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♠♠エウローペー地域を西へ

♠♠平聖8年(YE2758年)9月

♠♠ポルスカ共和国


 国境での入国審査を終え、俺たち(いっ)(こう)はポルスカ共和国に入国した。以降、俺たちが経由を予定している国々は、地域協定によって国境検査が撤廃されているのだそう。


 クライーナ国では5泊し、俺に服従する念体も100体を超えた。もっと増やしたいが、全武士と念信を張るのに十分な数に達したところで、まずは良しだ。またその各武士も、京の元での効率的な狩りにより、大きな負傷をすること無く念深を深めている。そんな状況の中でも、特に頭角を現し始めた2チームがあった。


【解析したのです。タイミングを合わせるのです】

 菊の見守りの下、4号車の武士3人が、C-レベルの念食獣を取り囲む。枝のように左右に大きく広がる(つの)を持った、ヘラジカ系の念食獣だ。

 その念深は武士たちを上回り、3対1なので負けはしないだろうが、重傷を負ってもおかしくない戦い。しかしこの4号車の男武士3人は、今では菊に心酔し、俺との最大念信もいち早く受け入れた。それにより、京のフルサポートを受けて、戦いに臨むことができている。


 京が共有するのは念食獣を俯瞰する映像。そこには弱点と攻める順番、それを担当する武士が図示されている。京が本拠地で習得した知識の1つ、データ・ビジュアライゼーションの知見が適用されていて、とてもかっこよくて分かりやすい。俺や菊への情報量はもっと多いのだが、それを最大念信初心者に提示したら、頭をパンクさせてしまう。


【……3、2、1、行くのです!】

【はっ!】

 京のカウントダウンに合わせ、1人目が斬り込む。狙いは左の腹。


【いやっ!】

 1撃目により左を向いた念食獣。

 その頭部に、右から2人目の武士が打ち込む。でかい(つの)だが、後ろからなら怖くは無い。

 右側の角が切り離され、消えていく。


【おりゃ!】

 続く3人目は左から。

 今は右を向く念食獣。左側からは、後頭部ががら空きだ。

 もう1つの角も消滅。


 まもなく。

 戦闘力を大幅に失った念食獣は、3人の中でもっとも念深の劣る武士に、その念を吸われていった。


「すげえ……」

「このままでは私たち……」

「そうだな、小林さんを信頼しなければ……」

 4号車の連中の戦いを、5号車、6号車、そして俺の乗っている7号車の武士にも見学させていた。それぞれ4号車の武士とは()()なので、彼らがどれだけ力を伸ばしているのか、良く実感できるはず。焦りも生まれる。


 最大念信――正確にはその一歩手前なのだが――を、俺と結ぼうと、彼ら、彼女らも懸命になる。

 俺の方は、共有したい情報を、例えるなら輪郭を強調した絵のように表層の念に保持するワザを、新たに編み出した。後はこれを覗いてもらうだけ。

 そればかりは俺には何もできないのだが、日に日に成功する武士が増えていった。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


「今日は、この聖堂と古城でいいのね?」

「菊の行きたいところで良いのです」

 ポルスカ共和国のやや東寄りに位置する、首都スィレンカに到着し。

 週に1日は休暇日を設けて、こうして観光に羽を伸ばしたりしているのだが……


 今誕、遊びに関して、京のノリは悪い。男にされているのが大要因なのだが、暇を見つけては大和国武士団から支給されたリング状の通信機を操作している。リングには通信以外の機能も備わっているようで、天野さんに教えてもらったそう。ただそれが何であるのかを聞いても、「『算』の念質があるから、扱える機能なのです」とつれない返事が返ってくる。


「気にすることは無いよ」

「分かってはいるけど……」

 そうした京のふるまいに、古い建物巡りが好きな菊の表情も浮かない。技術系の観光場所や(いち)()でもあればコースに組み込むのだが、いかんせんポルスカ共和国は、史跡と自然が売りだ。京が興味を示しそうな場所は、見当たらなかった。


「そろそろ待ち合わせの時間なのです」

 京が出かけようと、俺たちを促す。この国の言葉はポルスカ語が主流なので、大使館に通訳者の(あっ)(せん)をお願いしてあった。結果、大使館職員の間で通訳者の争奪戦が勃発し、今日はその勝者が有給休暇を取って案内してくれることになっている。大和国民にとって、特級武士(サムライ・マスター)がどれだけ人気のある存在なのか。嬉しくも、身が引き締まる。


