♠♠体当たり
【手間を省けたのです】
【もうっ、呑気なこと言ってないで。――秋たちはもっと下がって!】
計画では、縦穴を深さ20メートル程度のすり鉢状にして、閉所で身動きの取れない西洋竜を菊と京が一方的にボコる、という予定だったんだけど。
ほぼ垂直の壁を、西洋竜が登攀してくるとは予想外。ただ巨体の割に素早いが、体制を替える時間は充分ある。
まず、穴底に戻られるとそれはそれで困るので、西洋竜が登ってくるのはそのまま放置。サクッと協議し、この丘まで上がってきたら、京、バロウンさん、ズオウンさんで牽制して、菊が刻んでいく戦術を組み立てる。そして。
西洋竜が穴から頭を出し……
縁に前足を引っかけて……
地べたに胴体を引きずり乗せ……
【3連斬!】
菊の3刀が、西洋竜の尾を襲う。
尾は激しく振られるが、後ろ足はまだ縦穴の中。可動範囲は狭い。
【そんな! ど、どうして?】
【こんな攻撃が可能なのか? これが剣聖――】
バロウンさんとズオウンさんが、3刀の斬りつけに驚きの声を上げる。
念体をぶつけるぐらいは念幅D以上の武士ならできるが、手に持った攻撃と比べると威力は大幅に劣る。だが、菊の場合は――
ようやく縦穴を登り切る西洋竜。
しかし尾の半分が、縦穴に切り落ち、消滅していく。
身震いをしてすぐさま尾を再生するが、その分、確実に念を減らしているはず。
上々の出だしだ。
【従魔召喚!】
召喚したのは鳩200羽。
京の指示にしたがって、西洋竜に威力偵察を敢行する。
【なんて数……】
【大将軍なら当然か……】
再び驚くズオウンさんとバロウンさん。だが菊ほどのインパクトは無いよう。大将軍は地味なんだよな。ぐすん。
太い首を振り回し――
羽根をついに、最大限に開き――
4つ足で前後左右に身体を捌き――
先ほどまでとは段違いに、尾をくねらせ――
西洋竜は次々と鳩を撃ち落としていく。
【解析、完了したのです】
5人に共有されるは、解析結果の視覚イメージ。西洋竜の攻撃範囲や威力、反応速度が分かりやすく示される。
【こ、これは素晴らしい……】
【これが後藤殿、大軍師の、真の力……】
バロウンさんとズオウンさんが、息をのむ。京の能力も見栄えがいいんだよなあ。
その情報量は、遠征時に武士達に提示していたものとは、桁違い。普段、指揮官を務める2人には、殊更に有用性が実感できるはず。
【頭部前方左寄りに、優先的に反応するのです。威力は、左前足が最大なのです。つまりコイツは、左利きなのです。尾は動きが変則的で、速いのです。この範囲はいつでも攻撃されることを警戒するべきなのです……】
心なし、得意そうに解説を加える京。
【私は尾を斬っていけば良いのよね?】
そう言いながらも、西洋竜の挑発を始める菊。
縦穴から引き離さないと、俺たちの足場が狭まり、攻めづらい。
胴回りが太いだけに鳥蛇ほど見た目の変化は無かったが、尾を落とせば細くなっていく、はず。
【私たちは正面から向かうのです。私の体制が崩れたら、カバーをお願いしたいのです】
【了解です!】
【了解!】
京とバロウンさん、ズオウンさんが正面に進み出る。
上級武士の2人には俺と一緒に後方待機を提案したのだが、牽制ぐらいはできると、聞かなかった。
大丈夫かな…… あれほど「大局を見て備えろ」とか言うくせに、自分たちがリスクを取るのは厭わない。
【秋は横から、指揮と周辺監視をお願いするのです】
【了解!】
京の解析が終わると、俺は基本、用済みだ。
