■返却
■霊和20年(YE2820年)5月
■甲斐県国府市
「こんにちはー、お邪魔しまーす」
VRヘッドギアをウエットティッシュで清掃して箱に詰め、1階の坂上不動産を訪問する。
「おっ、こんにちは」
「やあ、待っていたよ」
いつものように暇そうな坂上さんと天野さんが、1組しかないソファーセットで歓談をしていた。……「待っていた」って、天野さんは俺が来ることを分かっていたのか?
「お茶を煎れるよ」
そう言って立ち上がり、俺に席を譲る坂上さん。「失礼します」と俺はVRヘッドギアの箱をテーブルに置いて、天野さんに向かい合う形でソファに座る。
「相変わらず、暇そうですね」
もう俺も、天野さんにも遠慮は無い。ゲーム内の天野さんと混同してはいけないのだろうけど、この人、見かけによらず神経は図太い。
「はは、これでも世界情勢を憂えていたのだけどね」
リモコンを手に取り、テレビの電源を落とす天野さん。
2人が見ていたのはニュース番組のもよう。ヴェーダ連邦に巣くう念食獣の特番だ。『武士物語』で小松校長も所属していた武士隊が取り逃がして、フチテー大陸に移動したって奴か。……って、それじゃあ80年近くも生きていることになる。VR体験が生々しすぎて、どうにもゲームと現実を混同してしまうなあ。
「そろそろ仕留めないと、誰の手にも負えなくなりかねないんだが、難しくってね」
お盆を持った坂上さんが表情を曇らせて戻ってくる。そういえば、不動産屋で念食獣の話をするのは初めてか。どこか2人とも当事者のような話っぷり……
「まあこの話は、後でコイツに聞いてくれ。で、それを返しに来たんだよな?」
緑茶を俺に手渡して、話題を変える坂上さん。うん? 坂上さんって『武士物語』には登場していないよな。
「……はい、どうもありがとうございました。『Re-birth』、とても面白かったです」
ほど良い温度に、渋い味わい。やはりリアルな飲み物はひと味違う。
「最後まで終わっていないのに?」
「おいっ!?」
天野さんの一言に、坂上さんが慌てたように突っ込む。それは俺も同じだ。どうしてそれを、知っている?
「はは、もう良いよ。ここまで付き合ってくれて、ありがとう。僕1人だとこの世界を回すのは不安があったから、ずいぶんと助かった」
天野さんの言葉はいつも謎めいているけど、これはどういうことだろう?
「そうかい、俺にも他人事じゃないし、悔いもほんの少しは晴れたかな。……と言っても、これは念結晶には残らないのか」
「そうだね。そこは申し訳ない」
俺を置いてきぼりにして、話を進める坂上さんと天野さん。坂上さんは伝説的武士なのか? というか、伝説的武士は実在するの? ライトノベルじゃ、あるまいし……
坂上さんは俺に、少し寂しげな表情を向けて言う。
「これまで別の君と話ができて楽しかったよ。……あと少しだから、最後までゲームに付き合ってあげて欲しい。俺も彼女の想いを、かなえてやりたいんだ」
そして――
暗転する視界。聞こえなくなる街の喧騒。ソファーの柔らかな感触も消失する。
――これはVRゲームの起動シーケンス。
どうして?
俺はVRヘッドギアを、装着していないのに!