「……あれ? また剣と盾を持った人魚の銅像ですね?」

「おほほ、『スィレンカ』は、ポルスカ語で『人魚』の意味なのですよ。大昔の武士が、モデルになっているという説が有力ですが、本当のところはどうなんでしょうね……」

 かのヘラクレス海峡は、俺たちと本拠地で居合わせた剣聖の(へい)(らく)(ゆう)(れい)(すけ)さんが名前の由来なのだそう。人魚に伝説的武士レジェンダリィ・サムライが絡んだ逸話があっても、俺は驚きはしない。


 ――俺はこうして40過ぎと思わしき女性職員のガイドを受けながら、市街地を歩いている。京と菊はその後ろ。どの街でも観光するときは、この並びパターンが多い。おかげで武士隊の中では、京と菊がカップルで、俺は除け者だと見られているようだ。別に良いんだけど。

 ……いや、やはり。次誕以降は、性別をオリジナルに合わせるよう、天野さんには強く要求しておきたい。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


 ポルスカ共和国とベアリーン連邦共和国の国境近辺。


【はあ……、なんとか倒せました】

【私たち2人だけで、こいつを狩れるとは……】

 念信C+レベルの念食獣をほぼ無傷で倒したバロウンさんとズオウンさんが、安堵の声を上げる。


「さすがフチテー帝国の上級武士(サムライ)!」

「あんな難しい軍師殿の作戦を、よくも遂行できるものだわ……」

「いや軍師殿は、達成できるギリギリの作戦を、立てていらっしゃるんだよ」

特級武士(サムライ・マスター)、どれだけ半端ないんだ……」

 それを見ていた8、9、10号車、それにT1、T2号車の武士達20名弱が、喝采や賞賛を惜しまない。


 バロウンさんは念深C、念幅D、ズオウンさんは念深C+、念幅Eの上級武士(サムライ)。この戦い、最大念信を通しての京の支援が無くても、()はあった。しかし念深C+レベルの念食獣ともなると変則的な動きをいくつも隠し持っており、通常であれば、相応の負傷を負わずに狩るのは不可能だ。そんな戦闘バランスの狩りを、俺の鳩による威力偵察と、その結果を基にした京の分析は、一方的な勝利へと導くことができる。


【将軍・小林殿、軍師・後藤殿、剣王・林殿、ありがとうございました】

【礼には及ばないのです。それと、林は今の戦いには、何の役にも立っていないのです】

【えっ、いえ、心の支えにさせて戴いたと申しますか……】

【あはは……】

 俺たち3人は、この戦いの場にはいない。最大念信で示された感謝の気持ちに、京は悪気無く応じている。実際、菊も2人にアドバイスを送ってはいたが、とても役に立っているとは言い難かった。指摘が2人の技量を超えていたし、抽象的すぎて意味不明だったからである。「もっとドカッと」とか「そこをビュッと」とか、むしろ戦闘の邪魔だったのではないだろうか。それでもバロウンさん、ズオウンさんとも、菊には皇帝での御前試合の一件がトラウマになっているようで、その意を()もうとしているのが涙を誘う。


【ねえ京? たった今、鳩が、5号車の担当エリアでB-の念食獣を発見したけど、これは私がもらって良いかしら?】

【今日は首都ベアリーンに入りたいのです。さっさと片付けるのです】

【分かったわ。行ってくるわね】

 地図を見ると首都ベアリーンは、ここから70キロメートルほど西。ベアリーン連邦共和国は世界有数の高速道路網を整備している国だが、2時間はかかるだろう。B-レベルは、普通なら十分に準備をした上で、数日がかりで仕留める相手だ。


【……ズオウン、私たちの立場がありませんね】

【バロウン、剣王の実力は良く分かっているだろう。比べてはいけない】

【あはは……】

 菊は剣王という()()だから、B-レベルの念食獣にはそれなりに苦戦するフリをして欲しいけど、軍師の支援付きなら無傷で勝ってもいいのかなあ? 俺たちも、戦闘のさじ加減が、かなり雑になってきた。丁寧に振る舞うよう気を付けなきゃ。

 と――


【ねえ、秋、京。念食獣が服従しちゃったわ。どうしよう……】

 菊が裏念信で伝えてくる。今はほとんどの武士と最大念信を張っているので、菊と京には別の最大念信をつないで、個別に連絡を取り合っている。我ながら器用。

【表の念信を切って、さっさと従えるのです。適当に怪我もするのです】

 菊の表向きの念深はB+レベル。B-レベルの念食獣を使役するのは、設定の整合性を保つという観点からは、()()()()()()

【難しいこと言うのね。頑張るわ】


 そうして、しばらく。

 菊は念食獣を従える時間よりも、みんなから違和感をもたれないよう怪我を負い、服を破くのに時間を費やして、隊列に復帰を果たした。


2019/10/03 誤字を修正しました。

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