♥それは少女が夢見た一年
♥霊和18年(YE2818年)3月
♥信濃県松本市
西洋竜との一戦が終わると。
ゲームの進行がとてもザックリになった。シナリオの区切りが付く都度にゲーム内ゲームの『武士物語』世界は1~2年が過ぎ、この『Re-birth』世界、霊和時代も1ヶ月は進む。
『武士物語』で歳を取るにつれ、『Re-birth』の一文字さんと老良さんが幼く見えてくるのだけど、俺の身体も若いためか背徳感は無い。両世界での俺の年齢に応じて、見え方、感じ方が切り替わるみたい。面白いもんだ。
今は『武士物語』はフリーシナリオに入って17年が経過して、そろそろ引退を迎えようとしており、『Re-birth』はゲーム内で1年経って3月、来月には2年に進級しようかという時期に差し掛かっていた。
前者『武士物語』は、結局のところ、敵は1年目に遭遇した西洋竜がピークだった。
念結晶も西洋竜戦後は、採取する機会無し。あれは天野さんにとっても初めての事例だったらしい。本拠地の念結晶は、廃墟ならぬ廃星間文明から採掘されたものなのだそう。山のように見つかっていて、生命体の思念の保存に使えることが分かった際には、天野さんの出身文明は「擬似的な永遠の命を手に入れた」と沸き立ったのだとか。……このゲーム、ところどころでぶっ飛んだ設定が現れて、どうにも俺にはついて行けない。
その後は俺たち自身の成長も鈍化し、30歳手前で念能力のピークを越え、以降は衰えが始まった。俺も「大将軍」はとっくの昔に返上し、もう「将軍」を名乗るのも気恥ずかしい。能力値が劣化するRPGってどうよ、とは思うが、一方でリアルの――プレイヤースキル的な経験は蓄積されるので、念能力に頼るだけではない戦い方ができるようにはなっていた。
また世界各地を自由に巡れるのは楽しい。あの因縁のアメリ合衆国も、武士を一方的に使役する制度がなくなり、何回か訪問を果たしている。そして何より、天野さんに特別許可をもらって、老いたウジイエに正体を明かせたのが痛快だった。めちゃくちゃ泣かれて、菊と京からはこういうことを楽しむものでは無いと、たしなめられたが。なお例の件については、「私は妻たちより念深が深かったので、特に苦労は……」と、哀れむような目を向けられて終わった。ぐやぢい。
で、後者。
『Re-birth』世界は、自由度があるようで無い。某マスコットと某自称ヒロインに引っかき回されっぱなし。
頭が痛くなるんだが、思い返してみると……
――♥――♥――♥――
4月……
この霊和の時代にも士道野外演習は実施されていたが、老良さんと組んで、あっという間に大将軍にまで成長してしまった。あまりに大味なバランスなのでサポートAIにクレームを付けたら、『ラブコメゲームに戦闘は不要なのです。戦闘は「武士物語」で十分なのです』と言い返された。確かにそれは、そうなんだけど……
5月……
球技大会が予定されていて、テニス男女混合ダブルスのクラス代表に選ばれていた。組むのは老良さんである。何度か放課後に一緒に練習して迎えた大会の日。士道高校は1学年1クラスなので、試合は2年生、3年生の代表との総当たりだったが、あっさり優勝した。念深Bレベルの老良さんの力と技に対抗できる先輩はいない。俺はおまけみたいな感じだったが、それでも勝つのは気持ちいい。
また、全国士道大会に向けての学校選抜もあったようなんだけど、特級武士は参加できないという。全国大会に再挑戦したかったんだけどなあ。
逆に9月に卒業させられるのかと懸念したら、そんな照和のような状況は脱しているらしい。世界的に科学の進歩により生活水準が向上して人口が増加、各国の武士密度も上がって、高校生が戦地に赴くような時代は終わっていた。とても良いことだ。
6月……
修学旅行があったが、行き先は地味に御野県。
ロープウェイで山に登ったり、合掌造りの家を見て回ったり、滝を眺めたり。
普通に回れば退屈だったと思うが、老良さんが張り切って案内をしてくれたおかげで、思いのほか楽しめた。
そういえば『武士物語』では、老良さんは御野県代表だったっけ。御野の名家の一員、そのままだと親が見繕ってくる男と結婚させられるところを、上級武士以上の念幅を秘めた俺と、運命の出会いを果たしたって話だったな。……とても昔に感じる。
7月……
いきなり老良さんに「海に行くのです」と言われ。連れて行かれた先はなんと、エーゲ海はカリステー島。『武士物語』でも訪問した観光名所だ。
そしてこのイベントは一文字さんも一緒だった。サポートAI曰く『「武士物語」では7月にあなたさまと運命の出会いをしたので、「Re-birth」では今月から情けをかけてやるのです』なのだとか。加えて『それが士道精神なのです。独占するのではなく、勝つのです』とか、なんとか。どこで何と戦っているのだろう?
