♠授業(※地図あり)
♠照和38年(YE2738年)4月
♠信濃県松本市
ゲーム内ゲーム、『武士物語』世界の中で、授業を受ける。
あの入試試験の念食獣のイベントから、一足飛びに入学の日を迎え、授業の日々が始まった。
寮や学校の各種施設など、建物こそ木造の年代物だが、配置については『Re-birth』世界とほぼ同じ。生徒の顔ぶれも同じだと思うが、教室左前、入学成績1番の席には丸山さんが座っていた。老良さんは『武士物語』世界にはいなくて、こうしてみると寂しいものだ。
ここまで雑に学校生活が進行するなら、授業も飛ばせば良いのに、武士にまつわる講義が選り抜かれているよう。これが存外に興味深い。
最初は体育館兼講堂で行われた始業式、「貴重な活動写真が届いた」と、映写機で記録映像を見せられた。
カラカラとフィルムをまわすモーターの音が場内に響き、ノイズだらけの白黒の映像が映し出される。音は無く、教員の1人が原稿を読み上げていた。
フィルムは、人の賑わう祭りの様子から始まり。そこへ念食獣が現れる。逃げ惑う人々。だが観衆の中には武士も何人かおり。それぞれ武具を召喚して、斬りかかる……
フィルムはそこで終わり、念食獣はすぐに退治されたという説明で締めくくられた。これが大和国最初の、活動写真に撮られた念食獣なのだそう。
学生の反応を見ると、1年生のほとんどは初めて念食獣を目にしたようだった。逆に上級生は全員経験済みのもよう。また映像内の武士の戦いぶりは自警団の人たちと同等で、校長レベルの人は見当たらなかった。あの動きの速さをカメラに捉えるのは、至難の業だとは思うけれど。俺と丸山さんは貴重な体験を得たらしい。
その後の授業を思い出してみると……
「保健体育」の授業では、武士の成長と引退の話について。
まず武士なら必ず、乳児から5歳ぐらいまでの間に、高熱で数日間寝込んで生死をさまよった経験がある。他の病気と区別がつかないので生存率は不明だが、武士――正確には、念士か。武士とは一定の強さを備えた念士のことを言う――になるのは、30人に1人らしい。
そして士道高校のようなところで訓練を受ければ、10代後半から一気に力を伸ばし、純粋な能力は20代前半にピークを迎える。よほどの偶然に恵まれなければ、独力で強くなるのは不可能なのだそう。以後の個人差は大きいが、しばらくは戦闘経験が能力の衰えを補い、30歳を超えると急速に力が衰え、40過ぎて第一線で活躍する武士はほぼいない。
……あの小松校長は、負傷と年齢による衰えとで、第一線を退いたのだろうか?
「地理」の授業では、武士と念食獣の世界分布について。
武士と念食獣の分布は、地域によって大きな差異があることが判明している。
まず念食獣は人口の多いところに発生しやすいと見られている。ただ人が少なければ目撃率が下がるはずなので、正確な状況は不明だ。
フチテー大陸の中央部と東部(大和国はここに含まれる)、北アルバ大陸の北西部、アウストラリス大陸は、武士を多く輩出し念食獣は弱い。
フチテー大陸西部(エウローペー地域と呼ばれている)、アフリ大陸、北西部を除く北アルバ大陸と南アルバ大陸は、武士は少なく念食獣は強い。
地図を眺めていると、大和国を中心に、そこからの距離によって、武士や念食獣の分布が変化しているようにも見える……
「政治・経済」の授業では、武士の人口と、政治と武士について。
保健体育で習ったとおり、大和国では30人に1人が念士の素質を持つ。これは世界でも、異様な率の高さを誇る。現在、人口はおよそ1億人だが、自警団として活動している念士は50万人以上にのぼり、一人前とされる武士は2万5千人、称号を授与された上級武士はおよそ250人いる。
こうした大和国の武士の充実ぶりは、政府との関係にも影響を及ぼしている。
大和国では武士は武士団に所属し、念食獣退治については完全に政府から独立して行動している。これは武士が多い国では共通した傾向で、逆に少ない国では奴隷のように扱うところも存在するのだそう。
このような国による武士の扱いの差異を推し量るものとして、武士密度という数値が用いられる場合がある。念食獣と武士の戦力比を表す値だ。世界最高は大和国の200越え。2位のマイニラ共和国ですら70弱なので、圧倒的だ。ただ、世界最強と目されているフチテー帝国は、12になる。国土面積が広くて、人の住まない地域で念食獣を狩らない国では、武士密度の値は低くなってしまう。あくまで参考止まりの値なのだ。
なお国により武士の地位に開きはあるものの、一般の軍隊に組み込んでいる国は基本的に無い。そうしないと国家間の武士派遣協力で、孤立するらしい。武士は純粋に、念食獣と戦う存在ってところか。
「歴史」の授業では、念食獣の発生と士道の始まりについて。
念食獣は、学者間で見解が一致している史料に限っても、数千年も前の壁画に描かれている。この時期の念食獣は出現数がまばらで、退治するものではなく、衰えを待つ天災のような存在として扱われていた、と見られている。
ただ、中には、一国を滅ぼしかねないほど成長する個体もいて、大和国は古来よりそうした念食獣に対し武士を海外派遣して、退治をしてきた。これが現在、大和国の武士が世界中で尊敬されている理由であり、どの国の武士であっても大和語が通用する理由でもある。そう、大和語は武士たちの間では、世界共通言語になっている。
こうした状況も、今からおよそ100年前に、急速に変化した。念食獣の出現頻度が増大し始めたのである。それに伴い、武士を育成する学問、士道の重要性が増した。大和国でも同時期に士道高校が設けられ始め、現在では各都府県に最低1校は設立されている。
そして今まさしく、俺はその「士道」の授業を受けているのだが……
2019/09/16 地図を追加しました。覚える必要は無いです。