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♠♠母娘

♠♠平聖8年(YE2758年)8月

♠♠甲斐県甲府市


「あなた方のお陰でこうして生きています。ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください」

 手を合わせて、(もく)(とう)


 俺たち3人は、甲府市郊外、十年ほど前に(こん)(りゅう)されたという大和国武士()(れい)()公園に来ていた。武士の慰霊碑は全国各地にあるが、海外で命を落とした武士を中心にその霊を(なぐさ)めようと設立されたとのこと。ここにはカナル国際管理地域での細胞破壊爆弾投下作戦に巻き込まれた武士も、名前が刻まれていた。


 澤村さん、前田さん、吉野さん、野口さん、菊池さん、尾崎さん……


 澤村さんたち6人は、俺たちを助けた際に細胞破壊粒子を浴び、数年間の()(れつ)な闘病を経て他界されていた。どれだけ感謝をしても、足りるものではない。(まさ)しく俺たちの命の恩人だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 天野さんから聞かされた経緯はこう――

 アメリ合衆国の動向を察知してすぐ、カナルから西6000キロメートルに位置する大和国特別領イーストハヴァイ島から飛行体を派遣。途中で協力要請に応えてくれた澤村さんたちをピックアップして、俺たちを救出したと。澤村さんたちは犠牲になるのを(いと)わず、即諾だったそう。

 天野さんはなまじハリケーンの針路を正確に予測できるばかりに、アメリ合衆国が空軍基地の被害を懸念して予定を前倒しにするとは、想定すらできなかったのだとか。

 この話には出なかったが、俺たちはおそらくイーストハヴァイ島から本拠地へと、瞬間転送されているはずだ。


「俺たちだけが、()()()()になるのもなあ……」

「複雑な気分よね」

「絵はがきも売っていたのです」

 そんな話をして見上げているのは、台座も含めて高さ3メートルほどのブロンズ像。

 先頭に両手で刀を構える少女剣聖、その右後ろに腕を組む少女大軍師、さらに左後ろに両手を広げる少年大将軍と数羽の鳩が(かたど)られていた。そして剣聖と大軍師は、当時の菊と京とにそっくり。それはフチテー帝国に、ウジイエとの広報フィルムが残っているからだ。

 異国で悲劇の戦死を遂げた、この3人の天才特級武士(サムライ・マスター)の話は、今では広く世界に知れ渡っているらしい。これでは俺たちが正体を明かしたところで、かわいそうな人に見られてしまうだろう。と――


「きゃあー」

「た、助けてくれー」

 突然近場から、悲鳴が聞こえてくる。

 俺たち3人は、声の方向に向かって全速でダッシュ――


「従魔召喚!」

 同時に俺は鳩20羽を召喚。これが今の俺の限界。

 2羽で菊と京に念信を張り、残り18羽を声の方向へと先行させる。


 ――すぐに鳩は、悲鳴の元を視界に捉える。

 慰霊碑広場に林を隔てて隣接されている広い公園、まばらに逃げ惑う人々。

 小型の、イノシシのような念食獣2匹が、1人の男を取り合うように食べている。

 残念ながら、今の俺の鳩では倒せない。

 菊と京が到達するまであと十数秒。

 せめても逃げる人々に鳩を付ける。

 時間稼ぎには十分なはず。

 と――


【この母娘(おやこ)にもっと鳩を割り当てるのです】

 京が映像イメージ付きで、念信を飛ばしてくる。そのイメージでは、念食獣にすくむ中年女性と女子学生が強調されていた。

 んー、確かにもっともリスクは高いのだろうが。念食獣は1度捕食し念を吸い始めると、しばらくは次の捕食行動をしない。一瞬、この2人に対する京の私情のようなものを感じたが、知人なのだろうか?

 ともかく――

 念食獣への牽制に充てていた鳩たちから、2羽を母娘(おやこ)に振り分け直す。


【3刀召喚!】

 菊が直接、念食獣を視界に捉える。

 間に合った――


【はあー!】

 一気に念食獣の真上に跳躍する菊。

 斬撃、(さん)(せん)

 1頭は菊が、もう1頭は宙を舞う2刀が、念食獣を真っ二つに叩き斬る。

 オーバーキルも(はなは)だしい。

 念食獣は抵抗する間もなく、念を菊に吸収されていく。


 ――♠♠――♠♠――♠♠――


 俺が遅れて公園広場に到着すると、京は念信を切断し、

「念食獣の消滅を確認したのです。秋、あの母娘(おやこ)に声をかけてくると良いのです」

 と、直接、口頭で(しん)(げん)してくる。

 なんだろう? 京がやけに母娘(おやこ)に執着する。でも接触役は俺に振るのか? おかしすぎるだろ……

「どうして……」

 理由を聞こうとしたが、京はようやく駆けつけてきた地元の自警団の元へと向かっていった。……不気味だが、怪しむ状況でもないか。俺は自警団に状況説明を始める京を横目に、母娘(おやこ)の元へと足を進める。

 菊も不思議そうにこちらを見ている…… そりゃ、いつもと行動パターンが違うもんなあ。


「お怪我はありませんでしたか?」

 なんと言おうかと悩んだ末に掛けてみた言葉なのだが、女子学生が母親の背に半身を隠してしまった。今誕の俺は軽薄そうな(つら)なんだよな。恩にきせたナンパに見えるのかな。


