♠手紙
♠照和38年(YE2738年)4月
♠信濃県松本市
あれ? ここ、男子寮だ?
リアル世界で一休憩してVRゲームを再開したら、俺は寮の前の、緩やかな坂を上っていた。この場所に場面転換するのは珍しい。
陽は西に傾き、夕暮れ時。4月だから、そこそこ遅い時刻。もう寮に入るしかないだろう。部屋に戻っても暇だと思うけど……
「滝沢くん、手紙が来ているよー」
出入り口を通り過ぎようとしたら、年配の方から声をかけられる。寮の管理人さんだっけ。
俺は「ありがとうございます」と封筒を受け取り、その裏を見る。差出人には「滝沢冬子」とあった。
……なぜだか、言いようもない郷愁に胸を締め付けられ。
俺は2階へと、階段を駆け上がる。
――♠――♠――♠――
『秋にいへ
お元気ですか。冬子は元気です。はじめての、お手紙を書きます』
……たどたどしい、大きな字。
俺は……、俺はどうして、こんな重要なことを忘れているのだろう。
俺には大切な妹がいた。俺が今、高1なら、冬子は小6……
『秋にいが高校にはいったから、ごはんをたくさん食べれるようになりました』
そう、士道高校は学費が無料どころか、給料が支給される。支度金も出た。
うちは6人家族、俺は4人兄妹、男男男女の上から3番目。本当は5人兄妹だが、2番目の兄は、俺が生まれる前に病死したと聞いている。
男3人と違って冬子は父母から疎んじられており。俺は食事もろくに与えられない冬子に、隠れてごはんを分けながら、暮らしていたのだ。
『でも秋にいと、お話しできないのがさみしいです。でも秋にいはおさむらいになるようがんばっているので、冬子もがまんします』
冬子とは、いつも話をしていたな。元気づけているうちに俺はおちゃらけグセがついてしまったが、一片の悔いもない。
『ついしん 秋にいが買ってくれた万年筆で書きました』
だめだ、ゲームなのに泣けてくる。
……あれ、このとき高1と小6なら、今は何歳なんだ?
どうして俺が今、大学1年?
記憶が混線する。
気づくとゲームの舞台が、いつの間にか教室へと移っていた。