♠♠ごめんなさいをもう一度
「3回も来ることになるとは、思いませんでしたわ」
青いオープンカーを降り、そんな悪態をつきながらも、ミッチーが見送ってくれる。
俺たち3人は、島を離れる前の、最後のハウペール城塞訪問を果たそうとしていた。
「これを預けるのです」
「上手く使ってくださいね」
団長室の隅に控えている念士に、白と黒の仮面を渡す京と菊。2人のヴィキンガの新戦力は、ダンマルク国やフチテー帝国の武士、そして各国のスパイ達に、知れ渡ったはずだ。この仮面を付けた武士が現れれば、敵は即座に逃げ出すだろう。特に黒い仮面のほうは。
続いて中庭に、先日ダンマルク国と戦った武士や念士が、呼び集められる。
A班、B班、と、順に前に呼び出される武士や念士。京が戦いの中で気づいたところを指摘して、指導していく。京の観察眼は念質による能力だが、この指導好きは性格によるもの。武士でなければ、きっと良い教師になって慕われたんじゃないかな……
瞬く間に時間が過ぎ、そろそろ出発しないとフェリーに乗り遅れる時刻。もうお暇をと切り出すと、団長さんは人払いをして、1人、門まで見送りに来てくれる。
そうして改めて向き合う、俺たち3人と団長さん。
「師匠、ありがとうなのです」
団長さんが京に向かって、深々と頭を下げる。
「私はあなたの師匠などでは……」
京は戸惑いを示すが、団長さんは頭を上げない。
「戦い方が同じなのです。私は正しいのです。カナルで死んだと聞いたのです。でも男になって、生きていたのです。『あなたさま』もいるのです。剣王は必ず『側室』なのです」
一方的に話し続ける団長さん。
俺たちの正体を知っている? 何者なんだろう?
ついに京は根負けして、ため息をつく。
「……もう、なのです。何歳になっても、▃▅▇はしつこいのです。でも元気で良かったのです。これからも頑張るのです。私は応援しているのです」
京からかけられた言葉に、団長さんは膝を突いて嗚咽を漏らし始める。京は団長さんの名前を知っていたのか?
京の「また行くのです。ごめんなさい、なのです」という言葉に、ただ頷く団長さんを残して。
俺たちはこの島を守り続ける、ハウペール城塞を後にした。
♠♠平聖8年(YE2758年)10月
♠♠ベアリーン連邦共和国 首都ベアリーン
「京さま、ミッチーは寂しゅうございます」
ベアリーン空港の出発ロビー、中性的な外観の美青年に、いい歳のお姉さんが手を取る光景は異常だ。その目を塞いで子どもを遠ざける親御さんの姿も。――申し訳ない、すみません。
一方の菊は、空港で合流したズオウンさんとバロウンさんに再会するや否や、「ヒッ」と悲鳴を上げられ、落ち込んでいる。――人はそれを、自業自得と言うのだよ。
「ミッチー、大変お世話になりました。俺たちの気まぐれの旅に付き合っていただき、ありがとうございます」
いろいろあったが、ミッチーにはずいぶんと助けられた。俺は素直に礼を述べる。
「何をおっしゃいます、小林さま。武士は大和国の誇りにございます。武士の頂点、特級武士にお仕えできたこと、このミッチーこと石井美智子にとって、歓喜に満ちた日々でございました」
大げさだけど、これは真面目に言っている。なんだか嬉しい。
「ミッチー……さん、その、喧嘩もしましたけど、何日も同じ部屋で楽しく過ごさせていただいて、ありがとうございました」
「あら、最後まで呼び捨てていただけないのですね、残念です…… でも林さまの振る舞いには感服いたしました。私が年下の女性から、古きゆかしき所作を見せつけられるとは、思いも寄りませんでしたわ。さぞや厳しく躾られて、育てられたのでしょうね……」
そりゃ中身は、菊のほうが年上だもの。菊も複雑な気分で、聞いているだろうなあ。
「ミッチー、ありがとうなのです。助かったのです」
「何をおっしゃいます、後藤さま。ミッチー、外務省の職など捨てて、一生ついていきたいところでございます。ああ、でも、そんな無責任な振る舞い、きっと後藤さまは私を軽蔑されて……」
あー、しまった。挨拶は京を最初にするべきだった。これは長いぞ……
ズオウンさん、バロウンさんの話によると、フチテー帝国は義理を果たしたと武士隊の撤収を開始したそう。ダンマルク国単独では、ハウペール島を攻略するのは困難だろう。
根本的な解決は何もできていないが、俺たちには政治的に介入する力はない。再度、天野さんとも相談してみたら、「確かにダンマルク国は、周辺国の貿易の障害になっているんだよね。分かった、気が向いたら、手を打っておくよ」と言ってくれた。言い方は頼りないけど、きっと何か対策をしてくれるだろう。
それにしてもヴィキンガの団長さんって、誰だったのだろう?
菊に聞いたら「教えたって、どうせすぐ忘れちゃうじゃない。秋はブルークゼーレ王国の女武士さんたちにしか、興味が無かったものね」と、冷気漂う、つれないお返事。
あの国の女武士さんは背が高くてごっつく、守備範囲から外れていた。全くのえん罪なんだが、抗弁すると、藪をつついて蛇を出すことになる予感。
これからも再誕を重ねれば、こんな悲劇はいくらでも起こる。それが伝説的武士の宿命って奴だな。……とほほ。




