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□無愛想な男

□霊和20年(YE2820年)6月

□甲斐県(にら)(さき)


「しばらく大和国とはお別れになるのかしら……」

「大和国も、外国のようなものなのです」

 甲斐県の武士専用空港。前誕から60年、最後の念転写から45年が経って、建物も改築されていた。

 京が言うことはもっとも。もう俺たちの最初の人生をともにした人々は、生存していない。冬子も80歳で永眠していた。以前()(れい)()公園で会った姪も、今では介護施設に入所しているもよう。孫までいるようだが、そこまでくると親族というには遠い(あいだ)(がら)だ。

 1回目と2回目を加えると30年以上の人生になるが、その半分近くは海外生活。大和国が母国という感覚はあるが、人々も風景も生活習慣も変わっていて、どこか外国のように感じてしまう。


「……ねえ、京、ダンマルク国の状況は確認した?」

「もちろんなのです。天野さんにもお礼を言ったのです」

「お、どうなったんだ?」

 暗い話題を(たく)みに切り替える菊の気遣いは、相変わらず。俺は知らないので、2人にその後の話を聞いてみた。この霊和の時代にはワールドネットワークが普及していて、こんな簡単に調べられることを質問すると、世間では「ワルれ、カス!」と(ののし)られるらしいが……


 平聖後半――俺たちの最終念転送から程なくして、大和国は、ダンマルク国とストッコルム王国への技術支援、経済支援を開始した。引き換え条件は、両国の間、北地中海とアトラス大海を結ぶ海峡の国際水路化。大和国の外交交渉は、北地中海沿岸諸国に(かっ)(さい)を持って歓迎された。その後、両国は順調に発展を遂げ、ダンマルク国の武士の待遇も改善されていく。

 こうしてダンマルク国が、大和国に大きく依存し始めた頃。大和国は突如、ダンマルク国に対して独立を主張していたハウペール島政府と、国交を樹立。これにフチテー帝国を始めとした北地中海各国も追随。現在ではハウペール島にフチテー帝国の軍艦が寄港するようにまでなり、ダンマルク国はまだ独立を認めていないが、完全に手を出せない状況になっている。


 ……なるほど。ダンマルク国の対処については、政府を倒すわけにも行かず、どうやれば良いのだろうと思っていたけど、結構えげつないことをしていた。俺も念食獣退治は極めたつもりだが、こういう仕事は何誕しようともできそうにない。


 そんな情報交換で、時間を過ごし。

 平聖時代より小型高性能になった武士専用機で、俺たちはフチテー大陸の中央南に位置するヴェーダ連邦共和国へと飛び立った。



□霊和20年(YE2820年)6月

□ヴェーダ連邦共和国


「このあたりの戦線を統括している、(あれ)()(ぐん)(さん)()(ゆう)だ。俺も伝説的武士レジェンダリィ・サムライと組むのは久しぶりだ。仲良くやろうぜ」

 小さな町――というか農村に建てられた5階建ての簡易ビル。当初は長期に使われると想定されていなかったのだろう、一時しのぎの増築が繰り返されたようす、そこかしこに補修された跡が残っている。そんなビルの最上階の部屋で、俺たちは話を聞いていた。

 なお荒木さんの経歴は、事前に天野さんから簡単には聞かされている。二千年前に大活躍して伝説的武士レジェンダリィ・サムライになり、すでに(とう)(まり)の再誕を重ねている大先輩、世界史の教科書にも載っている大将軍である。

 裏表の無い人柄で豪胆そうに見えるのは、素体による外観だけではなく、荒木さんの性格そのものがにじみ出ているからであろう。


「お前たち3人には、洞窟にこもっている念食獣、通称『大蛇(おろち)』を()ってもらう。こいつは悔しいが、俺の力では倒せん」

 スクリーンには、薄明るい洞窟の中で(うごめ)く、巨大な念食獣の一部が映し出されていた。これはライブ映像なのだそう。身体の大半を土壁に埋もらせて、もう何十年もこうしているらしい。

 大将軍である荒木さんの特徴は、俺と違って念信では無く、従魔。念深こそEだが、念幅は最高峰のXで、同時に扱える従魔数の上限は不明。限界に到達する前に、加齢による念能力の衰えを迎えるので、分からないんだと笑っていた。

 本人が残念がっている通り、そうした荒木さんの念能力は、大物狩りには不向きだろう。その代わり小国であれば、念食獣パトロールのローテーション半分を、1人で受け持ててしまうのではないだろうか?


「……何、お前たちだけで『大蛇(おろち)』を倒せって話じゃない。ある男に協力してもらう」

 荒木さんはそう言って部屋を出ると、1人の年配の男を連れて戻ってきた。


 顔と半袖からのぞく左腕に、大きな傷。

 治癒しなかったのか、それとも武士になる前に(きず)を負ったのか? 歴戦の武士といった()(ぜい)だが、とっくにピークを越えていそう。こんな歳で武士を続けられるものなのか?


()(わき)だ。俺がお前たちをアイツに案内する」

 俺たちが本名で――荒木さんに偽名は不要と言われた――自己紹介をすると。

 無愛想、最低限の挨拶が返ってくる。

 俺たちを歓迎していないのか?


