♠風雨強き夜に
♠照和39年(YE2739年)8月
♠カナル国際管理地域
「『大将軍』、『剣聖』、『大軍師』の健闘を祈願し、一同敬礼!」
「ありがとうございます。必ずや鳥蛇を倒して見せます!」
降りしきる雨の中、今日18回目のやりとりを終え、最後の武士隊5人が老良さんの示した念食獣の討伐へと向かっていく。最初は抵抗したのだが、「3大特級武士に敬意を表する機会など滅多に無いので、受け入れてやって欲しい」とどこかミーハー気質のある野口さんに言われ、しぶしぶ了承した。
【今日は挨拶だけで終わったわね】
【爆撃予定範囲を含めた索敵は、完了したのです。最低限の成果は収めたのです】
防具で完全に雨をしのぐ、一文字さんと老良さん。何事もないようにこなしているが、このようなことにも一般の武士は感心してしまう。俺も念深はDレベルなので2人のようにはいかないのだが、足下などは一文字さんの変形武具で防いでもらっていたりする。俺も「大将軍」より、「剣聖」のほうが良かったなあ。
【今日はトラックで寝ようか?】
雨の中でのテント設営はおっくうだ。トラックには、運転席側にも荷台側にも、幌が付いている。雨音はうるさいが、それはテントでも同じ。運転席で眠るのはつらいが、俺まで荷台で横になるのは、さすがに狭いし、3人密着してしまう……
「1つでいいから、設営しましょ!」
「あなたさまを、運転席で寝かせるわけにはいかないのです!」
突然、念信を切って、力説をする2人。
そこまで言うなら建てるけど。
どうして2人とも、頬を赤く火照らせているのだろう?
――♠――♠――♠――
テントの屋根を叩きつける雨音が騒々しい。風も出てきたようだ。
一旦ゲームを終了し、食事を取って再開すると、俺はテントの中にいた。1日の戦闘を終えた後だと、たいていは翌朝から始まるのに、今回は同じ日の夜のまま。
18時半の日没前にテントの設営を間に合わせ、食事は火が使えないので携帯食のみ。少し離れた川で水浴びしたが、蒸していて汗がにじんでくる。
照和の時代、こんな夜は、どうやって過ごしていたのだろう……
と、激しい風雨なのに、足音が近づいてきた。
「た、滝沢くん、今、いいかしら?」
「え? ちょっと待って……よし、どうぞー」
俺は慌ててランプに火を灯し、寝るために引いてあったマットをたたんで、座れる場所を確保する。
「お邪魔します……」
一文字さんが、雨よけ防具を解除しながら入ってくる。石けんの匂いが、良い感じ。……と、ついついガン見をしてしまった。一文字さんが、衣服が乱れていないかと気にし出す。って、これ浴衣だよな。色っぽいかも。
「あ、雨、やまないね」
「そうね。でも……ちょうど、良かったかも……」
ごまかしに言った俺の言葉に、謎のお返事。
足場がぬかるむと、念食獣とは戦いづらくなるのだけれど、「ちょうど良い」とはどういうことだろう? 一文字さんは宙を飛び跳ねるから、関係ないのだろうけど。
……
……
「……えっと、どうしたの? 老良さんと何かあった?」
話が始まらない。用件が分からない。
一文字さんと老良さんは、表面上のやりとりはともかく、とても仲良し。しかし埒が明かないので、聞いてみる。
「え? ううん…… 京とは揉めると思ったけど、私に譲ってくれたわ。私のほうが年上だからって。でも『年齢上は自分が先に経験することになるのです』って言っていたわ。うふふ……」
うーん、俺たち3人は同学年だけれど、一文字さんは4月生まれ、老良さんは12月生まれ、そして俺は3月生まれだ。何の後先?
「はあ、やっぱり怖いわ…… ねえ、滝沢くん…… 鳩を作って……」
俺が怪訝な顔をしていると、ぼそぼそと呟く一文字さん。うつむいて目を合わせない。
「従魔召喚……」
白い鳩を1羽召喚して、一文字さんに飛ばす。
そうか、剣聖といえど、あの鳥蛇との一戦は怖いよな。
俺は自分の鈍さが、情けない……
「うふふ、私が鳩をお願いしたから、ずっと鳩なのよね? あれから1年しか経っていないのに、とても昔に思えるわ……」
鳩をなで、胸でポヨポヨ。
妙に儚げな一文字さん。
これで和んでくれるのなら、大将軍も捨てたものでは無いか。
「その……、気づかなかった、悪い…… 戦いがはじまると俺は役に立たなくなるけど、こいつで牽制して一文字さんの負担を軽くしてみせる!」
念食獣が何をもって敵を知覚しているのかは、良く分かっていない。視覚や聴覚も使っているのは確かだが、補助的に利用しているように見える。念や意思の強弱ではないかという説も有力だが、それなら鳩を束ねて敵意をむき出しに攻めれば、知覚を乱せるのではないか? 俺は少しでも鳥蛇の気を引ける戦法を考え始める。
「もう! 鳥蛇は関係ないわ! ……でも、関係はあるのかしら…… 無傷では済まないと覚悟したから、こうして来たんだもの…… あの、念信は最大でお願いね」
急に怒ったかと思うと、またおとなしくなる一文字さん。しかし鳥蛇の件ではないようで、一安心だ。
にしても、これから念信を張るのか? 今宵の一文字さんは挙動が不審過ぎる……
……
……
……
俺は鳩を沈めるのを待っているのだが、ランプの灯りが揺らめくなか、一文字さんはポヨポヨと躊躇を続けている。油足さないと、ランプが消えてしまいそう。
「あの、もしもし? ……もし、もーし!」
耐えるつもりだったが、根負け。完全に自分の世界に浸っているのだもの。
「あっ、ごめんなさい。もう沈めるわ…… 嫌いにならないでね…… えい!」
可愛い声を上げ、ようやく鳩を受け入れる一文字さん。
俺は言われたとおりに、念信を最大にする――
え?
