♠♠日没
【はあー! 3連斬!】
羽根と羽根の間に生えていた、謂わば割とまともな位置にあった頭を、菊が切り落とす。
地面を揺らして倒れ、動きを止めるBレベルの念食獣。
大鵬さんのお陰で討伐ペースは速いが、そろそろ日没、西の空が黄昏に包まれ始めている。
【さあ、次は何レベルでごわすか。これほどの念食獣と連続して戦えるのは、貴重な機会でごわすな】
心強いことを言ってくれる大鳳さんだが、その呼吸は上がり始めている。それは菊も同じだ。
次に弱い念食獣が出たら、放置して一晩泳がせた方が良いかもしれない。距離を取って監視するくらいなら、待機している大和国武士隊でもこなせるだろう。
【頭が生えてきたのです】
【従魔召喚!】
京に指示されるまでも無く、鳩を召喚して威力偵察。
――ちっ、全滅させられた!?
【またAレベルなのです……】
よりにもよって。
日没確定。
月は出るが、今日の分厚い雲では、明るさには期待できない。
【武士隊に連絡を取りましょう!】
バロウンさんからの進言。恐らく、我慢されていたのだろう。
しかし今からだと隊が周辺を取り囲むまでに、日は落ちてしまうのでは? あー、でも薄暮のうちには終わるのか。
今がギリギリ、ってことだな……
【了解です。大鳳さん、菊、京には休んでもらって、我々と隊30人、3交代で見張りましょう。……お願いできますよね?】
【それは、もちろんです】
【ただ、こいつは倒さねばなりませんな。もう刺激を与えてしまった……】
俺の相談にすぐ応じてくれるバロウンさんとズオウンさん。
威力偵察せずに放っておけば、じっとしていた可能性はある。それは取りえなかった選択肢だけど。
今からAレベルを仕留めるとなると、終盤には陽が完全に落ちる。多少危険でも、ここは速攻をかけるしかないのか?
俺がそのように強攻策に転じるかどうか、迷っていると……
【私、多分、分かったわ。大鳳さん、始めていいですか?】
状況に似合わぬ、菊の明るい念。
【かっかっ。これで一晩休めるなら、全開でいけるでごわすな。大丈夫でごわすよ】
大鳳さんがバチンと、自分の両頬を叩く。
菊は何をする気だろう?
【3刀召喚!】
【行くでごわす!】
菊の準備を見届け、念食獣を掴みにかかる大鳳さん。
踏みつけにも怯まず、念食獣の喉元に取り付く。
見るからに、念の消耗が激しそうな戦いぶりだ。
【はあっ!】
一方の菊は3連斬を使わず、念食獣の方々でそれぞれの刀を振っている。
――うん?
もともと俺の目では速すぎて捉えられなかったが、一瞬、刀身が消えているような?
【私の目にも、見えないのです】
大鳳さんの負担を減らそうと、バロウンさん、ズオウンさんと組んで、足を中心に攻撃している京から念信。
京でもダメなら、本当に消滅している?
何をやっているんだ?
【ここね。もう一度っ!】
なんだ?
最大念信で共有している菊の触覚には、確かに手応えがあった。
何を吸っている?
【こ、この女、別次元に控えている念体たちを、斬っていやがるのです!】
?
はああ?
――♠♠――♠♠――♠♠――
薄暮もそろそろ暗闇になろうかというところ。
【これで終わりよ! 3連斬!】
あちこちに血が滲む菊が、ひときわ声を上げて刀を振り切る。
続いて宙を走る2刀のきらめき。
ついに――
念食獣が倒れ、消滅を始める。
【おお! 倒した!】
喜びの声を上げるズオウンさん。
そういえば結局、武士隊に連絡をしていない。ここでまた別の念体に乗り移られていたら、一苦労するところじゃないか。
連戦で判断力が鈍っていた……
「大鳳さん、念を吸ってください」
俺が念信を解いたので、いくつもの深い傷を抱えた大鳳さんに、菊は直接声をかける。
「かたじけないでごわすが、遠慮する状況でもないでごわすな」
そう自嘲して、念食獣に両手を伸ばす大鳳さん。――と、大鳳さんが左手首を耳に当てる。うっすら光る手首。あれは大和国武士団の特殊装備……
「どすこーい!」
と思ったら、大鳳さん、今度はいきなり消えかけている念食獣に体当たりをしかけて、縦穴へと落とす。「少し動いたように見えたので、念のためでごわす。気にしなくて良いでごわす」と自分も穴に飛び込む。
「そう言われても……」
俺は鳩1羽を念製して、後を追わせる。
発破で埋めたものの、まだまだ深い縦穴。
穴底はすっかり真っ暗で――ってあれ、ほのかに明るい?
