□楽勝
「まずはコイツを壁から引きずり出す。か……」
この戦い、基本的には佐脇の指示に従う方針になっているが。それは、大蛇が30年前から大きく変化していないことが大前提だ。
外部から念食獣は侵入していないはずだが、エウローペー地域にいた西洋竜のように、異次元からの念体を吸収しているかもしれない。かの念食獣のような個体は他に発見されていないそうだが、その可能性については荒木さんも佐脇も想定はしていた。
「2刀召喚!」
菊が2刀だけ召喚。大蛇の側面らしき部位に接近して、2刀流で斬り込みを始める。
1撃、2撃――
これはいけるか?
空洞に響く斬撃の音。
刀が付けた傷口は治癒されていくが追いついてはおらず、次第に深くなっていく。
ただ周囲の岩盤が邪魔なのか、菊も思うように斬りつけられないでいるようだ。周りの壁を削るべきか?
「来るぞ!」
と、佐脇の警告が飛ぶ。
壁の一部が崩れ、何かが菊の刀を振り払おうとする。大蛇の尾か?
しかしそんな小手先の反撃、菊には通用しない。
尾の先端部分に攻撃を集中させる菊。尾の動きが激しくなるが、菊の正確な攻撃から逃れることはできない。
そして――
「よしっ!」
俺は思わず声を上げる。
1メートル程度だが、尾が切り落ち、消滅していく。
空洞の震動が激しくなり、壁の一画がどんどん崩れていく。
ただこの空洞自体が崩落する恐れは無い。大蛇が埋もれている壁面を除いて、強化コーティングが施されているからだ。荒木さん、佐脇とも詳細は把握していないようだったが、おそらく天野さん出身文明のオーバーテクノロジーが使用されている。
「全長26メートル、2メートル増えているのです。そして……」
佐脇は、大蛇の体長を24メートルと言っていた。それなら少しだけ成長して、――いや逆だ、かなり成長を抑制できている。しかし誰が京のように、念食獣のサイズを正確に測定できるというのか。30年前の24メートルという数値は、参考程度にすべきだろう。
ん? 30年前って、京のゲーム開発が止まった時期と重なるのか?
――いかん、そんなことより。
「首を修復するどころか、増やしやがったか……」
佐脇がうめいている。
大蛇は二首という話だった。
――しかしこいつは、三つ首ある!
――□――□――□――
「従魔召喚!」
俺の周囲に20羽の鳩が、飛び現れる。
情けない。
念体はもっと従えているのだが、一度に操れる数はこれが限界――
「行け!」
大蛇に向かう鳩の群れ。
それに伴い菊が下がり、京が代わって正面を陣取る。
最大念信を使えないので、大蛇の動きを、京は直接観察しなければならない。
――速い!
――む?
――なんだ?
この大蛇には、鳥蛇や西洋竜のような、羽根や足は無い。蛇そのものの鱗に覆われた胴体と尾をして、首は正面から見ると2つに割れている。もう1つの首はそれら2つの間にあるのだが、付け根は前からは見えない。背中から生えているのだ。これが新たに増えた首なのだろう。そして各頭には、特徴的な一本角を生やしている。
大蛇は、首を時にはあり得ない角度に振り回しながら、口の牙と一本角を使って攻撃をしてくる。
「1本ずつ動いて、右のだけ速いのです」
1本ずつという京の表現には、補足がいるだろう。意志を持っているのは常に1本だけのように見えるのだ。残り2本は、その1本に連なっているだけ。
ただ京の言うとおり、右の首の動きが異様に素早い。
「はは…… 本質は30年前と変わらん。三つ首同時に活動しているようでいて、全力で操れるのは一首だけなんだ、コイツは」
偉そうに語り出す佐脇だが、笑う場面じゃ無いぞ。
お前には分からんだろうが、コイツは一首だけでも、あの鳥蛇より強い……
「ならば……」
佐脇が語りを続けている間に、鳩が全滅する。
再度、鳩を召喚して、威力偵察を継続。京の補助も無いので、こんな基本技すら今の俺にはキツい。
大蛇の首の高さは10メートル以上。見上げるだけでも、疲れてくる。
ったく、人の苦労も知らずに……
「それぞれ異なる念能力を備えたAレベルの念食獣が、順番に3頭出てくるだけ。同時に3頭なら勝ち目は無いが、1頭ずつだ」
む? 佐脇もコイツの強さを分かっているのか……
しかし気楽に言ってくれる。俺たちは――俺は全盛期の力を出せないんだ。
くそ……
「勝てる! この4人なら十分に勝てる。こいつの念能力は初見なら必殺となり得るが、そのうち2つは俺が知っている!」
なら、それを早く教えろっつーの。
――ってか、未知の必殺念能力が1つあるなら、1人は死ぬってことじゃないのか?