「ありがとうございます。お上級武士(サムライ)さま。お陰様で傷1つありません」

 そう言う母親は、さきほど俺を見るや、目を見開いていた。

 俺が何だと言うんだ。……ん? この母親、どこかでお見かけしたような……


「これから、お参拝ですか?」

 いつのまにかこちら側に来ていた菊が、俺の後ろから母娘(おやこ)に声を掛ける。俺と母娘(おやこ)のギクシャクしたやりとりを見かねて、助っ人に入ったというところだろうか。確かに娘のほうは、花束を持っている。


「わっ、綺麗なお上級武士(サムライ)さま」

 娘が小声でそう言い、あからさまに緊張を解く。やっぱり俺を警戒していたようだ。今誕の菊は容姿に言及されると落ち込んでしまうのだが、この娘さんに罪は無い……


「はい、そうです。兄が(まつ)られていまして」

伯父(おじ)は称号持ちだったんですよ」

 母娘(おやこ)が相次いで菊の問いかけに答える。いっぺんに打ち解けさせるところは、さすが菊だ。


「そうなんですね、それは凄いです」

 菊はそう言って柔らかな笑みを浮かべ、

「私たちの大先輩になるわね」

 と、俺に話を振る。コミュスキル、()っけえ。

 それに引き換え、京は俺たちから距離をおいて立ったままだよ。もう自警団への引き継ぎも終えているのに。

 ……何か辛そうに目を閉じているな。貧血か? まあ、ほっとこう。


「良かったらその方のお名前をお聞かせ下さいませんか? 何か縁があるかもしれない」

 菊のパスを受けて、俺も適当に話をつないでみる。

 正直、興味は無いんだけれど。


「――称号は『万』、名前は()()()と申します」

 俺の目を射抜くように見つめ、力強く言う母親。


 なっ…………


 この母親、そういうことか…………


 考えてみれば、そうだよな。俺はそのまま生きていれば、35歳になっているんだ。早婚だった照和の時代、すでに結婚してこれくらいの娘がいても、まったくおかしくはない。

 2人とも上等そうな()()の洋服。大英雄の妹だもんな。縁談も引く手(あま)()だったことだろう。こんな()()()ない兄でも、役に立てたのかなあ……


「……お上級武士(サムライ)さま。お上級武士(サムライ)さま。どうかなされましたか?」

 (ぼう)(ぜん)としてしまった俺を呼びかける()()に、ようやく意識を戻す。

 背中に添えられた菊の手が、暖かい。


「す、すみません。滝沢・万・秋は、私も尊敬している大将軍でして、あの、驚きました」

 そう言葉を絞り出すのが、やっと。

「お隣、信濃県の英雄ですね。大将軍のご親族に会えて光栄です」

 菊のフォロー、その優しさが身に()みる。


(めっ)(そう)もありません。こたびは助けていただきありがとうございました。あの、お上級武士(サムライ)さま、お名前を(うかが)っても?」

 ぐいぐい来る冬子。

「えっ、たき、あ、小林、小林、秋介です」

 あ、危ない。偽名を決めていなかったら、はまっていた……


「小林さま。先ほどの鳩は、小林さまのものですよね? 私は見ていませんが、兄も鳩を操る技が得意だったと聞いています」

 そう言う、冬子の眼差しが鋭い。

「いえ、私の技が大将軍の足元に及ぶなど、とてもとても……」

「そうなのですか…… 戦いとは関係ないのかもしれませんが、小林さまは兄と(しょ)()がそっくりですよ」

「それはまた、(おそ)れ多いお話です。……あの、申し訳ありませんがまだ任務中でして、そろそろ」

 辛いが、これ以上話を続けるのも(まず)い。菊も京も親族と会うのを我慢しているんだし。


「すみません、長々とお引き止めして。兄が小林様に引き合わせてくれたような気がしてしまい、年甲斐も無くはしゃいでしまいました。……これからの皆さまのご武運をお祈り申し上げます」

 そう言って冬子が深々と頭を下げる。


「どうもありがとうございます。では、失礼します」

 俺と菊は母娘(おやこ)に一礼し、(きびす)を返す。

 胸がどうしようもなく苦しい。


 そうして神妙な顔をして待っている京と合流。京には礼を言わないとな。

 と――


(しゅう)(にい)!」

「何だ?」

 唐突にかけられた大声に、俺は振り返る。


 ――しまった!


 ポロポロと涙を流す冬子。駆け寄ってやりたいが……

 情けなくも戸惑っていると、冬子は()と話を始める。何やら口論になっていたが、姪がこちらに向かって走ってきた。


「こ、小林さま、これを、母がお渡ししなさい、って……」

 そう花束を俺に差し出す。本人は不本意なようだ。

「私は失礼だとは思うのですが、伯父が、母の兄がこの花が大好きだったってきかないんです。あと……、その……、『私は幸せに暮らしています』って伝えろと。こんなこと、小林さまにお話しても仕方がないんですけど」

 あはは、ふくれた顔が、冬子(ははおや)似だ。


「いいえ、それは良かった。お花もありがたく戴きます。どうか、とう……、お母様を、大切にしてあげてください」

 俺は姪から両手で花束を受け取り、小さく手を振っている冬子の姿を目に焼き付ける。俺に何か事情があると、察しているな。昔から冬子は賢かったもんなあ……


「従魔召喚……」

 俺はありったけの白い鳩と、トンボを念製。

 冬子の頭上を経由して、赤く染まり始めた空へ放つ。


「わー、綺麗」

 姪が嬉しそうな声を上げる。

 この子にもお年玉くらい、あげてやりたかったな。


 そうして今度こそ。

 俺は振り返ること無く、公園を後にした――


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