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♠♠白のケイー、黒のキーク

 14時。

 北東海岸、砂浜。

 上陸艇で乗り付けたフチテー帝国の武士、念士は、およそ50名。

 対するヴィキンガ団は、黒い仮面を付けた女武士、たった1人――


「……林殿、どうして?」

 驚くバロウンさん。

「あ、アタイはキーク、です、――だ! 林では無い!」

 少しサイズが大き目のヴィキンガの服を着た女武士が、やけになって叫ぶ。

 ()(やげ)(もの)()から調達された仮面が恥ずかしいのか、その頬は赤い。


【もっと大きな声で自己紹介するのです。ヴィキンガに強い武士が加わったことを、皆に知らしめるのです】

 京が念信で、菊を(しっ)(せき)する。

 言っているのは作戦通りだけど。

 京よ、面白がっているだろ……


 スタークと京の模擬戦の後。俺たちは敵の戦意を喪失させるよう、徹底的に叩く方針を提案した。その結果、こうしてフチテー帝国側は、菊1人が受け持つ状況になっている。


「ヴィキンガの新たな助っ人、キークの力を思い知るが良い! 武具召喚!」

 心なし、早口。

 いつもと違い、両手にそれぞれ剣を召喚する菊。2刀流だ。

 俺は周辺の鳩を使って、キークの台詞を拡声する。


「キーク?」

 砂浜周辺で戦いを見守る住民が、女武士の名前を口にする。大和語は分からないだろうが、繰り返して聞けば、いつしかそれが名前だと知れる。

 鳩から音を出すのは思いのほか難しかったが、苦労した甲斐があった。


「1人だからと言って油断するな。慎重にかかれ!」

 バロウンさん以下、フチテー帝国の武士が武具を召喚し、菊の周りを取り囲む。

「良く分からんが、剣王が相手なら、遠慮無く全力で戦えるな」

 ズオウンさんがニヤリと戦意を高揚させているのが、菊の視覚を通して見える。


 ……うーん、それは甘いんじゃないかな。

 菊はここのところ、ミッチーとのやりとりでストレスを溜め込んでいる。

 俺はただただ嫌な予感。


 ……などと、念信経由で観戦していると。

「ヴィキンガ、今回はさすがに負けるのでしょうか?」

 砂浜から遠く離れた、島中央部のおしゃれなカフェ。

 ミッチーと俺は、この珍しい組み合わせで、お茶の真っ最中だ。

「東西から攻撃があるので、予断を許さない」とここに隔離し、「菊と京に、各戦場を監視させる」という取り繕いの(てい)(さい)に、ミッチーも納得してくれた。


「彼らも今まで相当の修羅場をくぐってきたようですから、分かりませんよ」

 俺はミッチーに応じつつ、念信を駆使する。戦場に身を置いていないので、いつもよりずっと気楽に、大将軍の任に当たれていた。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


【戦闘準備をするのです! 必ず2人以上で相手をするのです!】

【戦闘用意! 2人より多くで戦え!】

 京からの念信を易しい大和語に置き換え、俺はヴィキンガの武士達に次々と伝達する。

 15時少し前。ダンマルク国の武士達は、戦闘予告を出すことも無く、北西の岩場から上陸を開始した。


【驚いているのです】

 後方から戦場を見守る団長さんから、念信が届く。俺や京はダンマルク語が分からないので、通訳の役目も果たしてもらっている。念士の半数はダメだったが、団長さんやスタークを始め、武士と残り半数の念士とは、念信を張っている。俺は、ミッチーと行動を共にしながら、京とヴィキンガ武士団の念信を中継だ。

 ダンマルク国の武士隊としては、ヴィキンガの武士が予想より多くて驚いているのだろう。双方の戦力はほぼ同じ。しかしそこに、白い仮面の京と俺の鳩が加わっている。


【スタークは南100メートルの上級武士(サムライ)を抑えるのです! C班とE班は相手を入れ替えるのです!】

【スタークは南に100メートル!】

【C班とE班は敵を交換!】

 京は、船から岩場へと飛び移る動きなどを材料に、ダンマルク国の武士の念信を判定。次々と班に対戦相手を割り当てていく。人数はほぼ同じなので敵のほうが余ることになるが、それは白い仮面の女戦士が倒していく。

 団長さんからは、できるだけ敵を傷つけたくないと言われていた。ダンマルク国の武士は、嫌々に戦っているはずと。

 しかしフチテー帝国とは違い、ダンマルク国の武士はこちらを殺しに来ている。戦力比にかなり余裕を持たせないと、()(さつ)なんてできるものではない。俺の鳩たちも、戦闘支援に大忙しだ。


