♥もう1つの授業
♥霊和17年(YE2817年)4月
♥信濃県松本市
「おはよう」
「おはよう、なのです!」
長い長いチュートリアルを終えて。
リアル世界で一通りの雑事を済ませてゲームを再開すると、そこは『Re-birth』側の世界、月曜の朝を迎えていた。『武士物語』の1年半が、『Re-birth』では2日半だったことになる。ゲームの話なので取り立てておかしくは無いが、どちらもリアルタイムのVRRPG、時間経過の不均衡が目についてしまう。
あれ? そういえばリアル世界って何日経っているのだっけ? 大型連休に突入しているので、まだ大学に登校しなくても良いはずだけど……
「チュートリアルは、終わったのです?」
朝日に照らされた老良さんが、言葉通りにまぶしい。『武士物語』ではもう見られない照和時代の老良さんが、霊和時代の制服をパツンパツンにさせているのも眼福だ。ゲームでの話とは言え、俺はその中身も知っている。
くっ! 朝から修惑との戦いが待ち構えているとは!
「なにが『くっ!』なのです? 終わっていないのです?」
俺が強敵と苦闘していると、また老良さん。
いかん、自分の世界に入り込んでしまった。
「あ、終わったよ。すごく長かった。ようやくフリーシナリオに入る。エウローペー地域を好きなように回れるようになるんだね?」
と俺が返すと……
「武士のことを思い出せれば良いのです。フリーシナリオ編は暗黒時代なのです。あとはこの世界で、私と楽しい日々を送るのです」
と、淡々と語る老良さん。
気になる言い回しがちりばめられていたが、女子寮から校舎までの距離は長くはない。つっこむ間もなく、教室へと入った。
――♥――♥――♥――
「……桜を見に行くのです」
「……食堂のメニューに『あんみつ』が追加されたのです」
「……音楽室に『カラオケ』セットが設置されて、予約すれば使えるのです」
放課後、毎日のように老良さんに誘われては、遊びに出かける。もはや同級生の中ではごく日常の風景として扱われ、冷やかされもしない。
楽しいから良いけど、この『Re-birth』の世界ではまだ、一文字さんと接点が無いのは心残りだ。
授業のほうは、平聖後半から霊和にかけての、社会の移り変わりの話が大半。本当に『武士物語』で予習していなければ、ついて行けないところだった。それより以前の時代については触れられないのだが、これは『武士物語』を進めれば分かるようになるらしい。あとカリキュラムが、「基礎から体系的に」ではなく、どこか「差分を更新する」かのよう。違和感がある。
こうして『Re-birth』の世界はあっという間に週末を迎え。
またゲーム内ゲーム『武士物語』の世界へと舞い戻る。