♠♠大和国領クィーイウ(※地図あり)
♠♠平聖8年(YE2758年)8月
♠♠大和国領クィーイウ
「ウジイエ、渋いおじさんに変わっていたのです」
「寂しいけど、元気そうで何よりだったわね」
「さて、ここからはタクシーを呼べって話だったな」
いろいろ杞憂した空の旅だが、何事も無かった。
ウジイエの他人行儀な――当たり前なんだけど――説明によると、あの2人は次々代のフチテー帝国武士団長候補なのだそう。俺たちが皇帝と会食した晩、2人を同行させるべきだと皇帝から熱弁をふるわれたのだとか。ウジイエとしても、自分自身が大和国武士への師事を通して成長したので、同意したと。
そしてこのクィーイウ空港に着くと、フチテー帝国の領事館を訪問するそうで、一旦2人は別行動となった。ウジイエはそのままフチテー帝国の国境線に沿って北上し、前線の武士達の視察に回るという。つまり、これでお別れだ。
あっけなくはあるが、俺たちの体感ではただの4ヶ月ぶりの再会なので、ウジイエが老けたこと以上の感慨はそれほどでもだったりする。ウジイエから見れば20年ぶりの再会なのだが、俺たちが死んだ人間の再来だと気づけるはずも無い。
……いや、冬子は気づいたよな。やっぱ、ウジイエはダメなヤツだ。あー、俺たちの正体を明かしたくて、たまらない。
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大和国が世界に6カ所持つ飛び領地の1つクィーイウは、ど真ん中に北から南へとドニプロー川が流れ、東側はフチテー帝国、西側はクライーナ国に接している。昔から大和国武士団の拠点もあり、周辺の地域を含めても圧倒的に治安が良く、一大都市に発展している。
――と聞いてたんだけど、けっこう道がひどい。空港周辺も舗装されてはいたがガタガタで、途中から砂利道に変わった。
タクシーが林の中を通る、対向車とも出会わない道に入って小一時間。武士団支部は人口200万に迫る都市の中心部に位置するはずなのに、おかしくないか? と――
突然タクシーが止まり、ドライバーが降りる。そして口笛。
すると木々の間から、1人、2人、……ドライバーを入れて6人の男に囲まれる。
右前部、助手席のドアが開かれ、そこに座っていた菊が引っ張り出される。
後部座席に乗っていた俺と京は、堪らず車を飛び降りる。
「何をするのですか?」
菊が男を突き飛ばして、こちらに走ってくる。
倒された男は菊の力に驚いたようだが、それでも立ち上がり。
俺たち3人は、木の棒や農具を持った男6人に取り囲まれる。
「Ви залишаєте жінку і втікаєте!」
下卑た笑いを浮かべ、タクシーの運転手だった男が何やらしゃべっている。
「京、分かるか?」
「データ不足なのです。でも、ろくでもないのです」
「それは同感だ」
菊の身体を舐め回すように見ているのは、嫌でも気づく。
どうするかな。相手は一般人だし……
「俺がやるか―― 従魔召喚!」
6羽の鳩を召喚し、男たちにけしかける。
「Неймовірно подзвонити по шість разів?」
謎の言葉をわめき散らして、棒や農具を振り回す6人。必死なところ悪いが、普通の武器では従魔に通じない。
「Ви не можете допомогти. Ми змінюємо нашу зброю!」
ドライバーが声を掛けると、6人が武具を召喚して持ち替える。
こいつら武士か?
次々と鳩が叩き落とされる。
「京、こいつらは……」
「Cレベルが1人いるのです。私がやるです?」
やっぱ、上級武士レベルが混ざっているよな。このレベルとなると、野良の武士はあり得ない。他国の武士が、大和国領地内に入り込んでいるのか? 今の俺では勝てないが……
「鳩さん、かわいそう。私がお相手します」
……次の対応を考えていたら、1人、予想外に怒っている方がいらっしゃった。
「武具召喚……」
菊が手にしたのは、刀もどきの棒。もちろん木製ではないのだが、木刀のように刃を鈍らせた形状だ。
「はっ」
菊が軽く息を吐いたその次には――
6人が武具を落とし、地面に倒れ込む。
「鳩尾への撃ち込みなのです」
俺の目では捉えきれなかっただろうと、京が解説。
さあて、こいつらの始末はともかく、クィーイウの支部にはどうやって行こうか?