念深Aレベルの念食獣との直接戦闘で、俺ができる攻撃はない。菊と京との3人だけなら「引き際の判断」という重要な役目を担うのだが、今回はフチテー帝国武士団の大幹部2人がいる。戦局を見誤ることは早々無いだろう……
【こっちを見るのです!】
武具と防具を完備した京が、正面から西洋竜に斬りかかる。
それを躱して、左足で踏みつけようとする西洋竜。
念信を通して共有している、京の視覚一杯に広がる西洋竜は、大迫力だ。
正直、ビビる。
【はっ! とう! 3連斬!】
宙を駆り、尾のある一点に攻撃を集中する菊。
西洋竜はさきほどの縦穴にぶら下がっていたときより、動きは大きくて速い。
菊の攻撃ペースも下がらざるをえないが、確実に西洋竜を刻んでいく。
【かふっ!】
牽制とはいえギリギリを攻める京の身体に、西洋竜の牙がかすめる。
それだけで吹き飛び、体勢を崩す京。
【ズオウン!】
【応よ!】
ズオウンさんとバロウンさんが前に出て、カバー。
防具が厚めで、耐久重視だ。
【ありがとう、なのです】
2人が持ちこたえられたのは、2撃だけ。
それでもその間に回復を終えた京が、再び向かっていく。
やはり上級武士程度でも戦力に加わっていると、鳥蛇戦の時よりも戦いがずっと安定する。
……
……
……
……そうして3時間が過ぎ。
【はっ! これで最後! 3連斬!】
戦闘開始から明らかに一回り小さくなった西洋竜。
喉元を斬りつける3つの刀が、ついにその首を切り落とす。
(ずん!)
地を震わせ。
落ちた首が、崩れるように消滅する。
【やった! ……のか?】
思わず言ってしまった、禁断の台詞。
【消えないのです】
菊は幾度となく尾を落とし、ついには首を斬った。
尾はともかくとして、首を切り落とせば、普通の動物なら致命傷。しかし念食獣に、動物の常識は全く当てはまらない。逆に致命傷で無ければ、念食獣が動きを止めることはまずない。それが戦闘中なら尚更だ。
今はそのどちらでもなく。どういう状態なのだろう?
――あれ?
西洋竜の左横腹に、頭が生える。
【秋! 危ないのです!】
バカな?!
西洋竜が、一気に正面の俺に向かってくる。
ぐふっ!
身体がバラバラになるような鈍い衝撃――
念食獣は、外見と異なる動きをするが。動き方が変化することは無い。
なのに、この西洋竜――
げほっ! ごほっ!
まともに西洋竜の突進を受け。
俺の身体が、面白いように地面に弾んで、転がる。
西洋竜の追いかけてくる足音が、近づいてくる。
さっきまで左後ろ足だった左前足が迫る。
6本の爪が、鋭い――
拙い――
「どすこーい!」
!?
嘘だろう!?
巨漢の男が体当たりをして、西洋竜を吹き飛ばした!
「おら! おら! おら! おら!」
念信を通して見える、鳩の視覚が信じられない。
張り手を繰り出し、ついには西洋竜をひっくり返す。
大きく重い振動が、地面を揺らす――
「あなたさま、しっかりするのです」
京が泣きながら走り寄ってくる。
その呼び方、懐かしいな。男になってから、やめていたのか……
「滝沢どの! 拙者にも念信を張ってほしいでごわす!」
巨漢の男の依頼に応じ、俺は鳩を飛ばす。
【大丈夫で…… 大丈夫そうでごわすな。滝沢どの!】
念信を通して俺の状況を確認した男。
安堵の気持ちが伝わってくる。
初回の念信で、ここまで信用して、感覚を共有する人は珍しい。
【お陰で助かりました。ありがとうございます】
【だはは。礼なら、天野団長に言うでごわすよ】
助けてくれたは、クィーイウの剣聖ならぬ、拳聖。
大鳳さん、その人だった。