまった。
そういえばリアルの世界で、家族と話していないや。俺の状況は伝わっていると思うけど、連絡しておかなくっちゃ……