 そんな()(なか)――

【小林さまの念は、私の師匠の「あなたさま」と同じなのです】

 戦いに余裕を感じたのか、団長さんが奇妙な念信を飛ばしてくる。

【「あなたさま」、ですか? 師匠の師匠?】

 団長さんのたどたどしい大和語には慣れたつもりだが、この単語の使い方はニュアンスが分からない。

【違うのです。師匠は女で、「あなたさま」は男なのです。「あなたさま」は、女が2人いたのです。師匠と「側室」なのです】

 うーん。そいつはジゴロみたいな武士かな。それにしても「側室」とは、なんともマニアックな大和語をご存じだ。団長さんには悪いが、その師匠はろくでもない男に()()()()()()()いたんじゃないかな。まあしかし、団長さんの思い出を壊すことも無い……


【団長さんの師匠の、大事な人と念が同じで、嬉しいです】

 俺が穏当に返信をすると。

 団長さんは、渋い顔に似合わず、優しい念を心に浮かべた。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


「私ももう、ダメです……」

 砂浜にまた1人、武士が倒れ込む。これでフチテー帝国の武士は2人だけ。

 その2人も肩で激しい呼吸を繰り返し。

 限界が近いことは、誰の目にも明らかだった。


「さあ、次はどちらかしら? 2人一緒でも良いわよ?」

 すっかりキークになりきった菊が、不敵な笑みを浮かべる。最大念信から伝わってくる念が、恐ろしい。

「くっ……」

「鬼だ……」

 バロウンさんとズオウンさんも()(じゅう)を漏らす。


 菊は剣聖としての圧倒的な力を見せつけていたが、相手に負傷を負わせはしなかった。フチテー帝国の武士としては、再び戦いを挑むしか無い。


 戦っては負かされ、戦っては負かされ……


 夏を過ぎ、気温はどちらかというと涼しい。しかし砂浜での戦いは、その体力を著しく消耗させていった。

 1人、2人と、負傷では無く、疲労で。武士達は次々と倒れていく。鳩や菊の視覚を通して戦いを見ている俺も、目を(そむ)けたくなった。

 それでも撤退のドラは、鳴らされない。上陸艇の乗員は、キークが密かに召喚した1刀で、すでに全員気絶させられている。


「誰が鬼ですって?」

「ぐお?」

 黒仮面のキークは、瞬時にズオウンさんの前に移動。

 みぞおちに軽く一突き入れてから、身体全体を突き飛ばす。

 砂浜をゴロゴロと転がるズオウンさん。

 痛みは軽微でも、体力をいたずらに消耗しているはずだ。

「なんと()(かつ)な……」

 それを横目に(あわ)れみながら、キークと対峙するバロウンさん。同情をしている暇は無い。次は自分の番なのだ……


 ほどなく。

「見たか皆のもの。フチテー帝国は、ヴィキンガの新戦力、このキークが討ち取ったぞ!」

 (こぶし)を高々と突き上げる、黒仮面の女武士。


 しかし砂浜は、静まりかえったまま。

 あまりに(せい)(さん)な、戦いぶり。

 島民達は、ドン引きしていた。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


 沖合の軍艦が、()(てき)を2度鳴らす。

 ダンマルク国の武士たちが顔を見合わせて、後退を始める。傷を負っている武士は多いが、動けないほどのものはいない。ヴィキンガの武士に追い立てられる中、全員がボートへと、ある者は飛び乗り、ある者は泳ぎ戻って、撤退していった。


【勝ったのです……】

 ダンマルク国の上級武士(サムライ)を退けた後も()()(ふん)(じん)の戦いを繰り広げたスタークが、安堵の念をこぼす。

 こちらの戦場では、島民は集まっていない。フチテー帝国と違ってダンマルク国の武士は、どのような手段に出るのか読めなかった。島民達は、ヴィキンガの念士達が近づかないよう隔離していた。

 それでも白い仮面の武士を中心にヴィキンガの武士や念士の輪ができ、大きな歓声が広がる。それは敵を退けた喜びもあれば、京の指揮の下で戦術が一回りも二回りも成長したことを実感する喜びもあっただろう。

 そんな中、京はというと。【名乗りを上げる機会が無かったのです。名を広げるのに失敗したのです】などと、残念な念を吐露している。俺としては、「ケイー」という安易な名前は如何なものかと感じていたので、それはそれで良かったのではないかと思う。

 団長さんも団長さんで、【「あなたさま」、ありがとうなのです】などと意味不明の念を飛ばしてくる。


 俺は全員に【お疲れさまでした】と念を送って戦いを(ねぎら)い、鳩を青空へと飛び立たせた。


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