「あなたさま、もういいのです」
2群目の鳩たちも残り数羽というところで、京からの指示。
「3刀召喚!」
その京との情報交換を終えたのだろう、菊もいよいよ全開戦闘に入る。
そこに――
「菊、3刀はダメだ!」
指示を出す佐脇。
菊の名前を呼び捨て、だとう?
「まずは右の首を、1刀で直接斬れ! それと念体を踏み台にする技は無しだ。やむ得ず使う場合は、最小限の動きの切り替えだけに止めろ!」
「分かりました!」
――なっ、何を言ってんだ、コイツ?
それじゃあ、菊はただの剣聖、いや剣王だ。あの動きの速い首を相手に、無事では済まんぞ!?
菊も菊だ。どうしてそんな理不尽な指示に従う?
「京は防御重視で牽制しろ。できるだけ奴の首を地面に引きつけ、菊の負担を軽くするんだ!」
「はい、なのです!」
京もか?
Aレベルの念食獣を1人で引き受けるなんて、長期戦で取る戦術じゃあ無い。3連戦なのを忘れているんじゃないか?
我慢できん!
「従魔召喚!」
そうは言っても、俺にできるのは鳩で牽制することだけ。
京の負担を軽くしてやるのがせいぜいだ――
「滝沢、余計なマネをするな! お前はまだ役に立たない」
俺と同様、大空洞の入り口に控えた佐脇が、偉そうに指示を飛ばして来やがる。
……コイツ、こんな能なしだから、仲間が全滅したんじゃないのか?
「はあー!」
菊の気合いが、大空洞に響く。
京の牽制によって、大蛇の右首は下がっているが、まだ3階建てくらいの高さはある。
どうするんだ―― えっ?
地面についた胴まで走る菊。
その胴を経由して、一気に右首を駆け上がる。
振り落とそうと蠢く大蛇に追随する、冗談のような身体能力。バランス感覚も半端ない。
そうして頭に到達すると、刀を一点に集中して斬り続ける。
「――こいつ、遅くなったのです?!」
先に大蛇の気を引いていた京の攻めが、大胆になる。
首が襲いかかってくる瞬間を逃さず、確実に斬り返している。
京の言うとおり、右首の反応が、他の首と同程度に落ちている?
……
……
永遠のように感じた2時間。
ついに一首目の動きが止まる。
「やはり一首目は楽勝だったな……」
呟く、佐脇。
なにをふざけていやがる。我慢できん!
「あれのどこが?!」
俺は佐脇の胸ぐらを掴んで、怒鳴りつける。
今、京と菊は、俺の鳩が大蛇の気を引いている間に、距離を取って息を整えているが。
制服はボロボロ、その全身は、血だらけ、痣だらけだ。
「2人とも四肢が健在じゃないか。30年前、この時点で剣聖は左肘から先、大軍師は右膝から先が、無かったんだぞ」
――なに?
こいつの仲間も、剣聖と大軍師?
「次は、……どうする、……のです?」
こんな俺と佐脇を見かねたか。
まだ肩での息も激しい京から、声がかかる。
「くそっ!」
俺は佐脇を突き放す。
俺よりも念深が浅く、先から、されるがまま。
佐脇は地面を転がり、服を叩きながらよろよろと立ち上がる。
――俺はこんな弱い奴を責めて、何をやっているんだ?
「次は左の首だ。そいつは最後に特殊能力を使う。それまでは気にせず攻めろ。それから菊! もう3刀を使用していいぞ。空中跳躍も解禁だ」
「分かったのです!」
「了解です!」
京と菊に指示を出し終えた佐脇が、俺に振り返る。
「お前も念信を張れ。そんなのでも、少しは2人の支えになるんだろ?」
……いちいち煽りやがって。
ムカつくが、今はそれどころではない。
「従魔召喚!」
俺は鳩2羽を召喚し、菊と京の下へと飛ばした。