♠♠国家と武士団
「そなたらに会うのが楽しみだったわ」
「ここ数日、子どものようにそわそわしていたのですよ」
話してみると、とても気さくな夫婦だった。キョウコさんの遠い子孫だもんな。格式張ったところが無い。武士好きなのは皇帝家の伝統のようだ。大和国武士団の専用機がチンク空港を経由する場合は、連絡が入るのだとか。どこぞの領主と同じだ。2人とも流ちょうな大和語だけど、皇帝の言葉づかいは年寄りくさい。どこかで間違って伝承されているっぽい。
……当たり障りの無い話が続いたが、いつしか話題はカナル国際管理地域の話になる。この事件は、国際政治にも大きな影を落としているもよう。
「ワシも父より皇位を譲られ一国を預かってみると、当時のアルバ合衆国大統領の判断に思うところがないわけでもない」
「! 陛下!」
皇帝の話に顔色を変える皇后。
大和国武士の前で、多少なりとも爆撃作戦に肯定の意を表明するのは、タブーなのだろう。俺も、自分が当事者だからというのもあるが、澤村さんたちの命も奪ったことを知ってから、許せない気持ちが強くなっている。
「言葉が足らなんだな。あの事件以来現在に至るまで、我がフチテー帝国はアルバ合衆国と一切の武士交流はしておらん。ただ……、ただ国によっては政府と武士団の疎通が上手くいっていない。かの国は武士密度1、武士を軽視する国柄でもあるゆえ、爆撃決行に至ったのも、分からなくもないという話だ」
武士密度というのは、念食獣と武士の戦力比を表す数値。1というのは最低値で、住む場所を局所に限定しないと、念食獣から住民を守り切れない。国土の大半は人の住めない地域になる。大和国は210、フチテー帝国は12である。――ちなみにフチテー帝国の前身の国は、ずっと武士密度の高い国だったよう。キョウコさんが派遣任務を達成すると周辺諸国や部族が活躍を聞きつけて次々と庇護を求め、あっという間に国土は広がり、武士密度は小さくなっていったらしい。自動車が発明されるのはかなり後、嵐に乗るキョウコさんの機動力は、当時、さぞ突出していたことだろう。――っと、思考がそれた。
そして大和国もそうだが、多くの国では武士団が政府や一般軍から独立している。武士を国家の統制下におくと、大和国もそうだが、ほとんどの国から武士の派遣協力を得られなくなるのが、その理由とされている。しかし、武士団みたいな強力な武力集団が国家の指揮下に無いというのは、統治者にしてみれば心許ない、という話は理解できる。
「私から申し上げるのも失礼ですが、護衛の武士はお2人だけなのですね」
つい意地悪な質問が口を突いて出る。俺も無意識ながら、アルバ合衆国に理解を示す皇帝の話を、不快に感じていたようだ。俺たち3人がその気になれば、この皇帝の命を取るのは容易い。
「秋介くん!」
「失礼なのです」
両隣からとがめる声が上がる。まあ良いじゃ無い。ゲームなんだし。
「ふはは。これはおぬしらの力を侮っているのでも、武士団と仲が悪いのでも無いぞ。武士団長には、大和国の特級武士3人と会食するなら、10や20の武士を護衛につけたところで無意味、形だけ付けておくと言われたわ」
と、何やら痛快そうな皇帝。
「我が国の武士団長は、皇帝陛下の従兄で、かつては上級武士だったのです」
と皇后が補足する。うーん、その従兄って……
「なかなか、わしの想いが伝わらんのう。今、世界は3度の大侵攻により、ほぼ全ての国々が念食獣と苦闘している。そんな中で、武士同士がいがみ合っておって良いのかと思うのだ。まあ少なくとも従兄殿が武士団長をしている間は、我が国の武士は絶対にアルバ合衆国に協力しないじゃろうがのう」
どこか、やるせなさそう。世界最大の国の皇帝でも、思い通りにならないことがあるんだなあ。
「武士団長は貴国の悲劇の3大特級武士と、アフリ大陸で肩を並べて戦っていたのですよ」
また補足してくれる皇后だが…… うん、最初の頃は一緒に狩っていたなあ。どんどん力の差が開いて、後半はパシリと化したけど。
「3人のうち、剣聖と大軍師とは、我が国の昔の広報フィルムで共演までしておってな。当時はわしも羨ましく見ておったが、今となってはそんな2人を助けて念食獣を倒す芝居をするなど、とんだお笑いぐさじゃ。お2人とも従兄殿の顔を立ててくれた、とても心の広いお方だったのであろうな……」
いえ、2人とも俺とのデートが目当てだっただけです。すみません……
「従兄殿も、昔は粗野だったが、明るい性格だったのじゃがのう。アフリ大陸から帰ってきたら、すっかり老成しておった。人づての話だと、カナルの一件以来、ガラリと人が変わってしまったそうじゃ」
