♠♠予告
翌朝、4人で顔を合わせて朝食を取り、車に乗り込む。今回に限らず、部屋で個別に食事を済ますということをミッチーは許さない。いや、京とミッチー、俺と菊に別れての食事だったらOKなのかも……
「もっとごゆっくりされても良いと思いますけど……、承知しました」
と、ハンドルを握るミッチー。「島を一周したい」という俺たちのリクエストに対しての返答だ。
ハウペール島は菱形に近い形状だが、強いて円と捉えると半径10数キロメートルの島である。ヴィキンガの拠点やフチテー帝国武士隊との戦域などは、早く把握しておきたい。宿泊場所も島の中央にするのが都合良いように思えたが、ホテルは北東と北西の沿岸に集中しているとのこと。こんな海の綺麗な島で、内側に泊まる観光客がいるわけないか……
俺たちが宿泊した街は島の東端。車はそこから反時計回り、北西へと沿岸部を走り、北端を抜けて南西へと転じ、少しのところで。
「あれがこの島の観光スポットの1つ、ハウペール城塞ですよ」
とミッチーがガイドをする。
小高い山にそびえ立つ、古びた石づくりの大きな建物。でも、ところどころ木材やトタンで修復されていて、その風格を台無しにしている。
「ふーん。中途半端に手を入れてしまって、雰囲気がないですね」
つい俺が、気が無いことを隠さずに応じると。
「それはそうですよ、現役の城塞ですもの。――あれがヴィキンガの拠点です」
ミッチーが、ドヤ口調で返してきた。
――♠♠――♠♠――♠♠――
「いいですか、くれぐれもヴィキンガとの戦闘は控えてください」
ハウペール城塞を見物する前、ミッチーは繰り返し俺たちに釘を刺してきた。元よりそのつもりはないのだが。
京が「政府と武士団は、不干渉の決まりなのです」と指摘すると、「それは念食獣退治に関してです。武士同士の争いは要協議です」とミッチーは、京が相手でも引かない。
こういう場合って、どんな取り決めなんだろ? そもそも武士同士の争いって、歴史上でも滅多に無い。
まあ、大鳳さんはハウペール訪問を連絡したときに何も言っていなかったし、どうせゲームなんだし、ここは好きなように振る舞おう……
「戦ったりしませんよ。俺たちを信じてください」
とりあえずミッチーには、そう誓っておく。
そうこうして駐車場に車を止め、城塞に向かってみると。
昨日の砂浜などよりも、ずっと多くの観光客たちでごった返していた。城壁をぐるっと回って歩けるし、キーホルダーや絵はがきなどのグッズは販売しているし、本当に普通の観光スポットだ。
驚いたことに武士の模擬戦の見世物すら興行していて、意外にもミッチーが見たいと言うのでお付き合い。
「はー、武士同士の戦いは次元が違うのですね」
事ごとに右隣の京に寄りかかるミッチー。はあ……、それが狙いだったのか。
そこでは正確には武士ではなく念深Eレベルの念士たちが、チャンバラごっこを繰り広げていた。なるほどなあ。これ以上念深が深いと一般人の目で動きを追うのは無理だから、本物の武士が出演しても無駄なんだ。本業も忙しいだろうし。
俺たちにとっては退屈すぎる殺陣。しかしこれは……
【ここを見るのです】
俺が芝居の内容を考察していると、京が城塞の一角を示して念信を送ってくる。俺たち3人はミッチーに気づかれないようこっそりと最大念信を張り、周辺に数羽の鳩を飛ばして偵察をしていた。
【この男は昨日遭遇した武士ね?】
昨日菊はミッチーの護衛に付いていたが、最大念信で鳩の視覚は確認している。
【そうなのです。偉そうなのです】
京の言うとおり。年齢は俺たちと大して違わないだろうに、周囲の武士たちが皆、敬意を示しているように見える。ヴィキンガの幹部クラスと見て良いだろう。もっと状況を探りたいが、今日のところは城塞の構造を把握できただけでも大収穫か。
……などとコソコソしているうちに、見世物も終わる。
「お付き合いいただき、ありがとうございました。皆さまには退屈でしたかしら」
「戦いの場面はその通りなのです。でも、お話は意外だったのです」
そうなんだよね。ダンマルク国の武士が攻めてきて、ヴィキンガが追い返すという話。そこまではいかにもな展開だったけど、それをハウペールの島民と祝って、芝居は終わった。
「このハウペール島は、昔からいろいろな国に占領されていますからね。島の独立を支援するヴィキンガが、島民の支持を得るのは当然でしょう」
えっ、そうなの?