「佐脇くんは30年ほど前に、大蛇(おろち)に致命傷を負わせた武士隊の、唯一の生存者だ」

 言葉が足りないと思ったのだろう、補足を加える荒木さん。

 でも30年前というのは……


 大和国武士の海外遠征は、最近は18歳から。今の話からすると、佐脇さんは若く見積もっても50歳手前。武士史を紐解けば40歳を過ぎても活躍した人はいるだろうけど、武士数百万人に1人とか、とんでもなくレアなはずだ。

 初対面で言いづらいけど、ここははっきり言わないと……


「そうおっしゃいますが、もう相当のお年齢(とし)ですよね。『大蛇(おろち)』のような強敵からこの方をかばいながら戦うのは、俺たちでも困難です」

 俺は目を()らさず、荒木さんに訴える。


「話は分かるが、強い念食獣ほど、対戦経験は重要だ。俺は佐脇くんの全盛期を直接は知らないが、前任の大将軍、(さか)(がみ)くんから、大蛇(おろち)の攻略には必須だと引き継ぎを受けている。俺は坂上の判断を信用するぜ」

 力強く言う荒木さん。……だけどやっぱ、そうだよな。荒木さんが30年前の戦いを直接把握しているわけが無い。そして前任の大将軍だという坂上さん。きっと『Re-birth』で不動産屋を演じていた坂上さんだろう。やはり伝説的武士レジェンダリィ・サムライだったのか。あの人の話なら、俺も信じたいが……


「ふん、俺自身の能力はそこらの武士レベルに落ちぶれてしまったが、俺にはこれがある。武具召喚……」

 俺が()(ぜん)としていると、佐脇さんが突然、武具を召喚する。

 これは……


 まばゆい光を放つ、青白い刀。

 念質は風系、それとも水系か?

 ただの武士が持てるようなレベルの武具では無い……


「見て分かるだろうが、こいつはAレベル。おそらく現在、世界中でもっとも強力な武具だ」

 どこか誇らしそうな表情で、武具を見つめる佐脇さん。

 ってことは、全盛期は念深Xの剣聖? 荒木さんは佐脇さんのほうが年上なのに「くん」呼びしているし、俺たちの本名にも驚かないし、伝説的武士レジェンダリィ・サムライなのは間違いない。

 ……いや、仲間が他界しているなら、譲渡されている可能性もあるのか。その持ち主と念体との絶対的な主従関係、持ち主と佐脇さんとの絶対的な信頼関係、武具と佐脇さんとの念質の同一性、――どの条件もかなり厳しいが、全てが揃えば可能は可能だ。


「凄いです。これほどの武具――念食獣を従えるなんて、大変な実力をお持ちでしたのね」

 菊ならこの武具の真価を見極められる。本当にAレベルの念体のようだ。


「なに、俺の仲間の形見だ……」

 そう言って佐脇さんは菊に、柔らかな、しかし哀しげな()みを浮かべる。

 ……そんな表情もできるんだな。ってか、ただのスケベ(おや)()


「俺自身は何もしていない」

 が、その笑みも一瞬。なぜか俺をにらみつけてくる。

 喧嘩を売っているのか?

 偉そうに言っていたが、今の台詞(せりふ)はずいぶんと情けないぞ。

 ――こいつは、スケベ確定だ。


「武具がAレベルであることは分かったのです。ですが念能力も確認しておきたいのです」

 にらみ合う俺とスケベ(おや)()に割って入り、淡々とつっこむ京。

 いいぞ、京。

 このいけ好かないスケベ親父の、本性を暴いてやれ!


「それはそうだな」

 反論も無く、あっさり。

 スケベ親父は、京に右手を差し出す。

 ()(げん)な顔をしながら、その手を握る京。

 さて、どうなるか。


「――えっ、そんな!?」

 ん? あれ?

「で、では、仲間というのは……」

 何が分かったんだ? こんなに取り乱す京は、見たことがない……


「もういいかな、お嬢さん?」

 そう言って手を離す、スケベ親父。

 菊に向けたのと同様、哀しげなスケベ笑いを浮かべている。

「はい、ありがとう、なのです。……お仲間は、……お仲間はしっかりと戦ったのです?」

 そう言う京の目から、涙がこぼれ出す。鼻水もすすり出る。


「それはもちろん。こんな俺を最後まで守ってくれたよ。……さあ、もう泣かないで」

 似合わぬハンカチを取り出し、京の目元を(ぬぐ)うスケベ親父。

 何なんだコイツ? 会ったそばから、馴れ馴れしい……


「それは……無理なのです……」

 しかし佐脇にされるがままに、むせび続ける京。ぐぬぬ……

 あ、他人のハンカチで鼻をかみやがった。


 ……あれ?

 そういえば、どうして佐脇は手を差し出した? 京の能力を知っていたのか?


「さて、これで良いかな? 俺もしばらくは、君たちの念体強化に付き合う。大和国と違って、ヴェーダならあっという間に強化できるぜ」

 荒木さんはそう言って、この気まずくなった場を締めくくってくれた。


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