♠♠武士隊率いて
♠♠平聖8年(YE2758年)8月
♠♠大和国領クィーイウ
「それでは行って参ります」
「そのような少人数しか用意できなくてすまないでごわすが、よろしく頼むでごわす!」
大和国の特級武士3人と武士40人、フチテー帝国の上級武士2人が、悪路に強い軍用車10台と小型トラック2台に分乗して出立する。「そんな人数」と大鳳さんは言うが、これほどの武士隊を他国に派遣する余裕のある国は、大和国をおいて他には無いだろう。
【出発するのです】
隊全体の先頭を行く1号車に乗るのは、京。上空を先行して飛ぶ鳩20羽の情報を元に、隊の配置を指揮する役割を負っている。
そしてその後ろを2号車、3号車が続く。状況によってはこの2台が1号車の左右に展開する布陣だが、市街地では後ろについていくだけだ。なお各車には最低1人、俺と念信を張っている武士を配している。今の俺は、隊全員と念信を交わせる数の念体を、従属できていない。
これだけの鳩を飛ばして、念質を問わずに念信を結べば、否でも応でも目立つ。それでも、「さすが将軍」、「あの滝沢大将軍の再来では」と驚かれはすれど、同一人物だとまでは疑われはしない。――当たり前か。
なお俺たち3人は、将軍、剣王、軍師と、称号を一段階下に偽称している。これでも他国なら一大ニュースになるのだろうが、大和国武士団という看板のお陰で「へえー、凄いなあ」という程度で済んでいる。
【4号車、出るわ】
淡々と報告する菊だが、その最大念信からは、心にどす黒く渦巻く不満がダダ漏れだ。
例によって車を運転すると主張しだし、俺と京とで全力却下した。隊全体にも「決して剣王・林に運転をさせるな」と通達したことに怒っている。……撤回する気は無いがな。
「7号車、行こう!」
6号車が発進したのに続き、俺が助手席に乗っている7号車の運転手にそう指示する。
最大念信を張っているのは京と菊だけ。ほかの武士からの念信は、俺が中継し直す必要がある。念信で多数の武士を指揮するのはヘラクレス海峡以来だが、正直めんどくさい。全武士と最大念信を張れれば、楽なのだけど。
……でもそれはそれで、俺たちの正体がバレるかも、だな。ここは最大念信の少し手前を模索せねばならないか。俺の取り柄は念信、かったるいけど、手を抜かずに取り組むかあ。
【T1号車、出ます!】
勇ましい念信の発信者は、フチテー帝国の女上級武士バロウンさん。23歳既婚。先日の会食では皇后陛下の後ろに立っていた武士だ。骨太でがっちり系の体格だが、黒髪ロングストレート、フチテー帝国女性独特のケバい化粧を落とせば、大和国の女性と見分けが付かなくなるのかも。彼女には小型トラック隊を率いてもらう。Tはトラックの略だ。
【10号車、出る!】
トラック2台に、8、9号車が続き、最後尾10号車に乗るのはフチテー帝国の男上級武士のズオウンさん。25歳で2人の奥さん、6人の子がいる。これでも次々代武士団長候補という立場からすると、少ないらしい。さすがキョウコさんが築いた帝国だ。こちらもしっかりかつ、しなやかな体躯に細い目、おおらかな性格。俺なんかよりよっぽど器が大きくて、隊長はズオウンさんがやったほうが良いんじゃないかと思えてくる。
今回の念食獣討伐の任務、どこをどう回るかは完全に俺たちに任されている。もっとも、好きに動けと言われても、エウローペー地域はその南側、エーゲ海で遊んでヘラクレス海峡で防衛任務を務めたことがあるだけ。土地勘なんて無い。
そこで3人で検討した結果、念食獣が最も大量発生している、ネーデルラント国を当面の目的地に据えた。大和国領クィーイウを西に出てから、クライーナ国、ポルスカ共和国、ベアリーン連邦共和国と西進、エウローペー地域の中央北寄りを通る、直線でおおよそ1800キロメートルの旅程となる。
【――クライーナに入るのです】
クィーイウの市街地を抜けて、林道に入り。
支部を出立して1時間ほどで、俺たちは隣国のクライーナ国に入国した。
2019/10/02 誤字を修正しました。