♠勝機
♠照和39年(YE2739年)8月15日午前
♠カナル国際管理地域
8月15日、7時、いつもの曇天。
時間を惜しんで6時過ぎの日の出とともに出立した俺たちは、ついに鳥蛇を発見した。
老良さんが紫と赤の信号弾を上げ、俺は鳩100羽で四方から攻撃を仕掛ける。
【……変わりは無いのです。でも、慎重に調べるのです】
【分かっているわ、京も無理しないでね】
50羽を犠牲にした偵察では、鳥蛇に今までとの違いは見受けられなかった。ただ鳩の攻撃では、初めから広げている羽根しか開かない。コイツを知るには、もっと強力な攻撃を加える必要があった。
【行くのです!】
鳥蛇正面から攻撃を仕掛ける、京。
共有している視覚を通して見ると、大迫力だ。
頭部が迫って噛みつきにきたり、胸元の短い足が鋭く動いて引っ掻きにきたり。
京の攻撃は牽制が目的。踏み込みは浅め。
それでも時折、鳥蛇に捕捉され。
小さな身体が、衝撃に揺れる。
【とうっ! はいっ! 3連斬っ!】
末端ゆえ、尾の振り幅は大きい。
それを問題ともせず捉えて、切り刻む菊。
攻撃直後は尾の半分以上に切り込んだように見えるのだが、瞬く間に回復されてしまう。
【どんどん頭に向かっていくのです!】
【任せて!】
すでに体中に血を滲ませ、青い痣を増やす京。
代われるものなら代わりたいが、俺では1分も持ちこたえられない。
菊の攻撃は鳥蛇の長い胴体の半分に至り、普段は隠れているあの2組目の羽根を開かせていた。
【3連斬! はっ! はっ! 3連斬! はっ! はっ! 3連斬!】
菊が胴の中央に迫ると。
そこが節だとでも言うかのように、振れ幅は小さく。
菊の攻撃間隔は短くなる。
と――
【新しい羽根なのです。秋! 鳩で探るのです!】
2組の羽根の間に、新たな羽根を生やす鳥蛇。
3組6枚、ますます奇怪な姿になる。
【従魔召喚!】
ようやくきた、俺ならではの仕事。
『異なる念質の武士と念信を結べるのは、とてつもなく強力』とか褒めそやされても、そんな戦いだけじゃあ、もどかしくてたまらない!
追加で鳩を50羽念製。
京の指示に従って、鳥蛇に突撃させる。
【秋! 後方、下からも!】
菊からもリクエストが入り、実行すると新たな情報が追加されていく。
これだよ、俺も戦いに参加しているという実感が湧く!
【真ん中、3組目の羽根は、ほかより反応が遅いのです】
【上方向に動かすのは、慣れていないようね】
俺には掴めなかった情報を、交換し合う2人。
【もう充分なのです。残りの部位を探るのです】
【もう少しよ、頑張って!】
【側室が正室を励ますなど、おこがましいのです!】
そう言うが、京の疲労は激しい。
防御を優先にしているが、あの鳥蛇の攻撃を受け続けているのだ。
敵の能力を調べきるこの戦術は、リスクこそ最小に抑えるが、確実に消耗を強いていく。
【3連斬!】
遂に頭部に至って攻撃を決め、京の横に並び立つ菊。
最後の3連斬は鳥蛇の両の目を抉ったが、それさえも修復されていく。
上位の念食獣ならこれくらいの回復力は備えているものだが、改めて見せつけられると無力感を覚えてしまう。
だがこの程度なら――
【こいつに対して、側室は相性が良いのです】
【攻撃を受ける気がしないわ。羽根をちぎってみようかしら?】
【真ん中の左側を切るのです】
【やってみるわね】
鳥蛇の攻撃は続いているが、菊が3本の刀で捌き続けていた。
その間に回復を図る京。最大念信を通して、全身を覆っていた痛みと疲労が抜けていくのが分かる。
それにしても相性が良いって、どういうことだろ?
【この蛇の主な攻撃は、口の牙と、おそらくは胴による締め付けなのです】
再び牽制攻撃をしかけ、鳥蛇の気を引く京。
【3連斬! はっ、3連斬!】
真ん中の羽根の根元に攻撃を集中する菊。
【あの側室の狡辛い動きを、こいつは捉えられないのです。そして胴締めするにも、人間は細すぎるのです】
なるほど、これは勝てるか?!
【3連斬!】
仕上げの一撃。
2メートルほどの羽根がちぎれ、落ち、消滅する。
けど――
激しく身をよじらせる鳥蛇。京と菊は、距離を取る。
羽根を失った根元が何やら膨れ上がり――
羽根が復活した!
【ぷぷぷ、この鳥蛇はバカなのです】
【うふふ、賢い念食獣なんて、いないじゃない?】
……俺には笑うほどの余裕は無いが、2人の気持ちは分かった。
羽根を再生した分、胴が細くなっている。鳥蛇は羽根を使って飛ぶわけでは無い。俺たちにとって、攻撃の邪魔ではあるが、さしたる脅威ではない。
――そんなものに念を浪費してくれるとは、ありがたい!
【側室は、陰湿に羽根をむしり続けるのです!】
【うん! 京も、動き、速くなってるから気をつけて!】
再び鳥蛇に挑む2人。
俺も鳩を操り、京の両横に群れを滞在させる。
【助かるのです!】
【気休め程度だがな!】
鳥蛇の攻撃が軽くなっている。
一撃で鳩は消滅してしまうが、その威力を減じられるようになった。
京の負担を和らげることができて、嬉しい。
【はっ! 3連斬!】
今日、何度目の3連斬だろう?
今度は中央右側の羽根が落ちる。
激しく身をよじる鳥蛇。
羽根を再生したものの、胴回りも体長も小さくなっていく。
【写真のころの状態になったのです】
カナルに着任早々、副支部長の前田さんに見せてもらったあの写真。そうすると、2ヶ月前の状態に、退行したというところ……
【油断は禁物よ。敏捷性は上がる……】
【人間に巻き付くことも、できるはずなのです】
そう念信を交わしながら、2人はじりじりと鳥蛇に接近する。
それを睨みつけながらも後退する鳥蛇。
――と、林の中に逃げ出した!
【こいつ、面倒なのです!】
【でも、追いつける!】
2刀を飛ばし、鳥蛇を邪魔する菊。
その都度、進路を変える鳥蛇。
俺は全力で鳥蛇と2人を追う。
念深Dには、厳しい速度――
【さすが側室、悪辣なのです!】
【どうせなら、帰り道のほうが良いじゃない!】
菊が追い込んでいる方角は、西。
テント村の方向ではあるが、トラックは置きっぱなし。帰るにはまた戻らなきゃならない。すでに俺たちが把握している地形に誘導して、地の利を得る――それが菊の狙いだ。
【はあー!】
追いついては羽根に攻撃を加える菊。
2刀を牽制に充てていて、3連斬は使えない。
だが鳥蛇の念を、確実に削っている。
――このまま詰めれば、勝てる!