体験的には2度目のカリステー島だが、前回の照和なワンピースではなく、今回は2人とも霊和なビキニ。特に老良さんは凶悪で、己を律するのが大変だった。すでに『武士物語』でその中身を知っているのに、――いや知っているからこそ、大変さが極まるのである。
8月……
場面はいきなり月夜。学校の裏山で、男女学生寮が合同主催の肝試し。男女ペアで、折り返し地点のお菓子を持って帰るという、たわいないイベント。これまたなぜか、老良さんと一文字さんとで2回参加することになっていた。
2人とも特級武士、怖いものなどいるはずもないのに、「きゃあ」とかぎゅうぎゅうしがみ付いてきて、柔らかい。老良さんが「夏は圧倒的にアドバンテージがあるのです」と言っていたが、それには俺も異議は無かった。
9月……
ゲームを開始するとまたしても夜。学校の裏山のちょっとした空き地の真ん中に木々が組まれ、炎高く燃やされている。キャンプファイヤーだ。
修学旅行と林間学校って、異なる学年の行事なんじゃないかな。……あれ? 自分がどうだったのか、思い出せない。
野営なんて『武士物語』で何回もやっているのにと思ったが、キャンプファイヤーは経験がない。どういうローテーションなのか、老良さんと一文字さんとで代わる代わるにフォークダンスを楽しんだ。
10月……
爽やかな秋の青空の下、3人4脚にエントリーされた運動会の昼休み。最後の調整だとかなんとかで、気づくと、右に一文字さん、左に老良さんと肩を組んでいた。足首は両方とも2人の足首に、ほどよいきつさに、ヒモで結ばれている。
そして体操服がブルマ。平聖末期に絶滅したと、なぜか俺の頭に深く刻まれている。いつものごとくサポートAIを呼び出して聞いてみると、『照和にバレーボールブームが起こったのです。女子学生の憧れだったのです。はいてみたかったのです。文句があるのです?』と言われてしまった。滅相もございません。
なお競技結果はぶっちぎりの1位。俺の全力疾走に、最大念信で2人が合わせて走るだけ。心も体も、気持ちのいいイベントだった。
11月……
士道高校の体育館は、講堂も兼ねている。舞台袖で、文化祭行事の一環、合唱コンクールの順番待ちに並んでいた。焦ったが、手にしていた楽譜は知ってる曲。司会に呼ばれて、皆でぞろぞろと壇上に上がる。
ピアノを弾くのは老良さん、上手いというか、正確無比に演奏を進める。うーん、俺は音楽に詳しくはないけど、グルーブ感ってやつが足りないんじゃないかなあ。そして隣にいる一文字さんの歌唱力は……、まあ歌い方が大変に元気で良いのでは無いのでしょうか。
サポートAIの奴が『あなたさま、2人には音楽の造詣にも大きな差があるのです』とかアピールしていたが、1年生は最下位に終わった。
12月……
この月は老良さんの誕生日イベントかとも思ったが、王道の聖夜祭だった。一文字さんの誕生日が4月だから、士道精神を発揮したってところか。あーでも『武士物語』でも誕生日イベントは無かったな。年上なのを気にしている、とかか?