……などと考えていると。
「そこまでにしてください。すみません、若手が皆様の力を計りたいと不満をつのらせていたもので。どうぞ許してやってください」
普通の大和語を話しているが、彫りは浅くも鼻は大きく四角い顔立ち、白い肌。長身で細身の男が、林から出てきて謝った。
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「それは事情を聞いてから、判断させてもらいます」
詫びを入れてきた男は支部の中堅幹部だと名乗ったが、俺は受け入れなかった。俺たちが度量を示して許すだろうと踏んでいるのが、気に入らない。
悪ノリしていた武士を含め7人を葬式状態にして、支部への移動を開始。果たして支部は、川幅2キロ近くもあるドニプロー川を越えた、西側の丘陵地帯に建っていた。200万人都市を見下ろす立地、たぶんこの大和国領、屈指の一等地だろう。
レンガ造りの素っ気ないビル、自称中堅幹部はその5階の支部長室に俺たちを案内する。
部屋に入ると窓前の大きな机に、これまた大男が立っていた。「大勢でどうしたでごわす? 急ぎでないなら、しばらく下で待っているでごわす」と7人を部屋から追い出す大男。そして出て行ったのを見計らうと、両手を広げて言った。
「遠いところをようこそでごわす、新入り伝説的武士! 拙者はクィーイウ領の武士団支部長を務めている剣聖、大鳳・拳・雷電でごわす!」
身長は2メートル近く、体重は優に100キロを超えているだろう。俺たちの正体を知っているからには、この人も伝説的武士のはず。素体によっては、こんな大男になることもあるのか。ちょっと伝説的武士を引き受けたのは、軽率だったかもしれない……
「だ、大将軍の滝沢・万・秋です。あ、今誕は小林秋介という名にしています」
かくも風格の漂う大男に、大将軍を名乗るのは気後れしてしまう。どもってしまった。
「はは。科学が発達した昨今は、再誕間隔が短いと面倒でごわすよな。そなたの念信には期待しているでごわす! よろしくでごわす!」
差し出された右手に応じると、思いっきり上下にシェイク。痛いっ。剣聖って、こんな人ばかりかよ……
「剣聖の一文字・翔・菊、今誕は林菊代です。剣聖の先輩にお目にかかれて、光栄です」
「おお、源さんから話は聞いていたでごわす。あやつが真似できなかった技を、見てみたかったでごわす。伝説的武士に選ばれて、良かったでごわすな」
菊とは普通の握手だ。この人、キョウコさんとは会っているのか。天野さんによると、もう引退しているという話だったけど、ここに遊びにでも来たのかなあ……
「大軍師の老良・算・京なのです。今回は男にされて後藤京悟なのです。よろしくなのです」
「よろしくでごわす。気持ちは分かるつもりでごわす…… ところで老良殿の希少な念質、握手でも念能力を測れると聞いたでごわすが、拙者のはどうでごわすか?」
大鳳さんは握った京の手を、そのままにして放さない。
いつの間に京にそんな設定が?
――果たして京の表情が、驚きのそれに変わる。
「は、初めてなのです。念深がXなのです……」
「おお、これはたまげたでごわす。本当に分かるのでごわすな? もっとも拙者、念幅はEレベル、力押しだけが取り柄の落ちこぼれでごわす。剣聖では無くて、こぶしのほうの拳聖だと、からかわれているでごわすよ」
そう言ってようやく手を放す大鳳さん。
念深Xって、菊のAより深いってことだよな、想像もできない。どこがどう、落ちこぼれなんだ? 念転写システムによってこんな武士がゴロゴロいるんだから、大和国武士団が世界の国々から別格扱いされるのは当然だ……
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ソファーに座って、今後の方針の話。だがその前に。
俺は空港を出てからの一件を、大鳳さんに報告した。彼らは冗談だと言っていたし、それは本当だと思ってはいるが、もし違っていたら洒落にならない。
「……あやつら、そんなことを、しでかしたでごわすか。ったく、しょうが無いでごわす。すまなかったでごわす」
ぶっとい太ももに、これまたぶっとい両手をついて、頭を下げる大鳳さん。本当に冗談だったようだ。で、あれば、俺もこれ以上、咎める気は無い。
早速7人を呼び出す大鳳さん。顛末はこう――
大鳳さんは俺の念幅能力を生かすために、クィーイウ支部220人の武士のうち、40人を俺たちの配下に割り当てると触れを出していた。しかし大鳳さんに心酔しており、特級武士といえど他の指揮下に入る辞令に不満を感じる者たちがいた。若手5人は俺たちの力を見極めようと企み、先輩格の上級武士1人も自身の力試しを目論んで手を貸すことにした。中堅幹部はいざという時に備え、監視のつもりで同行した――と。
7人は今では猛省している様子。大鳳さんも不問に処して、さっさと追い出す。
「拙者も、もともとは女でごわす。冗談でも女を囲んで脅すような戯れは許せないでごわす。あやつらを徹底的にこき使って欲しいでごわす!」
と、最後に、衝撃的な事実を教えてくれた。
★大和国飛び領地