となると、フチテー帝国はダンマルク国の依頼を受けて独立運動を鎮圧しているってこと?
これはわけが分からなくなってきたぞ……
「さあ、次に行きましょう。そろそろお昼ですわね。京さま、何か食べたいものはございます?」
ミッチーはどこまで意図して、俺たちにこのハウペール城塞を案内したのだろう?
ただの美少年好きでないことだけは確かだ。……だと思う。……考えすぎかなあ。
――♠♠――♠♠――♠♠――
その後も沿岸を車で進みながら、観光スポットを散策。
あの見世物を見たからというのもあるけど、武士賊と呼ばれる集団が島を占拠しているにしては、どこも平和そうに見える。海岸を哨戒しているらしき武士をちらほらと見かける点は異様ではあるが、住民と衝突している様子は見受けられない。ヴィキンガとこの島の島民は、結束しているのか?
ふーむ。何かおかしいよなあ……
西海岸に面したレストランで昼食を取り終え、紅茶を戴く。
優しい日差し……
眼下に広がる美しい海……
お腹いっぱい……
気が緩んで、あくびがでそうだ。
武士同士の争いが生じているという島が、念食獣の大量発生に脅かされているとはいえエウローペー地域よりのどかというのは、予想外にもほどがある。
と――
「Det er en advarsel om krig! Det er en advarsel om krig!」
レストランの店員さんが、店内の客たちに向かって大声で叫び始める。
あっという間に吹き飛ぶ眠気。
「何て?」
ダンマルク語は全く分からない。
「戦争の警報が出たと言っています。詳しく聞いて参ります!」
ミッチーは立ち上がって、店員さんの下へ向かっていく。
騒然とする店内。店員が客に囲まれている。
一方で、俺たち同様、言葉が分からないっぽい観光客たちは、不安そうな表情で様子を窺っている。
ほどなく戻ってくるミッチー。その表情は厳しい。
「フチテー帝国武士団が、明日10時、北東海岸に上陸すると通告してきたそうです」
真剣な顔で、おかしなことを言うミッチー。
そんなバカ正直な攻撃があるのだろうか?
「おそらく住民や観光客を戦いに巻き込まないよう、配慮しているのです」
俺の怪訝な表情を見て取ったか、京が自らの推測を口にする。――これはいつもなのだが、食事中は念信を外している。下手すると味覚が混ざるし、いろいろ催す生理現象の感覚を共有したくもない。
……で、京の話は如何にもありそう。どう動いたものかな。
「明日の予定は決まったわね」
今度は菊が、俺の考えを読み取ったかのように発言する。
「どういうことですか? 林さん?」
すかさず突っ込むミッチー。
ここは「戦いを見物する」の一択なのだが、ミッチーが黙っているわけがない。それで俺は言い淀んでいたのだが、菊が代わりに言ってくれた。
どうもミッチーは菊と京の関係をまだ疑っているよう。そこを逆手にとってか、菊はミッチーに対して、憎まれ役を買って出るようになっている。
「武士同士の争いが起こると分かったのですから、見過ごしてはいられません。少なくとも一般の方々に被害が及ばないよう、周辺警護にあたるべきでしょう」
うん、そうだね。さすが菊、その線で良いか。
何かあればフチテー帝国に加担するつもりだったけど、もう少し様子を見てみたい。
「戦いには干渉しないでいただけますか?」
ミッチーも簡単には引き下がらない。当たりはとても柔らかいけど、職務にはガチガチに忠実なんだよな。
「『大和国の武士が戦いに介入した』、と思われるような真似はしませんよ」
一般人に俺たちの動きは捉えられない。さらに俺の鳩や菊の刀だけなら、ヴィキンガの武士やフチテー帝国の武士でさえも、大和国のものとは分からないだろう。――ズオウンさんやバロウンさんがいたら、バレるけど。
俺は曖昧な言いようで、ミッチーにそう約束した。
2019/10/06 ハウペール島の形状表現を修正しました(第65話で地図が掲載されます)。