♠♠見知らぬ男
♠♠?年(YE?年)
♠♠場所不明
目を覚ますと、まだベッドに寝ていた。
しかしつい先ほどとは異なる、薄暗い部屋。
俺は薄い布地の服を着ている。
身体のあちこちに、帯で止められているような締め付けを感じる。実際、手足を動かせない。
一方で体中の痛みは、すっかり無くなっている。疼痛緩和剤の効きが、体中に行き渡ったのだろうか?
「念転写完了。異常なし。覚醒案内を開始します」
天井から女性の声が聞こえる。とても事務的、コンピューター音声なのだろうか?
「照明照度を上げます」
部屋が明るくなっていく。
天井のどこにも照明機器が見当たらないのに、不思議だ。
「頭部の固定を解除します。ゆっくりと稼働を試行してください」
今度は頭を締め付けていた何かが、緩められていく。
頭を右に向けるとすぐ隣に壁が、左に向けると少しの空間と扉らしきものが見える。
「右腕の固定を解除します。ゆっくりと稼働を試行してください」
右手首を止めていた何かがたるむ。これだけでは大して腕を動かせない……
続いて二の腕。ようやく腕を持ち上げられる……
あれ? 俺の腕がずいぶんと太くなっている?
俺は武士になって一般人を遙かに超える身体能力を身につけたが、それは念深によるものだ。戦いの連続で筋肉が付きはしたが、こんな体育会系のような腕ではなかった。
……さらに左腕、両足と解かれていく。どれも逞しくなっていて、他人の手足のようで気持ち悪い。
「腰の固定を解除します。ゆっくりとベッドに腰掛けてください」
やっとすべてが解放された。上半身を起こして、ベッドの左側に座る。
うーむ、どこかおかしい……
酔っているというか、縮尺が狂っているというか……
身体の反応や感触が、ことごとく俺の見当と異なるのだ。
そして何も無い部屋だと思っていたが、頭方向の左隅に、学生の制服らしきものがハンガーにかけられ、全身鏡も設置されていた。
「続いて立ち上がります。左側の手すりを利用し、転倒しないよう注意して、ゆっくりと立ち上がってください」
一々、指示がかったるい。
しかし、高熱時に身体を動かしているような、プールから出た直後のような、ゆらゆらとした違和感があるのも確か。
ここは慎重にいこう――
ん? もう足の裏が床に着いた?
あれ? 妙に視界が高い?
「そのまま手すりに掴まりながら、鏡に向かってゆっくりと歩いてください」
まるで老人をいたわるかのようなメッセージ。
だが実際、思うように足を運べない。上げ底の靴を履いているよう。
そうしてよろよろと近づくと、部屋が映りこんでいた鏡が、次第にどこかの森の風景に切り替わっていく。
これは鏡ではない。大型スクリーンだ。
「これからあなたの姿を映します。心神喪失の危険があるので、手すりにしっかりと掴まってください」
ずいぶんと失礼な物言い。
俺は美男子ではないかもしれないが、失神するような容姿でも無いぞ……
「カウントダウンを開始します。3……2……1……」
風景がゆっくりと消えていき、代わりに男の姿が浮かび始める。
引き締まった身体、それ自体は羨ましい。
彫りは深いが、目尻が少し下がり、唇が薄い。
……顔で判断するのは良くないが、どこか軽薄そう。
そこには、知らない男が立っていた!