「陛下、士道高校の話とか聞きたかったのでしょう?」
「すまぬ、そうじゃったな……」
なんともコメントのしようの無い話になったが、皇后が話題転換を図ってくれる。
再び、ただの武士好きのおじさんに戻った皇帝。きな臭い話題には触れなくなったが、大和国武士団が特級武士を輩出し続ける背景を探りたいもよう。士道高校の様子や青木ヶ原の演習場について、質問攻めを始める。俺たちは何も隠さず答えたが、いくら真似たところで、フチテー帝国が大和国に追いつくことはできないだろう。
そうして時刻も遅くなり――
「今晩はごちそうさまでした」
「楽しいお話をありがとうございます」
「楽団の演奏も素晴らしかったのです」
見送りは不要と言われたが、そういうわけにもいかない。俺たち3人は、ホテル前で皇帝の帰りを見送る。外に武士が6人いて、計8人。皇帝の車を前後4人ずつ、バイクで護衛する形だ。
「わしも帝国創始者の故郷、大和国の特級武士と話ができて、この上ない夜じゃった。……ときに小林くん、この8人であっても、やはり君たちからわしを守り切れんと見るのかね?」
「陛下! ……もう、知りません」
諫めようとしたらしき皇后だが、夫の子どものような表情に言葉を止めたようだ。皇帝も、アルコールが回っているのに加えて、ただ純粋に興味があるだけのよう。
「はあ…… 菊代さん、良いかな?」
俺はため息を1つつく。菊は「ご馳走になりましたし」と、了承してくれる。
「万が一も防ぎたいので、玄関口までお戻りいただけますか?」
と、皇帝と皇后に移動してもらい、京を臨時の警護に立たせておく。
一流ホテルのロータリーといえど、武士9人が戦うには狭すぎるが、どうせすぐ終わる勝負だ。護衛の武士さん達は戸惑うかと思ったが、やる気満々、曲剣を召喚して8人で菊を取り囲む。
対して菊が構えるのは1刀のみ。この場で3刀は拙いか。ただ防具は大和国独特の兜に鎧と分厚くフル装備。初めて見たかも、格好良すぎる。……そっか、護衛さんが遠慮せず打ち込めるようにしてあげたのか。気配りは変わらないなあ。もっとも、これにたじろいでいる人もいるけれど。
「準備できました。剣王に触れたら貴国側の勝利、で良いです。開始の号令をお願いします」
と、俺も下がって、皇帝陛下に依頼をする。自分でやりたそうなんだもん。
「うむ、フチテー帝国武士団の精鋭よ。創始者チンクの名にかけて、意地を見せてみよ」
おっと、ここでそう鼓舞するのか。これはガチになるだろ……
「模擬試合、始め!」
――
あ、あれ?
「ま、参りました……」
何人かの武士が降参を口にして、頭を下げる。言葉すら出ない武士も3人ほど。
これは俺も予想外だった。菊は一切加減すること無く、勝負を決めてしまった。刀と防具を消滅させ、すました顔でお辞儀を返している。これでは皇帝陛下は何が起こったのか、分からないだろう。
(パチパチパチ)
拍手をしながら、こちらに戻ってくる皇帝と皇后。俺は思わず「す、すみません。すぐ終わってしまいまして」と謝る。あっ、これだと護衛武士に失礼か……
「わはは。わしのほうこそ謝罪しよう。こやつら、これでも我が帝国の武士20万人から選ばれた精鋭じゃぞ? それがここまで一方的にやられるとは、思いもせなんだ」
そう感嘆を口にして、護衛の武士達を睨みつける皇帝。護衛達はうなだれている。菊が剣王って言うのは嘘で、剣聖なんだ。申し訳ない……
「いやはや、これは良いものを見せてもらった。早速、従兄殿に自慢せねばならんな! わはは!」
笑い事でも無いと思うのだけど。
皇帝陛下は、この夜で、一番の笑顔を表した。
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ホテルにはリムジンがお迎え。空港の特別ゲートを通って、大和国武士団の専用機まで送ってもらうと、タラップにはパイロット3人が待っていた。
「お話、聞いておられますか? 大和国武士団からつい先ほど連絡が入ったのですが、皆さまにフチテー帝国の武士団が同行されるとのことで、すでに搭乗されておられます。なんでもフチテー帝国皇帝直々の依頼なのだそうですが……」
そんな話は知らないけど、これまた覚えのある展開。昨日の護衛さん達だろう……
飛行機に乗り込むと、後部のほうに座っていた武士3人が立ち上がる。
「急なお願いをして申し訳ございません。皇帝の助言を受け、私以下2名、同行させて戴きます」
と、丁寧なご挨拶。
後ろの2人が昨日の護衛さんなのは、予想通りだったけれども――
先頭の男は、見事に老けたウジイエだった!