♠♠チュートリアル完
……長い。
天野さんの話が長い。
この人、話の内容は冷めていて、冷徹とさえ感じさせるのに、人と話をすること自体は好きなようだ。そういえば現実世界の天野さんも、念転写前に会ったそっくりさんも、他人の話に口を挟み込んできていたなあ。
いつしか俺たち3人は、それぞれ異なる壁を背に座っていた。菊は正座、京は体育座り、俺はあぐら。姿形は変われど、こんなところで性格が出て、面白くもやるせない。
――違うな。京も女だったら正座だ。性格差じゃ無くて、性差なのか。以前はちょっぴり猫背気味だった姿勢が治っているんだけど、これは何の要因によるものなんだろ?
天野さんの話でまず衝撃的だったのは、今が平聖8年、あれから19年経っているということだ。あのまま生きていれば俺たちは35歳前後、武士を引退している頃になる。したがって知り合いに会うこと自体は問題ないが、正体を明かすのは避けて欲しいし、信じてもらうのは難しいだろうと言うのだ。
この事実が告げられたとき、3人とも放心状態に、否、パニックに陥った。
もう家族や友達と、以前のようには会えない。
ゲーム感覚の俺でさえ、小学生の冬子を置き去りにしたことが、とんでもなく苦しい。せめて高校を繰り上げ卒業した際に、実家に顔を出せば良かったと、後悔に苛まれる。
菊や京とのこれまでの会話で家族の話題はあまり上がらなかったが、2人とも華族の武士として期待され、それに懸命に応えていたのは間違いない。それはこの話を聞いたときの2人の表情と、しばらく続いた嗚咽から、察して余りある。最後はみんなで、あのまま死ぬよりはましだったと、なんとか落ち着きを取り戻した。
ただ、俺たちの存在を知らされる人たちもいる。キョウコさんのように念が保存されている特級武士には、再誕が周知されるのだそう。こうした武士は「伝説的武士」と呼ばれており、原則、4年ごとに3名が再誕しているとのこと。大和国が上位武士の層の厚さで他国を圧倒しているのには、想像を絶する理由があったわけだ。
目が回りそうな説明だが、なので、新たな名前を決めろと言う。適当に考えたが、「小林秋介」「林菊代」「後藤京悟」と元の名前を新しい名前の一部に含めて、呼び方は今までと同じになるようにした。
「それで君たちの今誕の任務だけど……」
天野さんの話は続く。
「昨年から東エウローペー地域で念食獣が大量発生し始めている。この被害を軽減して欲しい。50年前の南アメリ大陸南部での大量発生は第1次、25年前の中央アフリ大陸での発生は第2次、そして昨年からの発生は第3次念食獣侵攻と呼ばれるようになっている。それほど大規模なものだ」
俺は思わず、つばを飲んだ。第1次、第2次とも数千万単位の人々が死んでいる。だがエウローペー地域は大都市が多数あり、人口密度もずっと高い。これまでと同じ調子だと、今度の犠牲者は億を超えかねない。しかも第1次、第2次とも、侵攻は抑えられてはいるようだが、沈静化はなされていない。それぞれ武士が派遣され続けている中で、各国の戦力も余力が無くなっているだろう。
「――と言っても、適当で良いんだけどね。君たちがいくら強力な武士でも、第3次侵攻を収束させられるはずもない。第1次も第2次も収まっていないんだし」
あれれ? 身構えていたら、軽いことを言い出す……
「君たちの武士としての活躍はまだ1年だけ、若くして最初の生を終えてしまった。この再誕は、そんな君たちへ、人生のやり直しの機会を提供する意味合いもある。再誕は平均すると150年周期なんだ。そこをたった20年で再誕させたのがどれだけ異例なのか、君たちにはピンとこないと思うけど……、まあそれくらい報償と償いの意味合いが強いんだよ」
うーん、言ってるニュアンスは分かるけど。京が男にされている時点で、いろいろ台無しだよ、天野さん……
「まずは甲斐県の青木ヶ原で、最低限の念強化をすると良い。念転写は本体の念は保存できるが、服従させている念体は残せない。特に滝沢くんは今のままだと、上級武士にすら届かない、ただの武士だ。大将軍といえど、いきなりエウローペー地域に行くのは厳しいだろう」
ふむ? そういえばこの本拠地はどこにあるのだろう? 甲斐県だと思い込んでいたが、違うような話っぷり。窓が無くて外の様子が見えないので、見当が付かぬ……
などと考えていると――
「私はここの施設について研究させて欲しいのです。大軍師の能力向上の参考になると思うのです」
と、京が意表を突くことを言い出した。前向きだ。
「うん、面白い提案だ! ここには念質『算』に役立つ技術や情報が、たくさんあるぞー。再誕経験の浅い武士にはあえて教えていない情報も多いけど、君なら大丈夫だろう」
天野さんは隠し事の存在を無邪気にバラしながら、京の申し出を受け入れてくれる。
そうして、ついに――
「チュートリアル 完」
と、メッセージが表示された。