えええーっ!?
【もう、滝沢くん! いやっ!】
念信をぶち切る一文字さん。
――テントの中でテントを立てたことは、許して欲しい。
男とはそういうものだ。
「ランプを消すよ……」
「はい……」
また雨風の音が激しくなり。
嬌声はかき消え。
俺と一文字さんは、重なった。
……
……
「側室は待たせすぎなのです。妻になる覚悟が足りないのです」
一文字さんは余韻に浸ることもなく、老良さんに悪いからと出て行き。
それからかなりしばらくして、老良さんがやってきた。
「鳩、飛ばすよ」
覚悟ができていたら、こんなに時間はかからないだろう。お陰で後片付けする時間を充分に取れたけれど。
「いらないのです。……あなたさま。ふつつかものですが、よろしくお願いするのです」
正座をして三つ指をつく老良さん。
俺は、震えるその身体を寝かしつける。
……
……
……
一文字さんとの回数を聞かれ。
正直に答えると、老良さんは1回多くを要求してきた。
――♠――♠――♠――
菊が運転、京が助手席で鳩の視覚情報を分析し。俺は荷台で座禅を組んで、鳩の操作に専念する。
右肩上空には、菊による警策が浮かんでいた。邪念を思い浮かべると、これで激しく打ち付けられるのだ。すでに右肩は幾度となく打たれ、ヒリヒリと痛い。
変則的な体制での偵察。これには理由があった。
鳥蛇を探し出すには、鳩による探索は欠かせない。そして100羽による情報を捌くためには京の力が必要、最大念信を使うことは避けられなかった。しかしそうすると、昨夜の残滓を知覚せずにはいられない。2人とも特級武士なので裂傷はとっくに塞がっていたが、違和感は残っている。而してそれを意識すると、怒られる。
理不尽である。
【北東1キロメートルに、Cレベルなのです】
【分かったわ。すぐ片付けましょ】
鳥蛇を探し出すことが第一優先なので、遠くの念食獣や近くても弱い念食獣は、発見しても無視している。こうして道の近くに、菊の強化に資する念食獣を見つけた場合だけ、倒していく。
2人とも、鳥蛇には勝てたとしても、負傷する可能性は高いと考えているようだった。小松校長のような、部位欠損すら覚悟している。そうした中、どちらからともなく、大きな怪我を負う前に俺と添いたいと、相談を持ちかけたそう。それが昨晩に至った、顛末であった。
また、俺が、菊、京と、名字では無く名前で呼ぶようになったのは、本人たちの指示によるものである。名字より語数が少ないので、念信の伝達が早くなるのだとか。ともかく名字を用いると、訂正させられる。
そして今朝、2人に最大念信を張ると、菊と京の間に諍いが勃発した。「謀ったわね!?」、「策略で剣聖が大軍師に勝てるわけが無いのです」などといった言い争いの末に、今晩、先攻・後攻を入れ替え再戦することで決着を見た。奇数回、最低でも計3回が、確定である。
なお菊の運転が比較的穏やかなのは、スピードを出せば回数を減ずると呪いをかけたからである。
【喝っー!!】
痛てー。
警策がうなりを上げて、俺の肩を打つ。
今夜のことを高校生男子もどきに考えるなというのは、あまりにも酷では無いだろうか。
……そうして8月13日と14日が過ぎ。鳥蛇は見つからなかった。
なお13日は先攻の京に焦土作戦を仕掛けられ、後攻の菊には回数上の義務を果たしたものの激しく叱責される事態を向かえる。策略で剣聖は、大軍師に勝てない。
14日も再々戦、1回ごとに交代する試合形式に。だが俺は、連日の疲れにより、2巡目でダウン。念深AとBとの連戦は、キツすぎる。
ウジイエは4人の妻相手にどう凌いでいたのだろう。悔しいが聞いてみたい……