大鳳さんが念食獣の亡骸から、星空のように煌めく何かを取り出している。
【こ、これは念結晶、……ですか?】
鳩を大鳳さんに受け入れてもらい、念信を通して尋ねる。
【そのようでごわすな。つい先ほどの天野団長からの通信で、フチテー帝国の2人に気づかれないよう回収しろと、指示されたでごわす】
なるほど、それで消滅を始めた念食獣を穴に落としたのか。この結晶、暗闇では目立つもんな。
【俺は初めて見ますが、良くあるんですか?】
拳にも満たない大きさ。本拠地の念結晶の大きさまで集めるには、気の遠くなるような数が必要だろう。
【拙者も初めてでごわす。これが念食獣から取れるとは、聞いたこともないでごわすな。……滝沢殿、心配かけたようでごわすが、拙者は大丈夫でごわすよ。地上の撤収を誘導してもらえると、助かるでごわす】
そう言う大鳳さんからは、吸収した念を早速治癒に利用し、血を止めて傷を塞いでいく様子が感じ取れる。――俺は大鳳さんとの念信を維持したままにして、意識を地上に戻す。
「……どういうことなのです、林殿?」
地上のほうでは、バロウンさんが菊を問いただしていた。
菊には悪いが、今の戦いの次第を聞かれるのは仕方が無い。完全な最大念信では無かったバロウンさん、ズオウンさんには、念食獣にとどめを刺せた理由が分からないはず。
「はい、ここは侵攻の中心地だけあって、念体があちこちに控えているようなのです。そこで片っ端から念体を斬ってみました。身体を持っていないためか、面白いように倒せました」
そう言って微笑む菊。上手く説明できず、ごまかしにかかっている……
武具や従魔などの念体は、解放すればどこかへと消えていく。その消えていく先の別次元みたいなところにいる念体たちを、菊は攻撃していたっぽい。もちろんそんなこと、分かってもマネできないし、菊は菊で自分の中に棲む念食獣の力を借りて半ば本能的にこなしている。
「あちこちって、一体どこです?」
バロウンさんもさすがに食い下がる。西洋竜みたいなのが帝国内に現れたら、一大事だもんな。
さて……
「さあ、ホテルに戻りましょう!」
俺は、膝を突いて回復に専念していた京をお姫様抱っこにして、2人の会話に割り込む。京を出汁に、バロウンさんの追求を打ち切る作戦だ。
男が男を抱えるのは体裁が悪いが、今ぐらいはいいだろう。京は本日の最優秀武士だし。京も、先ほど菊に抱かれたときと違っておとなしい。ただ、菊が「私も頑張ったのに」と怒りだしたのは計算外。これ、菊のためにやっているんですが……
「武士隊もきっと心配している。急ぎましょう」
いつの間にか車に戻ってランタンを取ってきたズオウンさんも、俺の話に同調してくれた。こちらは菊の技を理解することなんて端から諦めているっぽい。その姿勢はどうかと思うが、まあ、それで結局正解なのかな。
「よっこらしょ。待たせてしまったでごわすか? 拙者も同乗させて欲しいでごわす」
大鳳さんも縦穴から這い上がってきた。埋めたといっても深さはまだ30メートルはあるのに、拳聖には造作も無かった様子。
そう言えば大鳳さんは、ここまでどうやって来たのだろう?
【だはは、それも秘匿したいでごわすな】
……それ、難度、高くありませんか?
俺は大鳳さんとつじつま合わせを相談しながら、上機嫌な京と不機嫌な菊とともに、車へと向かった。




