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■休憩

■霊和20年(YE2820年)5月

■甲斐県国府市


『「吊り橋効果」という心理効果があるのです! ……』


 あれから少し話を進め、切りの良いところで一旦ゲームを中断した。終わり(ぎわ)、サポートAIが手をブンブンと振り回して心理学の説明とやらを始めていたが、ゲームとは関係なさそう、放置してぶち切り。

 それにしてもこの、フルダイブ型VRは臨場感が凄すぎる。実際の体験と区別がつかない。今でもまだ、頭の切り替えが追いつかない。


 時計を見ると16時過ぎ。始めたのは昼前だから4時間と少しか。現実の時間より、ゲーム内時間のほうが、かなり進みが早いみたいだ。

 身体もあちこちが()っている。

 運動がてら、晩飯調達に出かけるとするか……


 ――■――■――■――


「ご利用、ありがとうございました」

 自動ドアを出ると、コンビニの音声メッセージが流れる。

 今朝、病院帰りに寄ったときに坂上さんに笑われたが、レジを通さずに買い物を済ますというのがどうにも落ち着かない。顔認証支払い、通称『(かお)Pay(ペイ)』というシステム、そもそも入店時に認証が通らなければ入会ガイダンスが始まるそうだが、俺は本当にこんな無人コンビニを利用していたのだろうか?

 顔認証もだが、VRもそう。

 知っているけど、「どうしてそれを知っているのか?」、その経緯を思い出せない知識がいくつもある。今朝、あのコンビニに入ったあたりからか、何を見聞きするにつれ、そんなもどかしい思いにさらされ続けている。


 俺の名前は(たき)(さわ)(しゅう)、18歳、大学1年生、らしい。


 らしいというのは、昨日、俺は軽い脳震とうを起こしたのだそう。それが原因で記憶が混濁しているからだ。1人暮らしということもあって念のため病院に一晩泊まったが、特に外傷も無し、坂上さんが身元を引き受けてくれて、今日からは自室で静養になった。

 坂上さんというのは俺が住んでいるマンションのオーナー、その1階で不動産事務所を構えている。

 坂上さんは病院に迎えに来てくれただけでは無く、時間を持て余すだろうと、最新型のハイエンドVRヘッドギアと、人気RPG『Re-birth』を貸してくれた。フルダイブ型VRは15歳以上から使用できるのだが、高価な機器なので俺は遊んだ経験はない、はず。記憶障害は嫌だが、初めてのフルダイブVRを高級機で体験できるというのは、ラッキーかもしれない。

 あまりの(こう)(ぐう)ぶりに、俺も気兼ねはしたのだが。坂上さんは、俺に(だい)(おん)があるから遠慮は不要と言う。俺のような学生が、坂上さんのような社会人に、どんな助けができたというのだろう?


 ……そんなことを考えながら、見慣れているはずの、でも見覚えのない街並みを歩き、我がマンションに着く。

 そうだ、ゲームのお礼を(ひと)(こと)しておくか。


 ガラス越し、1階の不動産屋を覗いてみると。

 坂上さんは女性と対談をしていた。

 商売の邪魔になるか。また今度だ……


 仕方が無いので通り抜け。

 角を曲がって、郵便受けを確認、空っぽだ。と――

「滝沢くん、寄っていきなよ」

 男の声。坂上さんがわざわざ俺を、追いかけてきてくれた。


「失礼しますっ」

 ガラス戸を押して入ると、あの女性はまだ事務所にいた。


「適当に座ってくれ。お茶を()れるから」

 と坂上さん。

 そう言われてもこの小さな事務所、一対のソファーがあるだけ。

 横に、というわけにもいかない。俺は女性に()(しゃく)して、その反対側に腰掛ける。コンビニ袋が恥ずかしい。


「ほい、おまたせ」

 坂上さんが緑茶と茶菓子をテーブルに置く。女性側に座って、すでにある2つの湯飲みにもお茶を足す。


「いただきます。……あの、仕事のじゃまして良かったんですか?」

 お茶を一飲みして尋ねてみる。どうにも落ち着かない。


「あー、知らないよな? こいつは(あめ)()、客じゃないから。石でも転がっていると思ってくれ」

 そう坂上さんが女性の肩をパンパン叩いて説明すると、女性は顔をしかめて、

「天野だ、よろしく。キミの、滝沢くんの話は、坂上から良く聞いているよ」

 と、予想外に低い声。

 なんと、男性だった。俺の名前もご存知のようだ。

「良い(たな)()が部屋を借りてくれた、って話だよ。それよりゲームのほうはどうだい? 面白いか?」

 俺の()(げん)な表情を読み取ってか、坂上さんが補足する。


「フルダイブVRは凄いですね。初めてでしたが、あそこまで現実と区別がつかないとは思いませんでした」

 坂上さんも天野さんも、頷いている。2人とも、やったことがあるみたい。

「ゲームはまだ、チュートリアルの途中です。今の段階だとストーリーよりゲームの説明をしてくれるマスコットのほうが個性的で、そちらが印象に残ります」

 そう苦笑して説明すると、意外にも天野さんが反応。


「だからこの世界に手を入れたんだ。行き過ぎには干渉するから、しっかりと彼の想いを受け止めてあげて欲しい」


 ……どういう意味だろう? 彼って、誰だ?


「こいつは、こういう謎めいたことを言うのが趣味なんだよ。あのゲームはプレイヤーのパーソナルデータによって物語の展開が異なるから、人それぞれ。他人のコメントなんて気にすんな」

 坂上さんが、天野さんの背中をバンバン叩いて、話に割り込む。

 天野さんは顔をしかめて、咳き込んでいる。


 ……(しゃく)(ぜん)としなかったが。

 その後は俺がどこまで記憶を取り戻しているのかを確認しながら、世間話。

 部屋に戻って、コンビニ弁当を食べ。

 シャワーを浴びて、ルームウェアに着替え。

 VRヘッドギアを装着して、俺は再びベッドに身を預けた。


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