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♠♠発破

【うふふ、足場の用意も出来ましたし、試してみましょう】

【了解です】

 京の監修の元、縦穴に何カ所も深く打ち込まれた太い杭。

 それらを順に踏み台にしながら、屈強の男武士が穴底から上へと、飛び登ってくる。


【お上手です! ズオウンさん】

【……ありがとうございます】

 そう言うもズオウンさんは、すっかりお馴染みになった、渋い顔。菊も彼の背後を見守りながら、ついてきたからだ。彼女のほうは、何も無い宙を蹴って。


【次はバロウンさんですね】

【よろしくお願いします】

 穴底へと飛び込む菊とバロウンさん。


【ズオウンさん、次は私とこれらを運ぶのです】

【了解しました】

 京とズオウンさんのほうはというと、火薬の運搬を始める。

 縦穴のかけ上がり練習と火薬の運搬、2つを並行して(おこな)って良いのかと思うけど、4人とも念深C+以上。口の中で爆発するとかで無ければ、大事(おおごと)にはならないだろう。多分。


 あれから俺たちは一旦街に戻って、日を改め。

 火薬の調達は、思いのほかスムーズにできた。当然周囲からは「何に使うのか」と聞かれたが、「穴にこもっている念食獣をあぶり出すため」と正直に答えて、それで終わり。

 業者の人は、洞窟を崩す用途に使用するとは、思いもしていない様子だった。京は、縦穴から地質の階層を分析して洞窟の構造強度を計算し、必要な火薬量を割り出している。どうもその量が、通常の工事と比べるととんでもなく少ないっぽい。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


【3刀召喚!】

 洞窟を少し入ったところ。久々に召喚された3刀が、菊の腰にぶら下がったランタンの灯りに揺らめく。

 後ろには穴登りの練習を終えたズオウンさんとバロウンさん。3刀に驚きはしたものの、()には落ちない様子。まあ、実際に戦う様子を見てみないと、これらが武士の手で振られるのと同等の威力を放つとは信じられないだろう。


【奥から順に埋め込むのです】

【了解!】

【了解!】

 さて、ここからが問題。火薬は表面で爆発させると、その威力が半減する。壁もそうだが、天井に深く仕込むのはかなり難儀だ。そんな作業を、ズオウンさんとバロウンさんは、買って出てくれた。


 2人が腰にぶら下げたランタンの灯りが、奥へと進む。菊も後を続くが、3刀は先行させて、すでに西洋竜(ドラゴン)を取り囲んでいる。

 事前に(おこな)った威力偵察で、この西洋竜(ドラゴン)の念深はAレベルと判定された。ただどういうわけか、俺の鳩、念深Dレベル程度の攻撃には緩慢な反応しか示さない。洞窟壁への火薬埋め込み作業程度は、無視するはずだ。――と、良いんだけど。俺みたいな念深Dレベルの弱小武士は、穴の上から作業を見守るしか無い。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


 じりじりするような時が過ぎ。

 作業は一通り完了、それでもまだ昼前。3時間ちょっとでこれだけの作業を終えるのは、武士でもただの武士では無理だろう。

 日没まで6時間か……


【少し、休憩しましょうか?】

【ええ、そうですね】

【万全を期しましょう】

 要らないと言われるかなと思いつつも2人に声をかけてみたのだけど、予想外の返答。こういうところも次期武士団長候補という感じ。フチテー帝国の武士は幸せ者だなあ。天野さんと交代して欲しい。

 すでに縦穴、横穴への火薬の埋め込みは、京が完了させている。雨に降られても困るし、作戦は今日、決行だ。

 そんなことを考えながら、縦穴横で寝っ転がって、(どん)(てん)を眺めていると――


【こういう作戦には慣れていらっしゃるのですか?】

 不意を突くバロウンさんの質問念信。

【えっと……、2回目ですね】

 正直に答える。「初めてです」などと隠し事をすると、不安を招くかもしれない。


【お若いのに…… 大和国の武士団長も武士使いが荒いですね。その作戦は無事に……いえ、無事に遂行されたんでしょうね。ここにこうして、いらっしゃるのだから】

 何かを言いかけ、止めたズオウンさん。剣聖と、剣王相当の大軍師といえど、Aレベルの念食獣相手の戦いが、ただで済むはずは無いもんな。

【仕留めるのに6時間かかりましたね。まあ、そのあとにもっと(ひど)い目に遭いましたが……】

 おっと、喋りすぎか。俺たちにとっては3ヶ月も経っていない出来事。つい語りたくなる。


【菊と京は大丈夫?】

 最大念信で状況は分かっているけど、ズオウンさんに突っ込まれる前に話を()らす。

【うふふ、準備万端よ】

【いつでも、いけるのです】

 力強い答えが返ってくるが、念信の奥では2人とも緊張している。

 そうだよなあ、再誕できたって、死ぬのも重傷を負うのも嫌なものは嫌だ。


 ……でも他の人が傷つくよりはいい。


【よし、始めよう!】

【分かったわ!】

【はい、なのです!】

【了解しました!】

【了解!】


 時刻は11時30分。

 俺たち5人は、西洋竜(ドラゴン)退治を開始した。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


【3……2……1 着火なのです!】

 洞窟奥、バロウンさんが導火線に火を点け、入り口側に移動する。

 最初の導火線だけは長め。残りは万が一にも途中で消えることの無いよう短めだ。導火線の着火点は、暗闇でも分かるように(ちっ)(こう)塗料が添付してある。

 菊、バロウンさん、ズオウンさんが洞窟内で着火を担当。俺と京は地上で指揮だ。


(ボコッ!)