会場である食堂の飾り付けは、1年生が担当。事前に集めたみんなのアイデアを老良さんがまとめて図面を起こし。それを俺が念信で共有して、クラスのみんなで設営する。やってみると、こういう準備作業も楽しいものだ。
夜は教師も学生も集まって、一大パーティー。有志による出し物やミニゲームで盛り上がる。立食形式で、老良さんや一文字さんが取り皿に料理を取ってきてくれるのはありがたかったけれど。途中で妙な競争が始まって、食べるのが大変になった。
楽しい宴も永遠には続かない。
会が散じて、食堂を出ると。
外はいつの間にか降り出した雪、白銀の世界――
あまりの美しさに感嘆していると、両腕は2人に寄り添われ。
超大回りをせがまれながらも、2人を女子寮へと送った。
1月……
ゲームを開始すると振り袖姿の老良さんと一文字さんに挟まれて、学校の裏山で初日の出を待っていた。
その後は神社に初詣に出かけるのかと思ったら、食堂で雑煮を食べて、凧を揚げたり、羽根付きをしたり。羽根付きは老良さんと一文字さんでガチバトルが勃発するのではと危惧したが、これは健康を願う遊びなのだそう、武士にとっては簡単すぎるので俺が止めるまで延々と続いた。
初詣に行かないのが不思議なので理由をサポートAIに尋ねてみると、『あなたさまには初詣の記憶が無いのです。遠慮したのです』と、困った表情で答えられてしまった。それは確かに。正月はいつも冬子と近所で遊んでいただけ、だよな? 『武士物語』も正月は海外だったか…… 初詣って実際に何をするものなのか、俺は分かっていない。
2月……
春歓の日。遥か昔、エウローペー地域の女性だけの部族が冬を越して相手を探しだす季節が由来という、かなりアレな日なのだが、それはともかく。大和国では、女性が男性に日頃の感謝を示す一日として、すっかり定着している。
松本士道高校の食堂横には売店があり、食べ物や文房具、参考書、ちょっとした衣服など、学生にとって必要なものを一通り扱っている。のだが。ここ数日は「春歓の日」特設コーナーに女子学生が群れをなし、男子学生は近寄りがたくなっている。
呼び出し、最初は放課後の16時だったのが。昼休みの12時になり、始業の前の8時、早朝の6時と、念信を張るたびに2人の指定時間が早まり、結局俺のほうで一緒に16時とさせてもらった。指定した食堂裏、2人にジャンケンで順番を決めてもらって、一文字さん、老良さんとプレゼントをもらい、寮で開封。2人とも同じ銘柄のカカオ95%チョコレートだったのは、念信で俺の好みを読み取られているし、売店で買うしかないしで、仕方が無かろう。
――♥――♥――♥――
……そうして今、3月を迎えているところなのだが。
ゲームを開始すると食堂横の売店、「春歓の日」返礼ギフトコーナー。「2月のお返しをしろ」というゲームからの圧を、ヒシヒシと感じている。
俺がお返しする相手は2名なわけだが、売っているのは1000円の「本命向け」と銘打たれたクッキー詰め合わせ1箱のみと、100円の「義理向け」と銘打たれたクッキー1袋のみ。このゲームらしいといえば、らしい、実に雑なイベントだ。
『サポート、出てこい!』
俺が遺憾の意を込めて念ずると、視界の彩度が落ち、周囲の雑多な音が聞こえなくなる。
『はいー、何なのです?』
いかにも気怠そうな態度をとって、サポートAIが登場する。
『棚の品を増やせ』
単刀直入。多分ゲームのエンディングは近い。そうでなくても、2人に差は付けられない。
『それではゲームにならないのです。買って気楽に渡せば良いのです。 ♪~』
と、口笛を吹き始めるサポートAI。相変わらず上手いが、誰かのピアノ演奏と同様、グルーブ感が無い。
……うん、ここまででいいかな。
『そうか、それは残念だな。ゲーム、楽しかったよ。中断するけど、ありがとな!』
礼を言い、俺はゲーム終了の操作を始める。
『えっ! ま、ま、待つのですー』とサポートAIの慌てた声が聞こえたが。
背にはベッドの感触が戻ってきた。