♠選択
♠照和39年(YE2739年)8月
♠場所不明
「……一文字くん、老良くん、滝沢くんの順にしよう。ちょうど平楽くんが居てくれて、助かったよ」
「……彼らの献身のお陰だ」
目を開けるとベッドの上に寝ていた。
狭い部屋、天井全体が灯って明るい。目を動かすと左は窓のない壁、右は京の半裸。全身が焼きただれ、わずかに残った服は皮膚に張り付き、苦しそうに胸が上下している。何かかぶせてあげて欲しいが、そうすると痛みを与えるのだろうか。更に奥には菊がいるようだが、ここからは見えない。
「気づいたか? 疼痛緩和剤を投与した。だいぶ楽になったはずだ……」
若い精悍な顔つきの男が、俺の顔を覗き込む。この人が平楽さんか? 服越しでも分かる強靱そうな体躯。ただ者では無い。
「こ、ここ、は?」
声を出してみたが、喉やほほに痛みが走る。
「無理するな……ゆっくり話せ」
そう言いながらも男は視線を上げると、
「いいだろう…… 一文字くんも、老良くんも、覚醒している」
もう1人、どこかで聞き覚えのある声が、部屋に響く。
「ここは通称、『本拠地』と呼ばれているところだ。君たちはカナルから搬送されてきた」
「ふっ、ただの改造貨物船なんだけどね……」
「ややっこしい話を、持ち出さないでくれ……」
あの状況から搬送? 船? さっぱり分からない……
「そして、ここからが重要な話だ。こんな状況で申し訳ないが、しっかりと聞いてほしい……」
俺と京の間に立っている男は、ひどく真剣な表情で下方を見渡す。京と菊の意識も確認しているのだろう。話は続く……
「君たちの体は、特級武士といえど、もう保たない。致死量を超える細胞破壊粒子を浴びすぎたんだ。あと2、3年がせいぜい、しかも激痛は絶えない……」
なんだよ、それ。ひどい鬱展開だ……
「その身体は破棄することを勧めるよ。疼痛緩和剤の連続投与には限界があるしね」
「いいから、黙っていてくれ。それとも自分で話をするか?」
「ゴメン、ゴメン。これでも判断材料を提供しているつもりなんだよ。……立場の近い君から説明したほうが、良いと思う。続けてあげて」
この人、声も性格も、あの人に似ている……
「しかし、健康な身体に移す手立てがあるんだ。君たち3人は、それだけの価値を認められた」
そこでいったん言葉を切る男。
「3人セットで、だけどね」と、またチャチャが入る。男は苦々しそうな表情を見せるも、反論はしない。
「ただ、それには2つの条件を飲んでもらう」
男はそう言って、右の人差し指を示し、
「1つは、要請に応じて、半永久的に念食獣を狩り続けること」
続いて中指を伸ばす。
「1つは、より優れた特級武士が現れた場合、その地位を譲ること、だ」
? 今後も戦うと約束すれば治療を受けられる、という話か? 菊や京に、あんな戦いを続けさせろと?
「念記録の容量は限られていて貴重なんだ。離脱されると大きな痛手だし、君たちにはぜひ協力してもらいたい……」
ここでもう1人が補足。今度は歯切れが悪い……
「このような状況で判断を急がせるのは不本意だが、今すぐに決めてほしい。いわば……いわば、ここで死ぬのか、生き抜いて戦い続けるのか、をだ!」
思い切ったように男は言い、俺たち3人の表情を見渡す。
そして――
「一文字と老良は、キミに判断を預けるようだ」
男が俺を見つめる。
もう1人も近づいてきた。
覗き込んで、顔を見せる。
性別不詳、やっぱり天野さんじゃないか……
「滝沢くん、決断して欲しい――」
――♠――♠――♠――
菊のベッドが運び出されていく。
2人の命がかかった選択、俺は受け入れるしかなかった。
この「本拠地」に、ほとんど人はいないよう。
菊が搬送される際、ロボットらしきモノが視界に入った。無論、照和の時代にロボットが実用化されているはずもないが、ここの金属のような壁も、全体で光を放つ天井も、時代に全くそぐわない。
――と、自動ドアが開くかのような音に続き、足音が響く。
「どうした?」
俺と京の様態を壁にもたれて見守っていた平楽さんが、怪訝そうに言う。
「うん、想定外のことがあったから、報告しようと思ってね。……心配しないで、解決済みだよ」
部屋を出ていた天野さんが戻り、平楽さんに話す。後半の言葉は、俺に向けてのものだ。
「想定外? 一文字のねんてんしゃでか?」
ねんてんしゃ? 念転写?
「そうだ。彼女の念容量が2人分近くあった。急遽、私の領域を割り当てたよ」
「なっ! そんなに気軽に言うことか!」
「なに、幸い、艦のメモリはまだまだ余裕だ。この身体が寿命を迎えたら、以後はオンメモリで活動すれば良いかと思ってね……」
「しかしそれでは2度と肉体を…… あー、ここでは何だ。念結晶室に行くぞ……」
平楽さんは頭をかきむしり、天野さんの背を押して出て行く。
静かになった部屋。京の苦しげな呼吸だけが聞こえる。菊と京は、俺より遥かに重症のはずだ……
続いて京のベッドが運び出され、しばらくして俺の番が回ってきた。
廊下に出て、別の部屋に入る。
頭を固定されていて見渡せないが、さきほどの部屋より広そう。
そして――
何なんだ、これは?!
部屋の壁一面がガラスで仕切られており。
その向こうに人より大きい巨大な多面体、自身で光を放つ宝石もどきが、厳重に設置されている。
まるで、球状の天の川……
天野さんが近づき、ケーブルに接続された機器を、俺の頭に装着する。
「これから薬を投与して、念を固定させてもらう。特に苦しいことはないよ」
説明に続き。
何かが腕に刺さり、意識が薄れていく。
「君たちは良く戦った。本当にありがとう。今回はここまでだ……」
無音に包まれ――
暗闇に閉ざされ――
五感すべてが、無くなっていく……