 鈍い音とともに、壁と天井が(ほう)(らく)

 左奥の洞窟が、埋まり始める。


【おっ、うまくいったかな?】

【動き始めたのです】

 この作戦の最初の懸念は、西洋竜(ドラゴン)が移動するかどうかという点。最悪、土砂が崩れてもそのままの可能性があった。Aレベルの念食獣が、圧死することは期待しがたい。土中で(せい)(そく)し続けられると、最悪である。


【こっちに来ている――】

 菊の腰のランタンが洞窟を照らすが、範囲は狭い――

 そこに、のそっと、地面に這わせた西洋竜(ドラゴン)が顔を覗かせる。

 これ、心臓に悪い!


【着火するのです!】

 京の指示に従い火を点け、すぐに跳び下がる菊。


(ボコッ!)


 今度は先ほどよりずっと短い時間で、爆破が起こる。

 右側の壁や天井が崩れ始める。


 ……

 ……


【順調なのです】

【京のお陰だな】

 すでに洞窟を出て横穴に入った西洋竜(ドラゴン)

 さすがに怒ったか、その動きは速くなっている。


【我々は戻ります】

【了解!】

 横穴を抜けたバロウンさんとズオウンさんが、縦穴を登り始める。

 ここからが2つ目の関門。この深さ50メートルの縦穴を、光が差すところまで、西洋竜(ドラゴン)()()()()()()


【行ってくるのです!】

【気をつけてな!】

 登ってきたバロウンさん、ズオウンさんと入れ替わりに、京が縦穴を降りていく。


【お疲れ様です! ありがとうございました】

 汗を拭っているバロウンさんとズオウンさんに、声を掛ける。

【恐れ入ります。こんなに緊張する発破作業は二度と無いでしょうね】

西洋竜(ドラゴン)と崩壊する洞窟。我々がその恐怖に耐えられたのは、剣聖のお陰です】

 ほんと、この2人は実直だよなあ。


【横穴、最後の発破を着火。来るわよ!】

【了解なのです】

 洞窟は横幅があったのでなんとかなったが、横穴は狭いので西洋竜(ドラゴン)越しに着火しなければならない。菊は刀を遠隔操作して、着火スイッチを押している。


 今日、何度目かの地面の揺れ。

 縦穴に設置されたランタンの灯りが、横穴から飛び出てきた菊を照らす。

 それに続いて――


 のしのしと姿を現す、西洋竜(ドラゴン)

 その羽根は雨傘のよう。羽毛は無く、骨に皮が張られている。半開きにしているのは、崩れ落ちる土砂から胴体を守っているのか? もっとも直径10メートル程度の縦穴では、開ききれないだろうが。

 鼻先で宙を蹴りながら、西洋竜(ドラゴン)を牽制する菊。横方向は狭いので、こんな芸当は菊にしかできない。


【行くのです!】

 西洋竜(ドラゴン)から10メートルほど上に打ち据えられた杭に立ち、様子を見下ろしていた京が、導火線に着火。


(ボコッ! ボコッ! ボコッ! ボコッ!)


 縦穴の壁が崩れ、穴底に(たい)(せき)していく。

 西洋竜(ドラゴン)は土砂をよけながら、それらを登ってくる。


【上手ね、京】

【当たり前なのです。簡単な容積の計算なのです】

 いやいやいや、そうだとしても火薬量と崩すタイミングの計算は、発破職人さんでも難しいんじゃ無いか? ここまで順調すぎて忘れがちになるが、この作戦は京の能力があって、成立している。

 だが、まだ縦穴は光量不足。ランタンの薄暗い光の元で西洋竜(ドラゴン)と渡り合うのは、菊と京でも厳しい。


【次、行くのです】

【了解!】

 今度はさらに20メートルほど上から、京が声を掛ける。

 ここからは既に崩れた壁を埋めながら、穴底を底上げする必要がある。一段と大量の土砂が必要だ。


(ボコッ! ボコッ! ボコッ! ボコッ!)

(ボコッ! ボコッ! ボコッ! ボコッ!)


 中に巨大なミミズかモグラでもいるかのように、壁が膨らんでは()ぜていく。

 うっとうしそうに、それらを避けては踏みつける、西洋竜(ドラゴン)

 そして――


【あれれ?】

【器用なのです】

【京、急ぎなさい!】

【小林殿! 我々も下がりましょう!】


 ついに切れたのか?

 西洋竜(ドラゴン)は垂直の壁に、足の爪を食い込ませ。

 巨体に似合わぬ軽快さで、縦穴を登り始めた!


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